第七十二話「卒業と叙爵」
先日俺は卒業した。
だからなんだという話だし、大して実感も湧かない。
あれからほとんど行為には及んでいない。
宮殿の主と、いちメイド。
求め合えば果てしないが、お互い自分の立場をわかっているからだ。
たまに二人っきりの時、ムラムラしてやっちゃうときも、最後まで行くことはあまりない。
しかし次元収納は万能である。
どんなものでも当時のクオリティそのままに保存してくれるのだ。
そんな無神経なことを日課の魔法の修練をしながら考えていると、ヒミカに呼び出された。
「あなたに正式な爵位と勲章を与えることについてどう思うかしら」
本殿の書斎。
ヒミカは唐突にそう切り出した。
理由はわかっている。
名目は、リヴル村の騒動における論功行賞。
もし死の女神降臨の儀式が成功していれば、周辺一帯の生命体はもれなく死滅していた。
千年以上前の成功例によると、ヴァラスーナ大陸北部において十九日間かけて二つの王国が滅亡し、多くの生命体が犠牲になったという。
第二次人魔大戦の開戦劈頭。
きっかけの一つであり、スヴァルガ以外の大国においても資料が残っている。
重臣たちが追及逃れのために慶事に仕立て上げたい、という思惑もあるが、真意はそこではない。
秋の収穫祭が目前に近づいている。
収穫祭には親父も帰領し、スヴァルガの王侯貴族たちもやってくる。
そして我が双子の姉鸞子とアイザール王サグラの関係と、今後の婚約について諸侯に発表する。
それはサグラを皇太子にしたいという、アンガー・ユーゼン家の今後の立場を表明するということ。
一部の重臣たちは、収穫祭までに俺のスヴァルガにおける立場を確立させたい思惑がある。
長男レイスが継嗣コースから外れて以降、俺を担ぎたい人もちらほらでてきているのだ。
面と向かって言ってはこない。
今の俺の立場はアンガーに軍閥を形成する大貴族の三男。
正式ではないがグェムリッド宮殿の主だ。
アンガー内での席次は以下の通り。
母ヒミカ≒父トライス>俺たち双子>側室>側室の子>宰相>伯爵以下の重臣。
軍閥内ではトライスとヒミカの実子というだけで、一定の権威が保障されている。
とはいえ、スヴァルガの貴族として正式な爵位は与えられていない。
まだアンガーが不安定であるのと同時に、ウチが本家テラザール・ユーゼンに忖度しているからだ。
スヴァルガ国やレーモス国においては、当主の持つ従属爵位のうち二番目の爵位を名乗るのが慣例。
母のティンバラ女公爵なら伯爵相当の爵位。
父のアンガー侯爵なら子爵相当を名乗れる。
どちらも名乗ったことはないし呼ばれたこともない。
それはユーゼン公の祖父を除く父方の親族の爵位が、最高でも伯爵であるからだ。
大した功もない俺みたいなのが突然伯爵を名乗り、スヴァルガの公の場で席次が同じになる。
今まで必要なかったのもあるが、おじさまたちの敵愾心を刺激させないよう避けてきたのだ。
「僕の爵位や勲章に関しては、リヴル村での論功人事で簡単に授けない方がいいと思います」
「なぜ?」
「リヴル村の一件は重大な事件ですけど、情勢的に目立たせたくありません。今回の収穫祭が今後の領地運営に重要な意味を持つのであれば、火に油を注ぐようなもんです。別の大きな争いを引き起こしかねない」
「そうね……。リョウはどうしたいの? 私はあなたの叙爵については少なからず賛成なのだけれど」
「叙爵ではなく、今後は慣例通り父上の持つ帝国貴族マルス子爵と、母上の持つスヴァルガ貴族グェムリッド城伯を正式に名乗らせてください。勲章に関してはスヴァルガにあるものから目立たないものを適当に」
スヴァルガの貴族の席次はややこしい。
どこから勅許されているかで席次が少し変わってくる。
ローナッド皇国貴族≒スヴァルガ貴族>各王国貴族>帝国貴族。
同じ爵位なら、基本的にはこんな感じの序列になる。
皇族か王族か、官職や宗教的立場でまた変わったりもする。
ローナッド皇国貴族とスヴァルガ貴族は直接皇帝が勅許。
各王国貴族はその国の王から、帝国貴族は帝国議会を経由して勅許。
帝国貴族は帝国支配が弱めな地方の豪族や、宮廷の功績ある官僚だったりがほとんど。
ちなみにアンガーの守旧派は帝国貴族が多い。
ユーゼン家が仕切るまでは、スヴァルガに帰属意識はありながら、あまりいうことを聞かなかったようだ。
「どちらも子爵相当じゃない。あなたの本来の席次は伯爵相当よ?」
「その方がよいと思います」
「……本家のお義父様との関係を気にしているのね」
「姉上はイアライ城伯、つまり今のまま正式に宮主とする方向で、サグラ殿下の家臣とすり合わせましょう。表に出て仕事をよくしているタカイス兄上には子爵相当の儀礼称号を。これで重臣やレッドソードの方々も納得します」
「リョウはそういってるけど、マーグラお姉様はどう思うかしら?」
「妾身はいまだ奴隷の身。ヒミカとリョーリ様の御心に従うまでだわ」
「そう……。あの人とイーラム殿に相談してみるわね」
ヒミカはその発言にどこか負い目を感じている。
叙爵や身分に関してではなく、自分を立ててくれることに申し訳なさを感じてるっぽい。
対してマーグラは嬉しそうというか安堵はしているようだ。
母として、実家のレッドソード王国に対してはグッドニュースだ。
二人の仲は悪いわけではなく、他の側室たち含めてかなり良好である。
「……これは僕からのお願いなんですけど、グェムリッドに若い侍女を取りまとめるメイド長のポストを設けてもいいですか?」
「若い侍女には班長みたいなポストはあっても、正式な役職はなかったわね。グェムリッドはあなたの宮殿、好きにしていいのよ。私もちょうどクケイに頑張ったご褒美をあげようと……」
「まだクケイを任じたいとはいってませんよ」
「えっ!? ああ……私としたことが迂闊だったわ。さりとて彼女なのでしょう?」
「まぁそうですね」
どうやら俺とクケイに何かあったことは知られているようだ。
漏らしたのはマーグラか。
控えていたクケイが反応する。
いつも通りの佇まい。
動じてないフリをして、実はちょっと恥ずかしそう。
「……私より、マーグラ様が適任では」
「お姉様はグェムリッドの女官長、クケイはメイド長とするのはいかがかしら」
「女官長は貴族のご夫人か令嬢がやるのが慣例ですから、免賤しないと重臣たちに突っ込まれそうですね」
「妾身がその職を受けると、ヒミカの女官長はいい気はしないはず。それに今の業務から離れるつもりはありません」
「業務は今まで通りで、グェムリッドの家政婦長とメイド長ということにしましょう。これなら語弊を生みませんよ」
「さすがリョウ、名案ね」
「おおせのままに」
「リョーリ様がそこまでおっしゃるならお受けいたします」
後日話は纏まり、この通りになった。
マーグラは家政婦長、クケイはメイド長へ。
鸞子とタカイスにも相当の儀礼称号を付与。
俺の肩書きはグェムリッド城伯とマルス子爵。
正式に子爵位相当の儀礼称号を名乗りはじめた。




