第六十六話「四人の少女と眠っていた淑女」
アンガー南部リヴル村。
この村にはアンガー領都ティンバラにあるような豪華な家屋は全くない。
村長宅ですら町のものと比べると貧相にみえる。
俺たち一行と移動待ちの被害女性たちは、空き家となっている騎士や従士の駐在所を住処として使わせてもらっていた。
俺の性別が男の日はモローと一緒に従士の役宅に泊まり、女の日は女性陣と騎士の役宅に泊まる。
ミリアはルヴァ教徒なのに、俺の性別が変わる体質を教えても驚くだけで偏見は抱かなかった。
そもそんなに信心深くないらしい。
十大神教徒のホノカからは、
「だから変態なのね」
みたいな、失礼なことを言われたくらい。
関連の裁判と刑罰が全て終わった後は、魔導艇で順次被害女性を希望の領地へ送った。
ベオバ騎士爵領に四人、カレリューモア領へ六人送り届けた。
残りの被害女性はホノカ・ルドーヴィカだけである。
彼女はティンバラを希望したので、俺たちと一緒に帰ることになった。
死の女神教を掃討してから五日後。
滞在六日目の朝だ。
クイーンサイズくらいのベッド。
シーツや毛布は、城で使っているものと変わらない材質のものを服飾創造で創った。
今日は男の日かと目を覚まして、異様な光景を目の当たりにする。
「なん……えぇ……?」
右にクケイ、左にミリア。
この二人はこの数日の間入り込んできたことはあった。
今日はお腹のほうに一人、ふとももあたりにもう一人いる。
不可視の体と内功から察するに、おそらくカーシャとホノカ。
「あ、おはようございます」
「驚かれましたか? この村は寒くみんなで寄り添って寝ようと……」
「ミリアとホノカにせがまれましたか」
「申し訳ありません。私はいろいろと従者失格です」
「そんなことはありませんよ」
こんなもん幸せでしかないわ。
口には絶対出せんが。
「カーシャさんはなぜに?」
「カーシャ様は――――」
もぞもぞとクケイの寝てる方から上ってきて、
「……いい大人が、淑女としてはしたないこととは理解しています。ですがティンバラに帰れば、このような機会に巡りあえませんから」
見た目はどう見ても大人にはみえない。
エルフ特有の長耳が真っ赤だったので、あえてそれ以上追及はしなかった。
「リョーリ、アキノが目を覚ましたって……おや、四人も侍らせるとかあんたもやるじゃない」
ミルドが部屋に入ってくるなりイジってくる。
長男レイスの乳母で、今回の騒動の重要人物アキノが目を覚ました。
ミリアとホノカは寝ていたのでそのままにしておいた。
アキノを軟禁していた家へ向かう。
彼女はベッドから起き上がり、俺を恨めしそうにみている。
「あなたの侍女がここにいるということは、儀式は失敗したのですね……」
「アキノ、お前は一体何者なんだ。まさかこの期に及んで黙ってるつもりじゃないよな」
「城主様と同じで黙秘しても心が読めますものね。仕方がありません、全てお話ししましょう」
そういうと、アキノは悪びれずに淡々と話し始めた。
アキノの家はアンガー西隣にあるアファイーン王国の非自由騎士。
封土は与えられておらず、子爵領のしがない士官で、そこの四人兄妹の末女に生まれた。
表向きはルヴァ教徒、裏では敬虔な死の女神教徒という家系だった。
歳の離れた二人の兄は、死の女神教の信者として、各々自分たちの魔術結社を設立していた。
教義に則り祝福、九十六年に一度の降臨を目指す。
死の女神教の『祝福』とは生命に死を齎すことだ。
アキノはそんな兄たちの背中をよくみて育った。
アキノは、十五のときユーゼン家に仕える非自由騎士に嫁いだ。
もちろん死の女神教のことを隠してである。
次の年に子を身ごもり、兄たちからは死の女神の神託を受けたことを知らされた。
内容は「九十六年に一度の降誕日に、降臨の儀式を主宰せよ」というもの。
