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Act54:月の産物の使い方



 ジルクは黒い剣を構えるとティキ目掛けて距離を縮める。空中からの振り下ろしを瞬時に察知したティキはその剣を左に避ける。ティキの直感の通り、剣は振り下ろされた。だが、交わされたジルクの剣が地面を抉るより早くティキを追尾するかの如く、ティキの避けた方向へと方向転換した。予想外の転換にティキは避けることは叶わず、瞬時に月の産物を発動しそれをフェンリアで受け止めた。瞬間、剣と剣の摩擦により火花が散る。そして互いにその衝撃を受け流すように距離を開けた。


 これまで戦いとは違いティキの月の産物の発動速度は群を抜いて上がっている。戦いの経験と技量がティキを成長させたことは間違いない。敵の初速初剣を受け止めたのは間違いない。だが、敵に一歩早く攻撃をされ自らは防御することしかできなかったのもまた事実である。

「あー! それがティキちゃんの月の産物かー。すごーい、大きな剣なんだねー」

 ティキの月の産物を見てメイリィが歓喜の声を上げる。ティキの行動の遅れがこの女のある種、冗談のような雰囲気に惑わされている部分があるのも事実である。

「確かに強そうー。だけどジルクに勝てるかなー? 一応言っとくけどジルクのその黒い剣は月の産物じゃないからねー」

 ティキはジルクの持つ黒い剣に注目した。確かに月の産物ではないことは一目見れば分かる。月の産物なら必ずそれ本体は銀色かそれに近い灰色。もしくは紅色である。それは月のカケラからできたものであればティキのフェンリアもリディアのヴィグシーザーもルクスのリーゼそしてオームに至るまで例外はない。黒い剣それは月のカケラではない何か別の鉱物で出来ていることを意味する。


 ジルクは再び剣を構えるとティキに向かって突進した。ティキも剣を構えるとそれを迎え撃つ。互いの剣と剣が激しい交差を産みその度に火花が散る。互いが互いに一歩も引かず、攻撃を加える。一方が攻撃それを防御ではない。双方が攻撃なのだ。攻撃と攻撃がぶつかり、僅かな気の緩み一瞬の隙が勝敗を分けるほどの『攻防』ならぬ『攻攻』。そしてティキはこの戦いの中で学ぶ。正しい剣の使い方。正しい月の産物の使い方を。


 月の産物はただの剣や、ただの武器でなはい。心に呼応する武器だということを。物理的に存在する武器ではあるが、その実態は精神の武器であり、月の産物の使い手に求められるのは武器自体の強さだけではなく、使い手の心の強さ。精神力。そして確かな意志。


「解せないな。お前そんなに強いのにその女の子の言いなりか?」

 ティキが突如ジルクに話しかける。だが、ジルクは何も反応せずにティキを見ている。

「ムダだよー。さっきも言ったでしょー。ジルクは話さないって」

「うるせぇよ。俺達の会話に入ってくんな。俺はこいつの目を見て話してんだ」

「ティキちゃんってわからず屋だなー。もういいよ。ジルクさっさと殺しちゃえー!」

 ジルクは剣を振り上げる。しかしそれを見てティキが取った行動は"何もしない"だった。

「……どうしたのー? 早く剣を構えないと死んじゃうよー」

 ティキは何も言わずに、ジルクの目を見ている。ジルクもティキの目を見る。お互いがお互いに間合いにいる。つまり、どちらも瞬時に攻撃が可能ということ。ある国に伝わる刀という武器での戦いは必ずしも構えているものが勝つとは限らない。鞘に刀を収めている状態から鞘走りを利用し、何よりも早く刀を抜き取り、それを攻撃の初速とと共に繰り出す『居合い』という技がある。


