表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/84

4.⇒カーニバル

 明朝早く――厚い霧が立ち込める中、三人は宿を後にした。

 宿屋の主人が『嵐が来そうだ』と、言ったためであったが、その言葉通り、空はどんよりと灰色のぶ厚い雲に覆われ始めていたためだ。

 昨夜遅くにも雨が降っていたからか、あちこちに大小さまざまな水たまりをできており、それらの水たまりで遊ぶように、《キングクラブ》の子ガニが、元気よくシャカシャカと動き回っていた。

 あちこちに散らばるカニの数を数えるように、目線で追い続けていたシェイラは、


(獲りすぎかと思ったけど、まだこんな一杯いたんだ――)


 これならまた集めても大丈夫そうだと思うと、無意識に喉をごくりと鳴らしてしまった。

 数センチの頃の生態は、普通の陸ガニやサワガニと変わらないため、捕獲は容易だろう。

 だが、数年で六十センチほどの大きさにもなると言うそれは、成長と共に獰猛さが現れてくる。手の平サイズほどになると、昆虫から魚から始まり、ネズミなどの小動物……最終的には、人間までも襲い始めるモンスターとなるのである。

 食い意地の張ったシェイラに対し、ベルグは『繁殖期とは言え……』と、その異様な数のカニの群れに、怪訝な目を向けていた。


「異常繁殖している可能性があるのか――?」

「もしかすると、この川の増水と関係してるのかもしれねェな。ま、それを調べんのがお上の仕事だが」


 カートの言葉通り、この手の問題に関しては、国の調査隊の仕事である。

 そして、これがコッパーの訓練場の“訴え”が届かなかった原因――川の増水だけではなく、暴風や噴火の兆候、海辺の町では高潮による冠水などの被害が多発しており、各国の長や機関は、その原因究明に追われていたのだ。

 ベルグ達が立つ場所に、ごうっと音を立てた風が吹き抜けてゆく。


「――いよいよ風も出てきた。急ごう」

「シェイラ、グズグズしてっと置いてくぞ」

「う、うんっ」


 雨によって冷やされた風が木々を撫で、擦れ合う木の葉がざわざわと音を立てている中、やや遅れ気味になっていたシェイラは、小走りで二人を追いかけた。

 宿からラスケットの町はそう遠くはないのだが、湖を迂回しなければならないため、距離的には前日と変わらない。

 シェイラにとって救いだったのは、これまでのアップダウンの激しい山道と違い、ここからは平たんな道が続く事だった。


「槍って、こんなに重いものなんだね……」

「打ち直したとは言え、元は男用の槍でもあるらしいからな。

 しかも、その中でもまだ重い方であるようだ。重く感じるのも無理はないだろう」

「そんなモン、よくぶん回せるな……んで、犬っころの方はどうなってんだ?」

「ん? 何の事だ?」

「あの女教官、レオノーラを嫁にするかどうかの話だよ。

 三十前の女を引っ張るだけ引っ張った挙句、ポイ――なんてしたら刺されっぞ?」


 ベルグの結婚話に、シェイラは思わず耳を塞ぎたくなった。

 いくら弟のように思っていても、ベルグとシェイラは他人である。第三者が口を挟む事ではないが、彼女には“弟”が取られてしまいそうな気がして、あまり考えたくない事でもあったのだ。

