背中合わせの共闘、重なる呼吸と信頼 : 【1】 噛み合わない
どれだけ眠っていたのか、分からなかった。
目を開けると、ルカがアレンの肩に頭をのせて、寝息を立てていた。
鉄パイプを握る手の痺れは、もう引いていた。
「……ん」
ルカが、目をこすりながら顔を上げる。
「魔力は?」
「少しだけ戻った。寝たから」
「無理するなよ」
「アレンにだけは、言われたくない」
ルカが、小さく口をとがらせた。
二人は、また階段を上った。
地下48階。
回廊の床に、青い結晶の欠片が、点々と散らばっていた。
その欠片が、動いた。
カリ、と。
床と同じ色をした何かが、首をもたげた。
人の背丈ほどもある、平たい身体。
全身を覆う鱗が、一枚一枚、結晶のように透き通っている。
細長い舌が、ちろりと空気を舐めた。
大きな、蜥蜴だった。
『前方に敵性体。識別名称、クォーツ・リザード』
『外皮の鱗は、打撃の衝撃を分散します。物理攻撃の効果は低いと判定』
「ルカ、下がって」
アレンは、鉄パイプを構えた。
蜥蜴が、跳んだ。
速い。
アレンは横に転がり、起き上がりざまに鉄パイプを叩きつけた。
キィン、と。
澄んだ音がして、鉄パイプが滑った。
鱗には、傷ひとつない。
蜥蜴は、壁を駆け上がった。
四本の脚が、結晶の壁に吸いつくように張りついている。
天井を逆さまに走り、アレンの真上で、止まった。
ぽたり、と。
よだれが一滴、頬に落ちた。
上から、顎が降ってくる。
アレンは鉄パイプを横にして、頭の上に突き上げた。
ガチン!
鋭い歯が、鉄パイプに食らいついた。
重い。
蜥蜴が首を振るたびに、身体ごと持っていかれそうになる。
「くっ……離せ……!」
足を踏ん張る。腕が震える。
アレンは、蜥蜴の目を蹴り上げた。
ギッ、と短い声がして、顎がゆるむ。
鉄パイプを引き抜いて、転がるように距離を取った。
蜥蜴は床に降り、低く身を沈めた。
細い舌が、またちろりと動く。
アレンが鉄パイプを握り直した、その時。
蜥蜴の尾が、鞭のようにしなった。
「っ――!」
太腿に、焼けるような痛みが走る。
ズボンが裂けて、赤い線がにじんでいた。
『魔力による攻撃を推奨します』
「ルカ!」
「わかってる!」
ルカが、杖を構えた。
「――『集え、我が呼び声に、狂えよ大気の刃――風よ、弾けろ爆裂風』!」
風が、走った。
その先に、アレンがいた。
「うわっ――!」
風の塊が、蜥蜴ごとアレンを吹き飛ばした。
肩から床に落ちて、息が詰まる。
すぐ横で、蜥蜴も転がっていた。
脇腹の鱗が数枚、砕けて散っている。
「ご、ごめん! アレン、そこにいるから!」
「お前が、撃つから……!」
言い合っているあいだに、蜥蜴が起き上がる。
砕けた鱗の下から、薄ピンク色の傷口がのぞいていた。
アレンは、痛む脚を引きずって、蜥蜴の前に飛び出した。
鉄パイプで床を叩く。
カン、カン、と。
蜥蜴の目が、音のほうへ向いた。
「ルカ、もう一回! 今度は、ちゃんとよけるから!」
「……っ、うん!」
ルカが、もう一度詠唱する。
アレンは、詠唱の最後の一言に合わせて、横へ跳んだ。
脚が、言うことを聞かない。
少しだけ、遅れた。
風の端が、肩をかすめる。
蜥蜴の脇腹で、鱗がばらばらと剥がれ落ちた。
さらに傷口は大きく開き、むき出しの肌はひくひくと波打っている。
蜥蜴が、大きく口を開けて突っ込んでくる。
アレンは、鉄パイプを腰だめに構えた。
痛む脚で、床を踏みしめる。
ぶつかる寸前、身をひねった。
鱗の剥がれた脇腹へ、鉄パイプの先を突き立てる。
ずぶり、と。
重い手応えが、腕を伝ってきた。
体重を乗せて、さらに奥へ押し込む。
鉄パイプの先で、何かが、どくん、と脈打って――止まった。
蜥蜴は、二度、三度、尾を床に打ちつけて、動かなくなった。
「……はぁ、はぁ」
ルカが、杖にすがるようにして膝をついた。
アレンも、床に座り込んだ。
肩が、じんじんと痛む。
太腿の傷が、脈を打つたびに疼いた。
「勝った……よね?」
「……ああ」
二人とも、ひどい格好だった。
アレンは、蜥蜴の脇腹から鉄パイプを引き抜いた。
開いた傷口の奥で、何かが、淡く光っていた。
手を入れて、取り出す。
手のひらにのるほどの、小さな石だった。
とくん、と。
温かいものが流れ込んで、光が、ふっと消えた。
石は灰色に変わり、指のあいだから、砂のように崩れ落ちた。
――刻喰。
ルカが、アレンの手を見て、眉を寄せた。
「アレン、その手」
言われて、初めて気づいた。
手のひらの皮が、あちこちでめくれていた。
鉄パイプの錆と、血が、まだらに染みついている。
「平気だよ」
「平気じゃない」
ルカは、自分の服の袖をつかむと、ためらいもなく、びりっと裂いた。
「ちょっ、ルカ――」
裂いた布を、鉄パイプの握りに、くるくると手際よく巻いていく。
最後に、きゅっと固く結んだ。
「……はい」
差し出された鉄パイプを、アレンは握った。
錆のざらつきが、もう、手に食い込まない。
布の下に、ほんのりとルカの体温が残っていた。
「……ありがとな」
「次は、ちゃんとよけてよね」
「お前こそ、撃つ前に言えよ」
「言ったもん」
「言ってない」
ルカが、ぷいと横を向いた。
その耳が、少しだけ赤かった。
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