第六十八話「帰還」
アンガー南部の辺境リヴル村を発ってから半日。
魔導艇で無事に領都ティンバラまで帰ってこれた。
行きはやたら長く感じたが、帰りはやはりあっという間だった。
ちなみに心理科学的にはリターン・トリップ・エフェクトという。
人は誰しも行きを少なく、帰りは多く見積もりがち。
ゆえに行きよりも帰りを短く感じるのだ。
午後七時。
当たりはすっかり暗くなっている。
郊外と南区を渡す関所には、いくつもの篝火が焚かれ、多くの人が詰めかけていた。
主にはユーゼン家の家臣と、十大神教とルヴァ教の僧侶に迎えられた。
後ろのほうで領民たちが領兵に整理され、黒山の人だかりをつくっている。
雰囲気的に、領民は何が来るかは知らされてないようだ。
人が集まってるから集まってるだけ。
「……ティンバラでこの扱いって、やはりキミってアンガー・ユーゼン家の御曹司なんだね」
「おや、わかるんですか?」
「前に剣士の人が、『例の女公爵の息子』って言ってたよ。つまりキミは、トライス様とヒミカ様のご子息ってことだね」
「私でもお二人の名前は知っているわ。その息子ってことは、どうせ地位を利用して悪いことしてたりするんでしょ?」
「どんだけ僕を悪人に仕立て上げたいんですか……。そうです、ユーゼン家の三男ですよ。今日はもう遅いですし、よかったらウチの城で休んでいきませんか?」
「気持ちは嬉しいけど、お迎えが来てるから聖国にすぐ帰らないといけないみたい。近いうちお礼に伺うから待っててね」
「私もよ。それに、よく知らない男の家にホイホイ上がるものじゃないわ」
「……そのよく知らない男のベッドに忍びこんだり、肩を借りて寝たりすることはいいんですか?」
「!!」
「いだだっ」
ホノカは真っ赤に顔を上気させ、俺の首に噛みついた。
なんなのもう。
二人とも聖国からお迎えが来ていた。
おそらくいろいろと報告しなければならないのだろう。
ルヴァ教のエルフ少女ミリアと、十大神教の少女ホノカとはここで別れた。
そのまま中区へ入り、ティンバラスール城の関所へ。
まず、我が双子の姉鸞子と侍女マーグラに揉みくちゃにされた。
そして休む間もなく本殿に赴く。
「私の独断専行の所偽で、リョウ様を危険な目に遭わせてしまいました」
「大変だったわね。でも、ちゃんと生きて帰ってきたじゃない」
ヒミカは、俺とクケイを抱きしめて頬を合わせる。
表向き普通に対応してくれている。
やはりかなり心配していたようで、念話を送ってきた。
「(無事に一緒に帰ってきてくれて、本当にありがとう)」
「ご心配をおかけしました。ところで、議会の方はどんな感じですか」
「私も昨日帰ってきたばかりなのよ。あなたがリヴル村に行った件は大ごとになっているのだけれど、責めを負うようなことにはなってないわ。むしろ今は、リョウが死なずに邪神降臨を防いだことについて、勲章授与や叙爵をするべきかで揉めてるの」
宰相イーラムとその息子ブルースが、死の女神教の来歴と目的を重臣たちに周知させたのだ。
邪神の降臨を信じるかどうかは別として、邪教にリヴル村が苦しめられていたことは事実。
リヴル村は領境の辺境にあって、近隣の情勢から多くの兵も動かせない。
結果、俺が敵国を刺激せずに、邪教の目論見を防いだ。
「政争の具にして僕の行動を責めるにしても、どの派閥も逆に邪教を放置していたことを責められたら痛いですからね」
「目下炎上中である魔物の大量発生関連の過失を、うやむやにしたい意図もあるようね。特に一番問題視されていたオヴブローグ卿が、気持ち悪いくらいリョウの功績を褒め称えてたわ」
オヴブローグ卿はアンガーに古くから土着する守旧派の貴族。
いつもは他の貴族と連携して俺やヒミカを非難してやろうと、虎視眈々と隙を狙っている。
今回の騒動を慶事にして、別件の責めをうやむやにしたいようだ。
