第四十三話「金髪侍女と朱色の女官」
ティンバラスール城本殿。
俺は食事のあと、ヒミカが共同君主として日々やっている文書業務を見守ってから、頃合いをみてアイザール王サグラのおわす旧本殿へ向かうことにした。
彼からも、俺が寝込んでいた間の動向を訊いておくべきだろう。
ティンバラスール城の敷地は広大である。
入り組んだ場所から出発すると、目的地に辿りつくまでに予想以上の時間が掛かる。
本殿から旧本殿への道程。
二人の侍女を侍らせて、石畳の通り路を歩く。
「すみません。今日はお休みだったんですよね?」
「休みっていったってどうせ私たち宿舎でお菓子食べてるだけなのでー」
ツーサイドアップの少女がはにかんだ。
間髪を容れず、もう一人のおさげの少女は悪戯っぽく、
「エレシュは『一度お仕えしてみたい』ってケイ姉にお願いしてたんですよー」
「そ、そうなんですか」
「イーニャだって楽しみにしてたじゃない! あの、別に変な意味じゃありませんのでどうかご容赦を……」
「エレっちには負けるかなぁ」
エレシュの顔がみるみるうちに赤く上気していく。
見上げて覗き込むと顔を逸らされた。
エレシュは暗めの金髪ツーサイドアップで少し釣り目の勝気な感じ、イナンナは同じ髪色のおさげで常にアンニュイな雰囲気を漂わせている。
姉妹ではなく従姉妹同士らしい。
二人はヒミカの秘書官見習いで、会うことはあまりない。
たまたまヒミカのやっていた文書業務になぜかクケイがハマり、宿舎で休んでいる彼女らを代わりに遣わせてくれた。
使用人である彼女らは希望すれば月に二日休みを取れる。
数少ない休みを俺で消費させるのはうしろめたい。
しかし、もしかしたら仕組まれていたことなのかもしれない。
ここは知らないふりをしておこう。
話を聞きながら歩いてるうちに旧本殿正門に着いた。
馬車で移動しようか迷うほどの距離だったのに、二人の可愛らしいコントは移動時間を忘れさせてくれた。
城壁は高さ一〇メートルほどあり、門上にある立派な櫓も合わせれば二十五メートルはある。
門前にはガタイのいい衛兵が八人。
楼門から当番の使用人たちであろう小さな気を感じた。
門の奥を覗くと遠くに砦風の建造物がみえる。
今や旧本殿の名に恥じない大きく豪華な造りであるが、もともと一つの大砦だったものを改築し周りを増築していったもので、武骨な装いを色濃く残している。
「アポとってないですけど、いつものことなので大丈夫ですよ」
「はっ」
エレシュがキリッと居住まいを正し、正門から出てきた侍女と話し込む。
「湯あみをなさっているそうです」
「そっか、なら出なおそうかな」
「あっ!?」
「どうしたの!?」
対応してくれた侍女に手を挙げて挨拶し、踵を返そうとした時だった。
イナンナが砦の方へ目を凝らしている。
「お待ちをぉぉぉ」
砦の柵門から豆粒くらいの赤い何かが叫びながら近付いてくる。
豆粒はだんたん大きくなっていき、途中で盛大にこけた。
それをみた正門の侍女たちが声を上げる。
赤い何かはむくりと立ち上がり、再び走り出した。
「はぁ、はぁ」
やっと正門まで来たかと思うと、腰を折って太腿に手を置いて息を切らしている。
全身朱色のダボついたローブを纏った小さな女性、彼女こそサグラの乳母のカーシャである。
ローブを目深に被っており、見えるのは艶の良い赤い前髪と可愛らしい小さな口元。
背は俺と同じ位で、一見して子供にしかみえない。
こうみえて魔術師としては上級者で、帝国議会に議席を持つ女男爵らしい。
俺も人の事は言えないが。
門の侍女から水を貰って一息つき、
「このままでは帰られると思い急ぎました!」
「お怪我は?」
「いつもの事ですから」
腰に手を当てふんすと息を吐く。
彼女はローブをよく踏むので、こけることはままある。
サイズの合ったローブを着たらいいのにと突っ込みたかったが、口を一文字にして耐えた。
数秒ほど間が途切れてから、
「帰った方が――」
「お帰りになると悲しみますのでどうかご入場ください」
「……もしかしてまたあのお説教しちゃったんですか?」
「その通りです。ここしばらく執務室に押し込むばかりで、わたしの話も聞いてくれません」
可愛らしく指を遊ばせてしょぼん、としている。