 ぎゅっと目を瞑ったせいで足下に注意がいっておらず、バチャッと水たまりに足を踏み入れてしまう。濡れた靴から水が染み込み、彼女の不快感増してゆく。


「今の状態では、“教官”と“守護者”の両立は難しい――と思ってな。

 彼女も、赴任して早々、訓練場を空けるわけにはいかないだろうし」

「あんま待たせるんじゃねェぞ。

 秋の空……って言葉みてェに、女はいつ心変わりするか分からねェからよ」

「それは心得ている。全てが片付くか、事態が落ち着けば迎え入れるつもりだ」


 ベルグは、レオノーラとのそれを反故にするつもりは一切なかった。

 今回の依頼のように、各地に出張ったりする事もあるため、“断罪者”を護ると言う“制約”によって、彼女に“不自由”を強いる事に抵抗があったのだ。

 直接言えば、使命感の強い彼女はそれに合わそうとし、無理をしてしまうだろう。

 そのため、彼にもしばらく様子を見る時間が欲しかったのもあり、ハッキリと明言するのを避けた。

 それに、ベルグからしても、“守護者”に関しては『あったらいいな』程度である。

 先代でもある父親も同様、これまで一人で自由気ままにやって来たため、あってもなくても特に問題はない。

 もし仮に、“制約”が枷になるようであれば、“訓練場の守護者”でも良いとすら考えている。


「……で、あれだ。お前、女抱けんのか?」

「む? 簡単だろう、こう女の股ぐらを割りひらいて――」

「わーッ!? わーッ!?」


 ベルグの生々しい言葉と手つきに、シェイラは思わず大声で遮った。

 興味がない事はないのだが、そう言った話を表でする事や、身近な者のそれは聞くに堪えないからである。要はムッツリタイプなのだ。


「そ、そんな話をここでしちゃダメッ!」

「むぅ……《ワーウルフ》では普通にするのだが……」


 《ワーウルフ》の男女の性は、獣の本能に近く性のモラルに関しても基本的に緩い。

 雌は子孫を残すだけの存在であり、雄が抱きたくなれば抱く――これは、ベルグも例外ではない。

 興味を持ちながらも、顔を赤くして『もうっ』と顔をそむけたシェイラは、茂みの中で何かがきらりと光った物に気づいた。


「あれ、なんだろ……? わっ、これ宝石じゃないのっ!?」

「これは……ガーネット、いや、オレンジサファイアか?

 ヘヘッ、どっちにしろこんなお宝落とすたァ、間抜けな奴が居たもんだな」

「ね、ネコババしちゃダメだよ!? ちゃんと届け――」

「あ? この世の中、貴重品をちゃんと管理してねェ奴が悪ィんだからよ。

 それに、誰も見ちゃいねェ――シェイラ、懐に入れとけ、なっ」

「で、でも……。た、確かに誰も見てない、ね……?」

「“天秤”よ、まずはシェイラの罪を――」


 真横に“断罪者”が居る事に気がついておらず、ハッ――と二人は犬の方を見た。

 カートはともかくとしても、シェイラは仮にも“裁きを下す者”の一人なのである。

 ベルグとしては、そんな不正を看過することはできない。


「ちょ、ちょっと温かい石だから不思議だなーって思って、あ、はははっ……」


 シェイラは頑固であるが、周りに流されやすい。

 然るべき場所に届けるまで、懐に入れて置くだけだから――と、乾いた笑いを浮かべながら、“断罪”を免れていた。



 ・

 ・

 ・


 三人は風吹きぬける通りを抜け、ラスケットの町外れの一帯まで近づいていた。

 暗い雲も近づいており、いよいよ嵐が来ようかとしている。


「コッパーと負けず劣らずって所だな」

「もっと魚臭いと思っていたが……」


 ベルグは右に左にと、鼻をスンスンと鳴らしていた。

 ラスケットの町は、湖で獲れた魚の干物などの加工品が比較的有名であるはずだ。

 にも関わらず、魚の生臭さどころか、漁師町の喧々とした活気が感じられない――。

 暗雲と相まって悲壮感すら漂う町の雰囲気に、ベルグは怪訝な表情を浮かべていると、


「――湖だけじゃなく、町まで来やがったがモンスターめッ!」


 と、急に怒鳴り声が響き、真っ黒に日焼けした初老の男が、ずかずかと歩み寄って来た。

 その手には包丁が握られており、震える切っ先をベルグに向けている。

 それを見たベルグは、『またか……』と言わんばかりに、ふぅ……と息を吐いた。

 半獣半人の見た目から《ウェアウルフ》と間違えられやすく、その度に獣神を呪ってしまうのである。

 これを見た町の者はざわめき始め、遠くで『誰か、誰か』と叫び始めた。


「手ェ震えてんぞ、オッサン。魚おろすのがうめェようだが――。

 こっちは殺しに何の躊躇いもねェぜ? テメェのハラワタ引きずり出してやろうか?」


 冷たく重い口調で言い放ったカートは、その言葉に偽りなしと言わんばかりの殺気を放っている。

 それに男は目に恐怖を浮かばせ、周りに加勢を求めるような視線を送ったが……誰もが顔を伏せ、目を合わせようとしない。初老の男の顔に、絶望の色が浮かび始めている。


「――まぁ待て待て。誰かと勘違いをしていないか?

