第七十八話「悪魔なメイドさん」
先日の二人の少年とその母親たちとのやりとり。
一息ついて頭の中で情報を整理したあと、ヒミカへ報告することにした。
いきさつ自体はすでに秘書官を通して伝わっているが、直接話しておきたいこともある。
帰城が未明になるらしく、次の日の明け方に約束。
「おはようございますっ♪ って鸞子さま爆睡って感じ、寝姿が凄まじいわねー」
「ここ最近は懸命に武芸の修練に取り組んでいらっしゃるもの。仕方ない」
「まぁ、寝るのも修練の一環といいますしー」
「こんな朝早くに支度させてすみません」
「いつでも喜んでお仕えいたします。しかし、この時間にウィティットンってことはあそこで間違いない。龍鯉さまは『ウィティットンの隠れ家』をご存じですか?」
「なんですかそれ」
「城主さまが修行されるお屋敷です。側でお仕えしていた当時は、よく勉強させていただきました」
「エレっち、異界と鬼道のお姉さま方が怖くて毎日泣いてた」
「ううっ……イーニャだって」
虎の穴のようなところなのだろうか。
ヒミカがどこかで修練していることは、鸞子や側仕えたちの様子から薄々知ってた。
隠れて色々やるのはお互い様なので、今まではあえて距離を置いていたのだ。
迎えがくるまでに軽い朝食を済ませ、身支度を整える。
夜明け前のグェムリッドの楼門。
予定通りの時刻に、見慣れない魔族の侍女が訪ねてきた。
ヒミカ指図の案内人である。
ふわふわな灰色髪に生気を感じられない赤茶色の肌。
紅玉みたいな眼球と巻き角が薄く輝いている。
光の加減でそうみえるわけではなく、本当に発光していた。
「案内よろしくお願いします」
「……、」
返事はない。
「無口な方なのでー」
「城主さまが全幅の信頼を置いている側仕えです。ご安心ください」
「……、」
いつも堂々とした振る舞いのエレシュとイナンナだのに、この侍女に対しては随分と委縮気味である。
感じるのは畏敬の念。
無言で見つめ合ったまま様子を窺っていると、
「ああっ、いってらっしゃいませ」
「お気をつけてー」
唐突に簡素な身ぶり手ぶりだけで俺を導き始めた。
一抹の不安を抱きつつも、馬車で何事もなくウィティットン大庭園に到着。
そこからは徒歩だ。
花畑、池、草原、ヒミカのお散歩コースと思われる道順を辿り、ついには林に入る。
林をしばらく進み、何もない開けたところで立ち止まった。
ふと魔族の侍女が手を翳すと、みるみるうちに景色が変わっていく。
顕れたのは豪華な屋敷、というか離宮がそこにあった。
スヴァルガとナイノミヤの文化をミックスさせたような外観である。
端的に形容するなら、オリエンタルな洋館だ。
一帯の認識を、恒常的に魔術で阻害させている。
基幹となるサムタヴネリの術式に、いくつか俺の知らない技術体系の術式が組み込んである。
ほとんど身内しかいないティンバラスールでここまで堅牢にしているとは。
衛兵が林の周辺とこの離宮にかけて見当たらないことは関係あるのだろうか。
詰所の前で侍女が二〇人ほど整列していた。
大半が人族。
一人として見覚えがない上に隙がない。
統率が取れた深めなカーテシーに会釈で答礼して、足早に母屋へ。
ここまで案内してくれた魔族の侍女が、そっくりな風貌の侍女に取り次いだ。
『ヒミカの子――……問題なく――……おとなしい』
『ミルド曰く――……とても性欲が――……』
神代語だ。
俺に聞こえるように話してくれている……?
どうやらヒミカは外部との接触を絶った部屋にいるらしい。
客間で取り次ぎの返事を待っている間に、案内してくれた侍女を改めて観察してみよう。
黙々と茶をいれる姿はそこそこ様になっている。
やや痩身気味でくたびれ果てた印象はあるものの、胸はそれなりだしダウナー系女子と捉えれば悪くない。
事情があって話せないか、俺のことが嫌いなのかもとここまで来たが、駄目でもともと神代語で話しかけてみよう。
『ここまで案内ありがとうございます。よろしければ名前を教えてくれませんか?』
『……羅征王シャトゥルーヴィジェの子、ソーンマ』
おっ。
ゆっくりハスキーな心地良い声。
口を開いた瞬間に、凶暴な牙が見えた。
ミールみたいに可愛らしいものではなく、捕食者っぽさがある。
『僕はリョーリです』
『知っている。トライスとヒミカの子、その魂は緋界を想起させる』
『おっと、気を付けてくださいね』
『どこまでが禁忌かも聞いている。不可視の体の層を踏み誤るようなら修行不足だ』
俺の魂、つまり不可視の体を無遠慮に探ってくる。
習熟度はかなり高い。
『飲め』
『いただきます。その、緋界って外にあるとされてる別世界のことですよね』
『世界樹の世界の一つ』
『ソーンマさんはウルガトの外の人ですか?』
『緋界とおなじ第三層炎獄。少し前、ソーンマは姉さまたちと共にヒミカによって召喚された』
『もしかして先ほどの方はお姉さんだったり』
『そうだ。ジーシャとダーカとソーンマ、汚衣の三娘という』
『あなたは汚くないですよ』
『ソーンマたちは本性を現すとき、お袋さまから譲り受けた由緒ある古衣を纏う。おぞましいぞ』
『緋界には行ったことはあるんですか?』
『親父さまと一度だけある。曰くがあり神々さえも避けたがる、その名の通り紅緋に染まった美しい世界。キサマの魂の一部に緋界を感じるゆえに、神々はすべからく加護を遠慮する』