 今ティキがやろうとしているのはまさにそれである。つまりジルクが剣を振り下ろすという初速。初動作それを上回る思考。ティキが剣で剣に応対するよりもなお早く、ティキの剣は振り下ろすジルクの剣を捕らえる。激しい火花と共に押し負けたのはジルクの方だった。ティキは今はじめて月の産物という武器を使いこなし始めた。人間の反応速度の限界値0.2秒の壁を乗り越えて。これが心に呼応する武器、"月の産物"の正しい使い方。


 ティキは感じていた。ティキの思考が身体に反応させ、身体が実際に動く時間。それよりもさらに早く動く月の産物はまるで自分の思考そのものだと。考えることが考えた瞬間に形となっている。まるで、月の産物が身体の一部のような。まるで月の産物にも意志や心が存在しているかのような。もっと月の産物のことを知ればより強くなれるような確かな予感。


 そして同時に感じていた。今、目の前で戦っているジルクという男は、まるで心がない人間だ。自分で考えることをせず、ただ言いなりになってどんな攻撃であろうと眉一つ動かさずに、まるで決められた機械のプログラムのように忠実に動く。まるで自分の意志では動いていないような。

「……まさか」

 ティキは周りを見渡す。先程現れた100人を超える一般市民。方法こそ分からないが彼らは全員操られていた。仮にジルクも操られているのだとしたら、全てに合点がいく。だとすれば操っているのはメイリィと名乗っていた少女。

「おい、お前! まさか、まさか人間を操っているのか? この男も!」

 メイリィはきょとんとしていたが、不適な笑みを浮かべると答える。

「クスクスクス。よく気が付いたねー。えらい、えらいー」

メイリィの不適な笑いとは裏腹にティキの顔は真剣そのものだった。

「それでー? だから何ー? 別に操ってるのがバレた所で何も変わらないよー。ティキちゃんが強くなったわけでもない、ジルクが弱くなったわけでもない、操ってる方法が分かったわけでもなければ、操ってるのを解除する方法も分からないでしょー?」

「ふん、そうでもないぜ。少なくともどうやって解除するかは分かった」

 ティキはジルクを指さす。

「俺の攻撃に対して重点的に守っている一点があるだろ? 恐らくその一点だけは、なによりも優先して守るようにプログラムされているんだろう。あれだけ撃ちあえばそれはより明確になる」

 ティキの説明の後、突如ジルクの付けているマスクにヒビが入る。そしてそれはそのまま亀裂が入りマスクは真っ二つに別れ、地面に落ちる。その光景を見てメイリィは驚く。

「そんな……いつの間に?」

「見えなくても仕方ねぇな。俺の攻撃は人間の認知速度の限界を超えた。激しい攻防の中で少しずつだが一番怪しかったマスクを破壊させてもらった。具体的に操っている方法は確かに分からねぇが、マスクを媒介に操っていたのは間違いねぇだろ?」

 マスクを破壊されたジルクは魂の抜けた人形のように動かなくなった。それを確認してメイリィに言う。

「さぁ、もう勝負はついた。操り人形がいなくなったお前に勝ち目はない。操っている一般市民を開放して、消えろ」

 マスクを破壊され動揺していたメイリィの顔が再び笑みを浮かべる。

「勝ち目がない? それは逆だよー。ティキちゃんこそ完全に勝ち目なくなったよー」

「あ? どういう意味だよ?」

 ティキがメイリィに問いける刹那、ティキはあまりにも禍々しい殺気を感じた。その殺気に瞬時に身を構え、その方向を見る。そこに立っていたのはジルクだった。

「なんだ。この殺気は?」

 ジルクの口がゆっくり開かれる。

「……マスクの破壊にだけは細心の注意を払えって言ったよな。なぁメイリィ?」

 ジルクのその目がメイリィを睨みつける。瞬間、メイリィはまさに蛇に睨まれた蛙状態であった。

「ご……ごめんなさい。ティキちゃんが……予想以上に強くて」

 メイリィは目に涙を浮かべている。ジルクは次はティキの方を見る。

「一つ言っておく。俺は手加減は出来ない。だが、一瞬だ。苦しみはない。安心して死ね」

 その言葉と同時にジルクはティキに向かって移動した。ジルクの持つ黒い剣とティキの月の産物が接触し、摩擦による熱で火花が散り、そしてその火花が消えるよりも早くジルクはティキの目の前から姿を消した。

