第六十九話「神妙な面持ちのメイドさん」
「リョウよ、よくぞ戻ってきた。約束を覚えておるか?」
ティンバラスール城旧本殿。
俺は今、アイザール王サグラのもとへ来ている。
明るい茶髪のポニーテールに碧い瞳。
彼は相変わらずの美少年だ。
「……武術指導の件はネイ将軍と相談して行いましょう。殿下が進んで修練に励まれると、最近武術をサボりがちな姉上もきっと捗ります」
「サボってないもん」
嘘偽りなく、よくサボっている。
取り繕ってやるなら、貴族令嬢としての生活が忙しいというべきか。
サグラは、俺がリヴル村へ出発する前に、二つフラグを立ててきた。
それは帰ってきたらクケイから武術指導を受けることと、俺が彼を名前で呼ぶこと。
サグラの事実上の師匠は親衛隊長のネイだ。
ネイは北虎林派という武術流派の皆伝。
スヴァルガ帝国内でも指折りの、実力が確かな武人だ。
そんな師匠に学んだ彼は、武術家としてしっかり正道を歩いている。
北虎林派は体格を最大限生かすような、豪快な武功ばかり。
性質の違う他の優れた武術家とその技術に触れて、もっと研鑽を積みたいようだ。
「うむ、そなたも同席して武学を深めようぞ。もう一つのほうはどうだ」
「どうしても名前で呼ばなきゃだめですか」
「なにゆえそこまで嫌がるのだ。余がよいと言っておるのだから遠慮なく呼べ。敬称を付けるでないぞ」
「サグラ」
「うむ。しかし声が小さいな、よく聞こえぬぞ」
サグラは大きく息を吸って嬉しそうにしていた。
小恥ずかしさを紛らわすついでに、ソファの上に立って耳元へ寄り、精神感応で念話を送る。
「(どうか声を出さず姉上に聞こえないように。今心の中で言葉を思い浮かべれば、僕だけに伝わります)」
「(うむ)」
「(サグラ、僕が居ない間、姉上を支えてくれてありがとうございます)」
「(あれから毎日泣いておったぞ。城の使用人たちもみな落ち込んでいたくらいだ。そなたの存在の大きさを思い知らされたわ)」
「(スヴァルガにとってはサグラの方が重要ですよ。カーシャさんのことも気になってたでしょうに、僕たちを迎えに来ず城で待ってたのは偉かったですね)」
「(なっ!?)」
頭を撫でてやると、嬉しさと恥ずかしさが入り混じった表情をする。
こうみると彼もまだまだ子供。
「なんでサグラ様の頭を撫でてるの?」
「うおお、愛いやつめ」
「どこに顔つけてるんですか。今日は女なので――――」
「念話で内緒話してたのね、内容を教えなさい」
「僕が帰領したとき、関所へ迎えに来なかったのは偉かったですねって」
「あー、お母様も行かなかったわね。サグラ様もなぜ?」
「行きたかったがな。行けばリョウとカーシャに怒られるところだった」
「序列の問題ですよ。サグラも母上も僕より席次は上ですから、たとえどんな関係でも、迎えにきたら今後に支障がでてきたりするんです。普段の何気ない場面なら問題ないですけど、今回はアンガーの重臣たちが注目してましたからね」
「席次の問題は難しいわね……」
サグラは皇帝の実子でアイザール王。
ヒミカは皇族の近縁でティンバラ女公爵。
家臣たちに注目された状態においては、俺を迎えに来るだけで、今後の領地運営や継承問題にまで絡んできたりする。
もちろんこの二人の俺に対する心情は重々承知である。
***
魔女アキノの魂を次元収納に封印することに決めた。
魔女に憑依されていた男爵未亡人ブレシカは、両親と親戚に事情を話した後、再びティンバラスール城に戻ってくることになった。
本人の希望で議会と司法府に起訴したが、どちらにおいても情状が酌量され無罪。
大書庫司書の職に戻されたが、前のような実務はしていない。
貴族たちの好奇の目にさらされるのを防ぎ、これまでの精神的ダメージを和らげるためである。
今は俺が大書庫の書物を欲した時に、希望のものを持ってきてくれるくらい。