あらかた報告が済んだ後、すぐに俺の元乳母ブレシカとヒミカの対面は実現。
泣きながら謝罪するブレシカをヒミカはすぐに許した。
「坊ちゃんに対しひどい提案をしたことをどうかお許しください……。アキノの件を含めて、どのような罰も受ける所存にございます」
「昔のことは気にしていないわ。今回の騒動については、リョウが言う通りあなたは悪くないわよ。全てはアキノが仕組んだことでしょう。それよりも、リョウが捕まえてくれたアキノの魂をどうするかね」
長男レイスの乳母にして、死の女神教の信者でもあるアキノ。
多くの人を利用し踏み台にして犠牲者を出してきた。
彼女はもう死んでいるので、現実世界の法で処罰することはできない。
どうするかは、よく調べ上げてからじっくり考えることにした。
城に帰ってきてから五日後。
アキノの魂の処遇を決めた。
グェムリッド宮殿中庭。
手のひらサイズの透明な球体の中で蠢く、深い紫色の霞。
俺が魔法で捕まえたアキノの魂である。
今の彼女は精神感応を使って念話でしか会話できない。
「(……人攫いジェニングズはお前が殺したんじゃないんだな?)」
「(私ではありません。しかしやるとしたら、ルヴァ教徒に偽装した同胞たちでしょう)」
「(わかった、これでもう騒動について訊くことはない。次はお前のこれからについて話そうか)」
紫色の霞が揺れている。
「(死の女神教の教義だと、お前を解き放てばまた輪廻に入るそうだな)」
「(はい、記憶は受け継ぎませんが、何代か先に再度信者へ生まれ変わると信じられています。喜ばしいことです)」
「(アキノ、お前はどうして欲しい?)」
「(もちろん、解き放ち次の輪廻へ……)」
「(そうか、お前に二つ選択肢を用意してやろう。一つ、消滅するか。二つ、このまま俺に管理されるか)」
「(ッ、消滅!)」
「(そういうと思ったよ。俺が管理するに決定だな)」
「(さっ、最初から答えは決まっていたのでしょう!)」
調べた結果、現時点で死者の魂ないし不可視の体を完全消滅させる方法はなかった。
ヒミカ曰く、この世界ウルガトを神々が創った時の契約で、消滅しても別の世界へ移るようになっているらしい。
信じる神や宗教、あるいは種族によって、行き先とありようは変わる。
大抵の行き先はウルガトの外にある十の世界。
輪廻するか、別世界へ留まるか、あるいはその場で死霊になるか多種多様である。
敬虔な死の女神教徒の魂は、死んで解放か消滅すると冥界へ移動。
そこから輪廻に組み込まれ、再びウルガトに生まれるとされている。
ゆえにアキノは消滅に乗り気だった。
本当にそうなるかは不明だ。
しかし死の女神教の秘術である転生術や女神の降神術は、この理論を元に術式を構築している。
アキノは消滅したり、自分が自分でなくなることを恐れていない。
彼女が望んでいることは、いつかの来世でまた死の女神教を信奉することである。
つまり、今一番嫌がることは己が輪廻転生しないことだ。
俺は文献を読み漁り、どうするかヒミカ、マーグラ、ブレシカにもよく相談した。
いろいろ模索してたどり着いた答えが、このまま俺の管理下で次元収納に収めたままにすること。
次元収納の次元は、この世界とは時の流れ方が違う。
収めたものは収めた時の状態で喚起できるという仕組み。
俺が望まなければ、誰もそこから取り出すことはできない。
俺が死んだり、取り出し方を失えばずっとそのままだ。
文字通り完全消滅させる方法を思いつくまではこれでいい。
「(お前はこれから輪廻から外れ、今出入りしている特殊な次元で未来永劫過ごすことになる)」
「(えっ?)」
「(要するにお前は今後、輪廻転生することはない)」
「(ちょっ……)」
「(出入りは一瞬だから楽だろ? たまに出してやることもあるかもな)」
「(いっ、いやだああああ――――……)」
俺はアキノの魂を再び次元収納に収めた。