女神から降臨の儀式を任される。
それは死の女神教の信者にとって最高の栄誉だった。
リヴル村の山中は、時期的にたまたま儀式をする環境に適していた。
あらゆる条件から女神が予言。
女神はいくつかある信者の中から、周辺地域に住み着き、特に信心深かったアキノの一族を選んだのだ。
それからは教義の実行や祭祀が目に見えて忙しくなった。
騎士の新妻として振る舞いながら、隠れて怪しい儀式に耽り、呪術を学ぶ毎日。
亭主にバレるのは時間の問題だった。
直接口には出さないものの、少しずつ証拠を得ていると思われる亭主に対し、危機感を覚えたアキノは呪殺を目論む。
結果一ヶ月かけて周囲にわからないように亭主を呪殺した。
表向きは病死である。
病んだふりをして我が子まで堕ろした。
真実をしらない同僚の騎士たちは未亡人となったアキノを不憫に思い、ユーゼン家長男レイスの乳母の席を用意。
ここから彼女は、レイスを死の女神教信者にすべく歪んだ教育を施しはじめる。
そんなある日、同郷で男爵夫人のブレシカと出会った。
亭主はティンバラ議会の官僚で、夫婦ともに敬虔なルヴァ教徒である。
アンガーでは十大神教が主流でルヴァ教は少数派。
一応ルヴァ教徒の皮を被っていたアキノは、経験者として妊活の助言をしていくうちに、親友同然の間柄になった。
もちろんこれは、アキノの死の女神教信者としての身勝手な企ての一つでしかなかった。
ブレシカを死の女神教に伝わる秘伝の転生術の憑代にする。
九十六年に一度の降誕日までの、非常時のバックアップを作ろうとしていたのだ。
まず、ブレシカが待望の第一子を授かった時点で、亭主のコンヴァード男爵を呪殺。
相次いでお腹の子も流れた。
ブレシカはここで傷心し、一気に老け込んだようだ。
次に、レイスの乳母という地位使ってブレシカを三男リョーリ、つまり俺の乳母に推薦した。
彼女は俺を死の女神教信者にするルートも考えていた。
乳母の面接を受け、無事合格したブレシカ。
アキノからはお祝いと怪しい厄除けのお呪いをもらった。
傷心したときに慰め、乳母の道まで用意してくれた親友のすること。
完全に信用しきって疑いもしなかった。
この時点で転生術の憑代への付呪は完了した。
結局、俺の乳母としては二週間しか持たなかった。
彼女はルヴァ教徒として、俺の性別が変わる体質について偏見を持っていたのだ。
我慢ならず我が母ヒミカにルヴァ教的な意見をして即刻クビ。
とはいえ、境遇を不憫に思ったヒミカは、大書庫司書のポストを用意した。
三年後。
アキノは一〇歳になったレイスに絞め殺された。
歪んだ教育の成果、はじめてで加減を知らなかったのだ。
しかし彼女はいい機会だとも思っていた。
これでレイスを死の女神教の大神官に仕立てあげられ、ブレシカに乗り移れるからだ。
死の女神教の大神官になるには、肉体関係を持った異性十九人を、月に一人ずつ自らの手で殺さなければならない。
その一人目の犠牲者にアキノはなった。
ところがレイスは死の女神教の目的を理解する頭がなかった。
ただ単に、自分の本能の赴くまま振る舞うことと、アキノのことが好きだった。
ゆえに彼女は瀕死の状態で、
「このまま私が死んでも月に一人ずつ、私を含めて十九人殺せばまた生き返りますよ」
と嘘をつき、無事ブレシカに憑依転生し、ことの成り行きを見守った。
だが十九人目。
当時ハールマ城主だったマーグラは犠牲者にならず、大神官への儀式は失敗した。
転生先のブレシカはティンバラスール大書庫の司書。
死の女神教の禁書についても自由に閲覧できる。
仕方がない、と切り替えた。
俺が四歳くらいの時のこと。
クケイがアキノの兄が仕切る魔術結社を壊滅させた。
アキノは兄を二人失ったことに腹を立てたが、恨みはしなかった。