ヒミカとマーグラは彼女のことを気にかけているようで、たまに書斎でお茶しているようだ。
俺はというと、ティンバラに帰ってきてからどうも体調が優れない。
心身的に少し疲れている。
この体、というか俺の不可視の体はどうやら精神ダメージに対して一定の耐性がある。
今回の騒動では大規模破壊魔法で魔物を大量に屠ったり、直接的ではないが人を殺めたりもした。
それに対して罪悪感はあるが、苛まれているわけではない。
例の破滅的結末を強制的に見せつけられても問題ない特殊な脳と精神力。
その情景の中で、もっと残虐な行為に及んだこともあるのだ。
今回は自分の行動によってクケイを死なせずに済んだし、破滅も問題なく避けられた。
人を殺めたり、倫理にもとる行為。
自分の大切な何かを守護るためには、それは仕方のないことだと頭で理解している。
俺はそういった時に、人を殺めるという行為に恐怖を抱いていない。
最近までチンピラですら苦手で、人並みの倫理観も持ち合わせていたと思う。
今でもできる限り、前世で培った倫理観は大切にしているつもりだ。
しかし、いろんな修羅場を経験したり、破滅的結末をみていくうちに変わっていった。
それが慣れなのか、特殊な脳と精神力によるものなのかはわからない。
行為自体よりも、自分が化け物になっていくのが少し怖った。
一人でも直接人を殺めてしまったら、そのままずるずる歯止めが利かなくなるかもしれない。
帰ってきてからそういうことをよく考えるようになった。
考え耽っていると、クケイを筆頭にした侍女たちが気を使ってくれる。
実に申し訳ない。
ゆえに、そのスパイラルに陥った時は現実逃避して妄想の世界へ浸りリセット。
前世から使ってる必殺技だ。
とにかく騒動に一区切りはついたが、まだ経過を見守るべき事案は残っている。
リヴル村の懐事情だ。
山岳部の寒村で、一見して金になるようなものはない。
ところが実は、そこそこ値の張りそうな毒草が自生しているのを知ったのだ。
そこから俺は村長や有力者へ、贔屓にしているブルストロード商会の薬商人を派遣する約束をした。
グェムリッド宮殿、貴賓室。
「リヴル村の件ですが、薬師と薬商人を送り、順調に指導は進んでおります。栽培と採集が軌道に乗るのも時間の問題かと」
「お願いを聞いてもらってありがとうございます」
「民のためにもなり、実益も得られる。素晴らしい商機をいただきました」
「知らずに根こそぎとってしまったり、怪しい商人にぼったくられるといけませんからね。南部でウチと睨みあうシゲファースを刺激せず、村に人を出入りさせることもできます」
「そこまでお考えとは……。リョーリ様にお仕えできる我が娘と姪は本当に果報者です」
「龍鯉さまが居ない間、エレっち元気なかったんですよー」
「……イーニャだって寺院で毎日お祈りしてたじゃない」
ブルストロード商会の会長サー・コーネリアス。
俺が服飾創造で創った創造物の売上げも、銅貨一枚の狂いもなく納めてくれる。
彼の性格と商才なら下の教育もしっかりしている。
重大な不正を見逃すこともないだろう。
サー・コーネリアスの定期報告を受けたあと、クケイが神妙な面持ちで俺に話しかけてきた。
なんとなく獲物を狩る獣のような……。
あくまで俺からはそうみえるだけ。
他の人からは、ただの瀟洒なメイド少女にしかみえないだろう。
「リョウ様、本日は夕方からのご予定はありません」
「そうでしたっけ。今日の当番はクケイですね」
「はい。今日の当番の間、よろしければ、私めにリョウ様のお時間をいただけませんでしょうか?」
「……? 別に構いませんよ。なにかあるなら好きなだけお付き合いします」
雰囲気的に武術に関することじゃない。
相談でもあるのだろうか。
いずれにせよ、クケイの方から誘ってくるのは珍しい。
仮にどんな予定が入っていたとしてもキャンセルして快諾だ。