サグラに対してはこのかわいい見た目と仕草からは想像できない位、厳しめな説教をするのだ。
端から見ると幼女に窘められる美少年。
俺も見た目幼女のお姉さんに叱られたい……じゃなかった。
彼女の叱る内容は至極真っ当な内容のものばかりだ。
「いつも細かいことばかりってサグラ様はおっしゃるんですけどね……」
「あー僕もよく言われますねそれ」
「でもリョーリ様がいうと機嫌を損ないません」
それはカーシャがサグラにとって母親替わりになっているからだ。
年頃の坊やは母親に説教されると反発したくなるもんだ。
俺はサグラにとってなんなんだろうか。
「……難事はいつも単純なことから発生し、大事は些細なことから始まります。殿下が市井の人々と同じ立場なら大した問題じゃないですが、そうじゃありませんからね。殿下には細かいところから大勢を見透す目を養っていただかないと」
「まったく、リョーリ様のいう通りです」
「あまり反発をいただくようなら、しばらくの間、叱るのをやめてみたらいいかもしれませんね」
「調子に乗らないといいのですが」
「言い方を変えるんですよ。カーシャさんがしおらしくしてれば、殿下もさすがにいうことを聞くでしょう。どうしても強く言いたいことがあれば、それは僕がやります」
「柔よく剛を制すというやつですね」
大事は小事に始まる。
柔弱は剛強に勝つ。
どちらも老子の教えである。
こまけぇこたぁはいいんだよ!
は、あくまで細かなことに心を砕いた上での最終手段だ。
こういったどの世界でも通用する一つの真理をサグラに教えても、彼は若すぎてそれを疎かにしがち。
「ふふっ、でも有難うございます。リョーリ様とお話したら心が晴れました♪」
「それはよかった。では、今日のところは帰るので、殿下にはよろしくお伝えください」
「いけません! このままじゃわたしのコケ損ですし……わわわっ」
「へ?」
踵を返そうとした俺の袖をカーシャが掴んだ。
バランスを崩し、彼女に覆いかぶさる形で一緒にこけ――――
――――魔法障壁!
ふにょん。
カーシャの背中に柔らかい魔力の膜を形成。
衝撃を吸収させる。
「てて……大丈夫ですか?」
「リョーリ様の魔法障壁のおかげでなんともありません。こんな形質変化するものなのですね」
「ええ、僕のは特別仕様で……」
「?」
フードが取れていた。
尖った長耳に白い肌。
アーモンド型の目、深紅に輝く宝石のような瞳。
真っ赤な髪は三つ編みにしている。
「……エルフだったんですね」
「恥ずかしながら、ヴェーア系レッドエルフの血統です」
「こんな美しいのになぜいつも顔をお隠しに?」
「まあ、美しいだなんて。サグラ様より目立つわけにはいけませんし、なにより……」
少し表情が翳り言葉を濁す。
話したくないのだろう。
見た目は幼い少女だが、きっと多くの人生経験を積んでいるはずだ。
これ以上は訊くべきじゃないし心を読むべきでもない。
レッドエルフはハイエルフから分かれた支族の一つ。
ヴェーアってことは勇者ラルクソーンの子孫ってことだ。
ハイエルフゆえにそうなのではなく、非ヴェーアなハイエルフも存在する。
はるか北西、レーモス帝国方面にヴェーア系エルフの多く住まう地域があるという。
「どうか寄っていただけませんか?」
小さな手で俺の頬に触れ、微笑んで「おねがい」といった表情をする。
か、かわいい。
これは逃げられない。
エレシュがあたふたしながら、
「あ、あの他の使用人の目がありますので」
「エレっちもあやかりたいんでしょ?」
「なわけないでしょ! あ、別に嫌なわけではなく、龍鯉さま違いますからね」
「私はあやかりたいけどなー……」
周りを見渡すと他の侍女たちが興味津々にこちらをみていた。
二人して咳払いして立ち上がり、居住まいを正す。
「で、ではリョーリ様こちらに」
カーシャに請われるがまま、正門を抜け、長く開けた通路を歩いていく。
突き当たりの玄関には大きな鉄製の柵。
一重隔てた先にまた大きく重そうな木製の扉と、その右下に小さな切戸がみえる。
腕を振りヴァトファーシオを発動させると、柵は鈍い音を立てて上がった。
「はあ」
相手は王子だ。
緩んだ顔はしていられない、気を取り直さねば。
溜息を一つ吐いてから切戸を潜った。




