ドール
「ドール?」
「そう、ドール。口うるさいことも言わず、上品で、ただそこにあるだけの、最高に美しい子たちのことだよ」
ジョーカーは恍惚とした表情で派手な帽子を手に取り、それをトンと叩く。
すると、そこから吹き出るように大量の硝子玉が飛び出し、それらは宙を舞いながら次第に大きさを増していった。
動きを止めたサッカーボール大の硝子玉たち。
その中には、フランス人形のような美しい人形が一体ずつ納められていた。
ランプの点火といい、宙に浮く硝子玉といい、ジョーカーのやることは、不思議なことばかり。
これは奇術の類いなのだろうか。
先ほどから常識では考えられないことばかりで、頭がおかしくなりそうだ。
「ええと……ドール、ってこの子たちのこと?」
恐る恐る硝子玉に近寄り、そっと中身を覗く。
人形は睫毛の一本一本まで精巧に作られており、いまにも動き出しそうなほどだ。
「そうだよ。美しいでしょう? 何せ彼女たちは……」
「ねぇ、ジョーカー。ハーレム楽しんでるとこ悪いんだけど、お客さんよ」
突如として、艶やかな女の声が響き渡る。
振り返ると、テントの出入口に、猛獣使いの衣装に身を包んだ美しい女が立っていた。
「おや? 客とは、めずらしい。アリス、悪いけどまた後で話そう。ここにいてくれ」
「ここにいてって言われても……って、そういえばどうして貴方、私の名を!!」
自己紹介もしていないのに、彼はどこで私の名を知ったのだろう。
問いつめようと声をかけるけれど、ジョーカーは興味がないのか振り返ってくることもなく、早足で出入口へと向かってしまう。
「ねぇ! ちょっと、待って! 待ちなさいってば!!」
このまま置いていかれてなるものかと、必死に彼を追いかけた。
――・――・――・――・――・――・――・――
出入り口から外に出ると、そこには艶やかな金髪の猛獣使いが立っていて、私に微笑みかけてきた。
「あら、こっちにもお客さんがいたのね。ふふ、ジョーカーが欲しがりそうな可愛い子」
丈の短いスカートと漆黒のブーツの間から覗く白い足も、腰に下げた黒い鞭もどこか妖艶で、女の私も思わずドキリとしてしまう。
「え……?」
「さっきジョーカーのドール、見たでしょう? 彼、死んだ女の魂集めて、ああやって人形にしてるのよ」
「死んだ、女……」
背中から、ぞわぞわと悪寒がかけめぐる。
先程のドールは全て、亡くなった女性たちの魂だったということだ。
「悪趣味よねぇ。不健康だし、いい加減全部やめちゃえばいいのに。ほんとにバカな子」
呆れたように猛獣使いは笑い、「ついていらっしゃい」と歩みはじめた。
巨大なテントの後ろに回ると、そこには小さなテントがいくつかあった。
どうやらここに来たときには陰に隠れて見えなかっただけらしい。
猛獣使いはそのなかで最も大きなテントへと入り込み、私もそれに続いた。
中には古ぼけたテーブルがあり、それに向かい合う形でジョーカーと町娘ふうの若い女が腰かけていた。
「ん、君たちも来たのかい?」
「来たのかいじゃないわよ、ジョーカー。この子放置するなんて可哀想でしょ。貴方、自分の話がとんでもなく長いのわかってて待たせる気!?」
猛獣使いがたしなめるように言うと、ジョーカーは悪びれもせずに笑う。
「クイーン、そんなに怒らないでくれよ。ドールを増やせると思うと、いても立ってもいられなくってねぇ」
「クイーン?」
おかしな呼び名に首をかしげると、猛獣使いがにこりと目を細める。
「私の愛称よ。本当の名はエスメラルダ。長いから皆はクイーンて呼ぶの」
エスメラルダ。確かに長めの名ではあるけれど、愛称ならエミィだとかラルだとか、やりようはある。
どうしてクイーンなのだろうと考えていると、ジョーカーがくすくすと笑った。
「大丈夫。彼女は僕が知るなかで、最も信頼できる女性だよ。君の名もアリスだし、彼女もクイーンだけど、どこかのクイーンみたいにかんしゃく起こして“首を刎ねろ”なんて言わないから」
「どこかの、クイーン……?」
聞き覚えのある話に、身体がぴくりと震える。
アリスとクイーン。一体、どこで聞いたのだろう。
必死に思い出そうとしていると、クイーンがどこまでも深いため息をこぼしてきた。
「またいつもの空想話が始まった。アリス、気にしないでいいわ。昔からジョーカーはこういうわけのわからないとこあるの」
「昔、から……?」
困惑しながらジョーカーを見やると、ずっと私たちのやりとりを眺めていた女性がこほんと一つ咳払いをしてきた。
「ああ待たせてごめんよ、マリィ。さ、続きをどうぞ」
紅茶を口にしながらジョーカーが促すと、マリィと呼ばれた若い女がぽつりぽつりと話をはじめていくのだった。
――・――・――・――・――・――・――・――
「ふーん、なるほど。つまり君は、第十八夫人として領主の元に無理矢理嫁がされることになっていて、嫁ぐまでの道中に魔物に襲われ死んでしまった、と。ここまでは間違いないかい?」
ジョーカーの問いにこくりとマリィはうなずく。
「はい、そのとおりでございます」
「しっかしまぁ、ドールと違って十八人も嫁がいたらうるさいだろうに。ずいぶんと変態さんなんだろうねぇ、その領主さまとやらは」
からからとジョーカーは笑うけれど、女三人は苦笑いをするしかできない。
目の前の道化師も普通からはほど遠く、趣味がいいとは到底言えないからだ。
乾いた笑いが聞こえるなか、私はあることに気づいてしまい、びくりと体を震わせる。
そして、勢い良く机を叩いて立ち上がり、叫びにも似た声をあげた。
「って、ちょっと待ってよ! さっきマリィのこと“死んでしまった”って言わなかった!?」