 だが、ティキはジルクの動きを見逃しはしなかった。ティキの背後に現れ、攻撃を仕掛けるジルクの剣を再びティキは受け流す。激しい火花と共にティキは体勢を崩し、後ろへと移動する。それを追うようにジルクも攻撃を加えながら移動する。ティキにとっての誤算はここが街中だということである。確認を怠ったティキは後ろの障害物にぶつかる。その障害物を確認するために、一瞬目線を背後に向けた瞬間、ジルクの渾身の一撃がティキを襲った。


 激しい爆音と閃光に辺りは包まれる。多量の砂煙の合間から見える抉り取られた地面。その横で剣を構えるティキ。

「ハァハァ……。あぶねぇ。間一髪だったぜ」

 ティキから少し離れた所で、澄ました顔で立っているジルク。

「思ってたよりも素早い奴だ」

「おい、おまえ何でそんな強いのにその女の子に操られていたんだ?」

 ティキが唐突に質問を投げかける。相手が質問に答えている隙に息を整える作戦だ。

「なぜ? 決まっている。その方が面白いからだ」

「面白い?」

「俺は手加減ができない。だからいつもすぐに相手を殺してしまう。それでは面白くもなんともない。だからメイリィに操らせて手加減出来るようにしていた。力はより均衡していた方が面白い戦いが出来るだろ?」

「ちっ、ただの戦闘狂かよ」

 ティキの言葉にジルクは不適な笑みを浮かべる。 

「そう。俺は戦闘狂だ。俺にとって七曜など、どうでもいい。七曜になろうと思ったのは戦闘の機会が増えると思ったからだ。さぁ、もうお喋りは終わりだ」

 ジルクは再び剣を構える。



 一方こちらは三手に別れたルクス達。

「ここが街中で助かりましたね。物陰に隠れていれば多少時間は稼げる。どういう仕組みで人を操っているのかは分からないですけど、ティキさんならなんとかしてくれるでしょう」

 そう言いながらルクスは物陰に隠れて操られている人をやり過ごしていた。


「ティキ。大丈夫かしら」

 リディアもルクスと同じく物陰に隠れることによって操られている人をやり過ごしていた。

「そういえば、ヴィートの姿が見えないな。彼は……隠れないだろうなぁ」


 そして、ヴィート。

「ちっ。いつまでも俺様を追っかけてくるんじゃねぇ。気持ちわりぃ。ってか何で全員男なんだよ。女の子に追いかけられるなら受け入れるのによ」

 ヴィートはそう言いながらも追いかけてくる人間と距離をとっている。

「あの野郎がさっさと敵を倒しちまわねぇからだ。くそ、いつまでも逃げまわるなんざ俺の性に合わねぇ。来るなら来い!」

 ヴィートの喧嘩早い性格が待つのを辞めた。操られた人が間合いに入った瞬間、ヴィートは殴りかかる。だが、ヴィートも一般人相手に本気は出せない。一撃で相手の意識を奪う。相手の急所を見極め攻撃するヴィートの得意とする武術はここでは大いに役に立った。ヴィートの攻撃を食らった人は、意識を失い崩れ落ちる。

「へっ! 余裕だぜ」

 だが、そこに誤算はあった。一度は崩れた人が起き上がる。そして、その顔は白目を向いていた。明らかに意識がない。だが動いている。この時はじめてヴィートは理解した。人は人であって人ではない。操っている者は、人をまるで人形のように。糸人形のように感情なく操っているだけなのだ。

「おいおい、ゾンビかよ。結局、ティキの野郎が奴らを倒さねぇとどうにも出来ないってか」


 そして、ティキ達――。

「その構えはなんだ?」

 ジルクは見たことも構えをするティキに問いける。


 ――決着の時は近い。

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