三番目の兄が死の女神教大神官としての儀式を終え、すぐに新たな結社立ち上げの段取りをしていたからだ。
肉親の情より、教義の方が大切だった。
それからは、ティンバラスール城から兄の活動を支援した。
隠れている信者を見つけたり、新たな神託を兄が受ければ、憑代候補を見つけるため人攫いたちを使ってみたり。
そして降誕日の直前。
前々から目をつけ、匂いをつけられていたクケイを策に陥れることに成功する。
蓋を開けてみるとクケイの肉体は強力で、用意していた他の候補者よりも適正が高かった。
こうして現在へ至る。
「……まさか、あなたが我が主と対等に渡り合うとは思いもよりませんでしたが」
「ブレシカはどうなってるんだ」
「私が支配しておりますよ。はい」
「そうか、記憶や知識を共有していないのか?」
「あまりわかりません」
「旦那さん、レイスやブレシカのような、己の目的のために利用し、使い捨てた人たちについてはどう思ってるんだ」
「申し訳なく思っている、とでも言わせたいのですか? どうも思ってませんよ。ああ、でもレイス様のことだけは気がかりです。身勝手な性格はとても素敵ですが、将来立派に主を崇拝なさるかどうか」
「……今後はどうするつもりだ」
「リョーリ様はティンバラで私を裁くおつもりでしょう? 九十六年後はきっと未来の同胞たちが主の復活に尽力します。私はもう用済み、どうあがいてもあなたには勝てませんから、身を任せ祝福されますよ」
どうも釈然としない。
彼女は大書庫で初めて対応した時、俺を知らないようだった。
それは成長したからわからなかったのではなく、記憶と知識を利用できてないからだ。
一度も会ったことがないような対応だった。
中身はアキノ、体はブレシカ。
魂はアキノでも物理的な脳はブレシカなので、共有していないとおかしい。
「お前今、身を任せるっていったな」
「ええ」
アキノの、もといブレシカの額に手を当て、不可視の体に触れてみる。
アキノの魂が、ブレシカの不可視の体に憑いている。
想像した通りだった。
死の女神教の、この転生術は完璧ではない。
肉体から形成力体までは完璧。
それ以降の感情体と精神体は一部分しか侵食していない。
つまり、ブレシカは完全には支配されてないし、死んでいない。
死の女神に憑かれたクケイと似た状況だが、不可視の体を鍛えていないので眠っているようだ。
「ブレシカから、お前の魂を剥がしたらどうなると思う?」
「え? まさか、や、やめッ」
「やめねえよ」
点穴を衝いて体の自由を奪った。
「ぎゃああああッ!」
アキノは空気が張り裂けるような悲鳴を上げる。
あともう少し、慎重に、ブレシカの不可視の体に傷をつけないように。
額からすうっと、深い紫色の霞のような何かが抜ける。
俺はそれを魔法障壁で球状に包み、大量の魔力を纏わせた。
大きさは手に収まる位。
ドスッ。
ブレシカの体はベッドへ倒れた。
「リョウ様、これは一体……」
「ブレシカさんの不可視の体に取り憑いていた、アキノの魂を剥がしました」
クケイとカーシャ、その他一同は息を呑んでいる。
「ということはその紫色の物体は――――」
「アキノの魂です」
紫色の霞は透明な魔力の球のなかで、逃げ場を求めて蠢いていた。
これは間違いなくアキノの魂、つまり不可視の体。
本来、不可視の体は肉眼で見えないものだが、死の女神教の秘術によってこのような形になっているようだ。
「お前は帰ってから母上と相談してじっくり調べ上げてやる。簡単に終わると思うなよ?」
「(あああ……主よ、お兄様)」
アキノの魂を軽く精神感応で読むと、震えあがっていた。
「アキノ、ではなくブレシカ様が目を覚ましました」
アキノの魂はとりあえず次元収納へ。
ブレシカは起きてからしばらく呆然としていたので、落ち着くまで待つことにした。




