第五十二話「子供と十五人の手練れ」
昼下がりのティンバラスール城。
グェムリッド宮殿の中庭。
俺は今、十五人の手練れたちと対峙している。
面子は警備の武術師範、腕に覚えのある衛兵、侍従、庭師。
みな武術に関しては人並み以上の実力者たちだ。
「『始まりの乳海 心域に至る道 繋がっている
我れ世界樹を支えし 大いなる神々を讃えん
瞑想により 魔力を呼び起こし 力を与え給え
大いなる神々の叡智を授け給え』」
魔力増幅を歌うように五回復唱。
内息を整え、全身に魔力と内力を纏わせた。
「いつでも掛かってきてください」
対する十五人も気を高ぶらせている。
「では俺たちから」
「いざ!」
真剣を携えた二人が一足飛びに斬り掛かってきた。
剣客の衛兵エドヴルとクール。
二人の振り下ろしを、飛び上がり回転して避け、そのまま顎先に勁を込めた蹴りを一発ずつ入れる。
内力は膨らんだままだが目は生きてない。
意識は刈り取った。
あと十三人。
「おいおい一撃かよ? 手加減なんて考えるな、全員で掛かるぞ!」
庭師モローが叫んだ。
ガタイのいいエドヴルの肩を踏み台に空を駆ける。
いつもは絶対にやらない雲散翔舞勢の第三段。
我が八監派の軽功だ。
無理をすれば持病の喘息の発作が起こり気道が狭まって……きた!
無視してそのまま使用人の群れに突っ込む。
八方に敵。
挨拶代りに正面にいる六尺棒を持った侍女と空手の侍女をヴァトファーシオで引き合わせ、
「きゃあ!」
「なに――――」
魔法障壁で包み、動きを封じる。
無色透明な膜で覆って横に転がし、もはや微動だにしない。
あと十一人。
次に背後からレイピアを持つ男女三人の刺突に襲われた。
首、胸、腰、肢、
二〇合程避けた後に女衛兵の首を獲り痺れよで昏倒させる。
と同時に刺突が死角から二発。
「は!?」
男女の衛兵は驚いた顔をする。
レイピアの剣先を指先で捕えていたからだ。
真剣白刃取りというより二指○空把。
カウンターはしないが、威力を極限に抑えた小魔の雷撃を流す。
青白い火花がレイピアの刀身を辿り、感電して昏倒。
あと八人。
背後でモローとミルドが肉薄。
レイピアを二人に向かって投げ捨て、距離を取る。
移動先に違和感を感じ、咄嗟に地を這った。
盾と戟と錘が一人ずつ、大きめの両刃剣が二人。
五人が振り下ろしてくるのをスレスレで這って回避する。
掌打と同時に盾を持つ衛兵ごとぶっ飛べで城壁に叩きつけて、
「そんなッ」
斜め背後から迫る長戟を掴んで奪い取る。
手元で捻り、高速回転させて持ち主の手から弾いた。
刃のない石突の部分で、メイス使いともども点穴を衝いて行動不能に追い込む。
あと五人。
両刃剣の二人と数合ほど長戟でやり合っているうちに、モローとミルド、警備の武術師範に囲まれた。
「へっへっへ、もう降参した方がいいんじゃねぇか?」
おどけるモロー。
「……、」
長戟を捨てて、黙って両手で手招きする。
五人は矢継ぎ早に攻撃を仕掛けてきた。
流れの中で両刃剣の侍女の肚に鉤突き、衛兵には肘鉄砲。
のた打ち回り嘔吐している。
あと三人。
俺を含め全員空手だ。
三〇合やり過ごした時点で、
「ぶはっ……」
モローの鳩尾にぶっ飛べと内力の籠った俺の掌底が入った。
芝に電車道を作って膝を突いて、血を吐いた。
少し強めに入れたのに、ふき飛ばされないのはさすが。
四十五合あたりで点穴を衝いてミルドの動きを封じることに成功。
あと一人。
最後の一人は武術師範のコールマン警備局長。
中背でそんな大きくもないのに、十五人のうち一番強かった。
歳は五〇過ぎで、洗練された技術と経験持っている。
奇襲やフェイントを仕掛けてもなんなく対処されてしまう。
九〇合目に差し掛かった時、目に見えてコールマンの動きが悪くなり、
「体力が続かん、某の負けです」
勝負はついた。
自分に点穴を衝いて気道を拡張。
「がはっ! はぁーッ……はぁーッ……」
十五分ぶりの呼吸。
俺は喘息の発作が始まってから息を止めていた。
クケイが心配そうに駆け寄ってきて、
「お加減は?」
「大丈夫です。あと五分はイケてました」
背中を優しく摩って気を送ってくれた。
吸入器を吸って小休止。
「僕の事より、皆の介抱をしましょう」
相手になってくれた使用人たちの魔法や点穴の拘束を解き、手傷を負っている者は治癒魔法や気を送って回復させていく。
エドヴルとクールは立ったまま気絶していた。
本日の模擬戦闘の目的は
・大規模ないし高威力魔法を使わず徒手で多人数相手にどこまでやれるか
・持病の喘息の発作を無視して闘う
この二つ。
俺は生まれつき経絡の流れが悪い。
加えて肉体のポテンシャルを最大限に引き出すと特殊な喘息の発作も起きてしまう。
症状でいえば気道が狭窄していって、対処しなければ呼吸不全に陥るというもの。
対症療法として普段は薬、吸入器、鍼や指で点穴を衝いている。