『えぇ……というかソーンマさんの不可視の体も大概ですね』
およそ生物のものとは思えない不思議な不可視の体なのだ。
麗しい魔族の体に何かが宿ってるような感覚。
『このソーンマの肉体と魂は所詮仮初に過ぎない。本物は炎獄にある』
『そうなんですね。よければ遠慮せず加護とか授けてくれてもいいんですよ』
『ソーンマは若輩で、キサマの魂は得体が知れず怖ろしい。いまは庸常の契約すら嫌悪の情を催す』
『それは残念』
『なのに死の女神の気配を僅かに感じる。ヤツがいま臆していないのは、キサマに懐柔ないし調伏されたことに加え、あの武芸に秀でた娘との絆を介しているからだ』
『やっつけはしましたけど、手懐けたりはしてないです。もしかして僕やクケイの不可視の体には、まだ死の女神から何らかの影響があるんですか?』
俺のことはともかく、また一気に不安になってきた。
『様子をみているだけに感じる。今のところ強く言及するほどの危険性はない』
『そうですか……』
『まことにソーンマの加護を欲するのならいくつか方法はあるが、まずは懐柔すること。己の力を示した上で、深く交わり心と身体両方を認めあうことで容易に達成される』
『えっ』
加護に関しての答えのようで違う。
ばつの悪い話を切り上げるために、俺が好みそうな話を振ってくれているのだ。
気を遣わせてしまったかな。
『己が肉体の性別が心配か、それとも深く交わるのは嫌か。不得手、困難の克服はソーンマにとって望むところだ』
『そっ、そうではなく、まずはお互いのことを軽く知ってからでないと。たとえば好きな食べ物とか、普段どんなパンツ穿いてるとか』
『……ソーンマは好き嫌いなく食べるし、穿かない』
『ほう!? 僕もなんでも食べるようにしてますが、一応穿いてます』
『キサマはミルドが申していた以上に尾籠な話を好む』
『あまりに小気味よく答えてくれるので、失礼しました』
『これは性分と修行の成果によるものだ』
ふう……。
『ミルドとはよく話すんですか?』
『たまに出会うと世間話をする。最近、ヤツは通俗語のみならず神代語も話すようになった』
『ああ、そういえば、何かに影響されたんですかね』
『わからない。キサマの神代語は緋界と龍界訛り両方の性質、ヤツは魔界訛り、ソーンマは炎獄訛り』
神代語は古の神族や魔族が使うとされる言語だ。
発話するにあたって強い魔力を伴う上語と、抑えた下語を使い分ける。
更にいくつか訛りがあり、各方言にも何かしら言霊的な効果があるとされている。
文字は正式な文書に使う聖刻神代文字と筆記体の神代文字の二つ。
複雑な魔法契約に縛られており、資質面で一定の条件が揃えば言語獲得できると師匠には教わった。
通俗語はその神代語を意図的に言語変化させたもので、暗黒大陸や魔族のコミュニティで主流の言語だ。
魔神シャスラが第二次人魔大戦期に共通語として作り出したのを起源としている。
史書によると、進化の過程で神代語を消失した一般魔族をまとめ上げるため、苦慮の末に完成させたのだとか。
文字は神代文字を簡略化させた通俗文字を使うが、話者の識字率は低い。
互いの言語をある程度通じさせつつ前述の魔法契約に抵触しないよう、巧妙な工夫がなされている。
現代の魔族社会では、ごく一部の支配者層が神代語を、多くの一般魔族が通俗語を補助言語として使う。
このことから、人族において失われて久しい神代語は、魔族においてはまだ馴染みある言語だ。
なお人族社会では通俗語は忌避されがちなので、耳にすることは滅多にない。
俺が緋界と龍界訛り両方の性質を持つのは師匠の影響。
ミルドが魔界訛りになったのは、後天的に条件が揃ったか、元々話せたとかだろうか。
取り次ぎの侍女が戻ってくるまで問答は続いた。
『ソーンマたちは人間の言葉も理解できるが、制約が厳しくいつも他者と話せない。キサマとの会話は楽しかった。好きだ、またやりたい』
『こちらこそ、時間を忘れるほど楽しかったですよ』
『ソーンマを籠絡したな。ダーカはそう簡単にいかない』
『ダーカさん、挨拶が遅れました』
何も考えずに直情的にとっちらかった会話をしてただけなんだが。
どうやら彼女たちは、行動するにあたって何かしらの制約があるようだ。
それとは別に、己にルールを課して縛りプレイしているようにも見える。
『姉さまもこの童と遊ぶといい。奇態な不可視の体のくせに、ヒミカより融通が利くし楽しい』
『オマエはいつも刹那の快楽にかまけてヒミカに叱られる。ダーカはいつも務めに忠実だ』
『さっきわざと聞こえるように会話して、僕が話しかけるきっかけ作ってくれましたよね』
『……いかにも』
『姉さまも満更でもない。まだまだ修行がたりないな』
『そも我らの嗜好は同じ。オマエが好きなものはダーカも大姉さまも好きだ』
『そう。好きなものは我慢するな』
『務めが終わってからだ』
彼女たちは質問すれば大抵のことは禅問答のように即答してくれる。
己の正直さに任せてスバズバ答えてくるのに、内容は情緒豊かで配慮が足りていて、嫌悪感がなかった。
後ろめたいことを言いあう時ですら、一連の発言が全く問題ないように感じて、調子に乗ってしまった。
無愛想で魔族然とした容姿とは裏腹に、清楚さがあるのだ。
『ヒミカは地下にいる』
俺は促されるまま客間を出た。