 我々は、ここの野菜泥棒の調査の依頼を受けて参ったのだが」

「や、野菜泥棒……? じゃ、じゃあばぁさんが依頼したってあれか!?」

「誰かは知らんが、恐らくそうであろう」

「オッサン、人違いならさっさと得物下ろして――散れ」

「ひ、ヒィッ――」


 カートの恐怖に耐えかね、初老の男は情けない声をあげて尻もちをついた。

 その反対側では、シェイラが耳を塞ぎしゃがみこんでいる。


「お金っ、お金は必ず返しますからっ……!」

「お前は身体に染みついてんだな……」


 シェイラのそんな様子を見たカートは、気が抜けたような息を吐いた。

 それと共に重い殺気は解かれ、元の湿っぽい湖畔の町の空気へと戻ったかと思いきや――


「コラァァァーッ!」


 野次馬を掻き分け、総白髪の老婆がズイッと男の前に躍り出た。

 カートはまたか……と思っていると、老婆は背を向けると――


「この、バカタレがっ! 早まった真似するんじゃないって言っただろ!」


 と、後ろにいた男の頭にガツッと拳骨を浴びせていた。

 腰と年季が入ったそれは、見ていた者も痛そうにしている。


「すまなかったねぇ、うちのせがれが馬鹿な事をして……」

「いや構わん。こちらこそ突然やって来て申し訳なかった」

「ひゃっひゃ、礼儀正しい事だこと。

 これでこそ“断罪者”だよぉ、孫に爪の垢でも飲ませてやっておくれ」

「だ、だだ、“断罪者”!?」


 その言葉に、野次馬たちが一層ざわめき出した。

 中からは『助けに来てくれたのか』との言葉もあり、皆が僅かに希望を取り戻したようにも見えた。


「この町に何かあったのか?」

「……それも合わせて話すとするかね。ここじゃ何だし、うちにおいで」

「うむ、そうさせて頂こう」

「ほらっ、スケルッあんたも来るんだよ!」

「こ、腰が抜けて……」


 老婆はもう一発、ヨロヨロと這いつくばるスケルと呼ばれた男に拳骨を与えると、その襟首を掴み引きずって行く。

 その腕の力もさることながら、足腰は見た目以上に丈夫であり、健脚であった。

 老婆が向かった先は、町の中心にある小ぢんまりとした食堂ーー老婆の店であり、厨房からは良い香りを漂わせている。


「わぁっ、美味しそうな香りっ! お店の雰囲気も良いし」

「おや、ありがとねぇ。ここまで遠かったろう? ポトフ作っているから、良かったらお食べ」

「うむ。丁度腹が減っていた所だし、お言葉に甘えたい所であるが――」


 老婆が持ってきたスープ皿の中には、人参とジャガイモ、キャベツが入っており、どれも良く味が染み込んでいる。

 口に入れれば、それぞれの素材の味と香辛料が混ざり、シェイラとカートの口からは素直な味の感想が生まれていた。

 しかし、ベルグだけは――


「やはり玉ねぎ……」

「こら、スリーライン! 玉ねぎも食べなきゃダメっ!」

「犬にそれはダメだろ」

「ふぇ? スリーラインは食べられるよ? ただ好き嫌いしてるだけ」


 犬はネギ類に含まれる物質を分解できないため、絶対に食してはダメな食材である。

 しかし、ベルグは母親が人間であるため、決して食べられないわけではない。

 単にネギ臭と味が嫌いなだけであり、獣のその鋭い鼻と舌は、煮込まれスープに溶けた玉ねぎの味と香りがハッキリと分かってしまうのだ。

 鼻を近づけ、スンスンとその臭いを嗅ぐと、ブシッとくしゃみをするような反応を見せる。


「俺、やはり、いらな――」

「なに? 何か言おうとしてる?」


 ベルグはブフッ――と、不満げに犬の口を鳴らした。

 嫌いな物が入っているからと残そうとする“弟”に、シェイラは正真正銘“お姉さん”の顔で、ジロリとベルグに目を向ける。

 食に関しては、昔からシェイラに逆らえないベルグは、こうなるともう食べるしかないのであった。


「おやまぁ、どっちが“断罪者”か分からないねぇ」

「裁決を下す奴が強ェからな、食に関しては……」


 厳しい目で監視しているシェイラを見て、老婆はそう言った。

 事実、”裁断者”の判断は絶対であり、“断罪者”はただそれに従うだけである。

 “裁断者”であるシェイラの命に、“断罪者”であるベルグはしょんぼりと無理矢理口に運んでいた。


「で、ばーさん。仕事の話なんだが」

「ああ、今晩あたりにまた来るだろうね。ひゃっひゃ」

「ずいぶんと余裕だな」

「何百個も盗られたら、私も鍋被って挑むけどねぇ……畑がやられたらこの町も終わりだからね」

「終わり?」


 カートはこの町の雰囲気を思い出した。

 活気も失い、どんよりと重い雲のせいではない。何か大きなモノに阻害されているような、どうにもならない末期感が漂っていた、と。


「この町の男どもは、近くの湖で魚を獲って生計を立てていたんだよ。

 だけど最近、《キングクラブ》の親玉がそこに住みついてしまってねぇ……」

「キ、《キングクラブ》の親玉ァ!?」


 老婆曰く、ラスケット湖の辺りにヌシが住み着き、それに随伴して|《キングクラブ》の集落が形成されてしまったのだと言う。


 今は丁度、卵を孵しているので町は襲われていない。

 だが、これがもう少し大きくなれば――


「カニの御一行が町に来る可能性がある、ってのかよ――」

「まさにカーニバルだね……」

「……」

「な、何よっ!」


 何とか我慢して食べたベルグは、おぇっ……と一つ()()いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