喘息の根治については見通しが立っていない。
何せ師匠にして、不可視の体、つまり魂だの根源的なものが関係していると言われてお手上げ状態だ。
神医と呼ばれる師匠に治せないものは、ティンバラスールの医師や治癒術師にだって治せやしない。
いろいろ考えた結果、治せないのなら無視してしまえという結論に至った。
呼吸は内功と血流操作で長時間止められる。
止められる長さは熟練度による。
少し前までは動きながら最大一〇分程度だったが、ここ数ヶ月で二〇分まで伸びた。
安静にしておけば三〇分は無呼吸で行ける。
最終的には魔力と内功を運用し、呼吸と代謝を体内で自己完結させたい。
武術を嗜む人間は一般人より体力がある。
独自の理論で身体機能を鍛え向上させていく。
しかし俺ほど息を止めることに関して執着しているのはきっと珍しいだろう。
呼吸をしなくなるということは心臓の働きをおさえるということ。
経絡は滞り、体内で気を練られなくなるので、通常その間の身体能力は低下してしまう。
これを解決してくれたのは魔力と身体能力を向上させる魔力増幅と、我が八監派の内功と運用法。
自然に存在する気のエネルギーを体内に吸収し、人や動物などの生命体から奪い取ったり。
一見チートにみえる。
もちろん自分の許容量を超えて吸収すると、真気が体内で暴れて、文字通りの意味で気を違えたり、四肢が爆発して死ぬ羽目になる(らしい)ので常に一定量になるよう管理する必要がある。
一定量管理するというのがなかなか難しいのだ。
武功を使い過ぎたり駆け回り過ぎたりすれば簡単に枯渇し、ぼおっとして吸い過ぎれば苦しくなる。
まぁ管理できるならチートには変わりないだろう。
モローは芝で寝そべりながらいう。
「息しねぇやつ相手にするのはつれえな」
「ここにいる皆がそう思っていたことでしょう」
コールマンが続ける。
相手の呼吸を読むことは闘う上で基本の一つだ。
俺だってそうしているので、やりづらいというのはわかる。
「すみません。他に痛いところはありませんか?」
モローの鳩尾にささやかなる癒しを掛けていると、
「!?」
「今日は女か」
尻を触ってきたので、思わずピョンっと飛び上がる。
十五人の中で唯一血反吐を吐かせしまった。
つまりやり過ぎた。
このくらいは好きにさせといてやろう。
モローだけじゃなく、他の使用人たちにも感謝しかない。
尻を触り続けるモローを無視して施療。
しばらくしてからミルドがつかつか歩いてきてしゃがみ、
「やりすぎだよ!」
「てっ!?」
モローの顔面を思い切り掌で叩いた。
庭師モローと侍女ミルド。
この二人は特に親しげだったので恋仲みたいなものなのかと思っていた。
そうではなく親子とか姉弟みたいな関係だった。
王子サグラと女官カーシャと似た関係。
親愛感情はあっても恋愛感情的なものは一切見受けられない。
ここ数ヶ月のやり取り、軽く不可視の体に触れてきての感想だ。
「ったく庭師ふぜいがご主人サマの尻触るとかさすがのあたしも聞いたことがないよ」
「……お休みになられますか?」
「大丈夫です」
深呼吸。
寝そべるモローへ馬乗りになり、全力でささやかなる癒しをかける。
辺り一面に黄緑色の閃光が迸った。
「皆さん今日はありがとうございました。また手合せをお願いすることがあると思います。気が向いたら協力してくれると嬉しいです」
「某も次までに鍛え直しておきましょう」
「是非お願いします。コールマンさんが体力つけたら僕も勝てないかもしれません」
コールマンは城の警備部門の幹部。
衛兵たちの指導者だ。
強さ的には伝位でいうところの奥伝から皆伝あたり。
経験は豊かで、体力をつけられたら勝負はわからない。
「尻触れるなら喜んでボコられるわ」
「前みたいに恫喝しながら触ってみてもいいんですよ?」
「あれで尻触ってたらまるで襲ってるみたいじゃねえか。もうやらねえから許してくれ……」
「リョーリにひどいことしたらあたしが許さないからね」
ダークエルフもどきと元チンピラは、しばらくのあいだ仲良く口喧嘩していた。
喘息を気にせず闘う方法を身に付けた。
魔力増幅に続いて体に負担のかかる方法ではあるが、大きな進歩といえよう。
・龍鯉
名前:リョーリ=ユーゼン
性別:寝て起きると変わることがある
種族:人族
出身:スヴァルガ帝国アンガー 領都ティンバラ
職業:軍閥を形成する有力貴族の三男
魔法:上級者 基本無詠唱 禁書の魔術
武術:便宜上は八監派中伝
・ミルド
名前:ミルド
性別:女
種族:魔族 詳しい種族は不明
出身:不明
職業:侍女見習い
魔法:中級者?
武術:我流 上伝くらい
・モロー
名前:モロー
性別:男
種族:竜人族の後裔
出身:ティンバラ北区のスラム
職業:庭師見習い
魔法:なし
武術:我流 上伝くらい




