第二十九話「魔力増幅」
九歳になった。
弟たちとはたまに遊び、かわいい姉妹たちへの指導も上々。
ヒミカと側室、次男タカイスは、領地の重要事項をなぜか俺に相談してくる。
マーグラだけは、相変わらず対面するたび何か言いたそうにしてはツンツンした態度だ。
俺に関しては体が弱いのは通常運転。
武術は毎日クケイと闘りあって、少しずつ外功内功は向上してきている。
しかし師匠がいなくなってからの二年間、実力が伸び悩んでいるように思えて仕方がなかった。
凍えよ以来新しい魔法も長いこと覚えていない。
既存の魔法を磨くことに終始してきた。
「『ジャーナエッカサッカサッダの書』ってありますか?」
「すこぉしお待ちくださいね」
現状を打破したいと思い立つと、ティンバラスール城内にある大書庫に足が向いていた。
蔵書数は約五〇〇万冊。
スヴァルガにおいては帝都の帝立図書館に次ぐ納本図書館で、役人や学者御用達、領外からも利用者が訪れるほどである。
書庫の受付。
初老の女性司書が老眼鏡を鼻の先までずらして、黄土色の羊皮紙を眺めている。
司書が手を翳して左右にスライドさせると、スヴァルガ語の小さな文字が目まぐるしく現れては消えて行く。
魔術的術式を組み込まれた索引、検索機みたいなものだろう。
新聞にもこういった仕組みのものがある。
「ありましたが、これは禁書ですね」
「存じてます」
「上級者以上で貴族の方でないと借りられません」
「上級者で、一応領主の子です」
「お読みになるだけで体に害が及びます」
「はい。魔力量が少なく腕が未熟だと死ぬことも知ってます」
「しかもツァール語で書かれてますが。これははるか南域の古語で今となっては全世界探したって話者はおりませんよ?」
「僕は読めます」
「……、」
しばし見つめ合う。
司書は驚くでもなく不機嫌そうに奥に消えて行った。
俺は師匠にあまたの言語を叩きこまれている。
そのなかでも現在話者の多い重要な言語を挙げると四つある。
母国語のスヴァルガ語
北東面以北で話されるショウ語
西域を支配するレーモスという国を中心に話されるレーモス語
海を越え南域の大陸で話されるアンサーラ語
また、使われていない古語も覚えさせられた。
スヴァルガ語の古語である古スヴァルガ語
アンサーラ語の古語であるツァール語
古の神族や魔族が主に使う神代語
師匠曰く、
『魔術師として大成したいなら、この三つの古語を覚えておくべきだ』
とのこと。
古代の魔導書を読んだり、もし将来、ダンジョンにでも潜ることでもあれば有利に働くからだろう。
「お待たせしました。こちらのカードと同意書にサインと、身分証の提示を……ああ、あなたはリョーリ様でしたねぇ」
司書は薄汚れた小さな木箱を机に置く。
家紋と名前の入った白金製の懐中時計を机に置いて、貸出カードと、禁書に関する注意の書かれた念書もとい同意書にサイン。
「借りられるのは構いませんが、城主様に報告いたしますよ?」
「どうぞ。ダメなら素直に怒られます」
「何が起こるかわかりません。ゆめゆめ油断なさらぬよう」
「ご忠告感謝します」
一〇分ほど、禁書の扱いについて注意を受けた。
それだけ危険なのだ。
理由はわからんが、俺についてわざと知らない振りをしてるっぽい。
対応に棘があるのはこの身を案じてくれているといい方に受け取っておこう。
グェムリッド宮殿の寝室へ戻る。
「箱の中から微かな魔力を感じます」
「そうですか。クケイさんはどう思います?」
「好い気分はしません。危険と感じたら破壊いたします」
今破壊しないのは、まだ危険と感じてないということか。
『ジャーナエッカサッカサッダの書』
寝室にある百科事典で存在を知った。
五千年前に南方のアンサーラ大陸で書かれた魔導書。
書かれている内容は、おそらく魔法と言うより、魔術的なものだろう。
なぜこの書を手に取ったかというと、『魔力増幅』という単語に惹かれたからである。
ウチの大書庫に行ったのは賭けだった。
なければ別の本を探していた。
「開けてみましょうかね」
勉強机に置いて木箱を開ける。
中には藁に敷き詰まれた長方形の銅板があり、うっすらと魔力を纏っていた。
木蓋の裏を見ると、
『読むときは魔力を纏わせ ツァールの言葉で解を唱えよ』
と、古スヴァルガ語で書かれている。
どうやら読んだスヴァルガ人がいるらしい。
古スヴァルガ語が話されていたのは一三〇〇年以上前だから、この注意書きが書かれたのはきっとかなり前だ。
先人に従おう。
両手に魔力をたっぷりと纏わせる。
クケイは背後で内力をむんむんに滾らせて臨戦態勢だ。
「お気をつけなさいませ」
「ヴァトファーシオが効かない……」
木箱は思うように動くのに、銅板自体はピクリともしない。
仕方ないので銅板へ直接手をかけた。
触った瞬間ぶっ飛んだりしませんように。
「おお」
普通に取れた。
が、手がヒリヒリする。
持っている間は常時魔力を纏わせる必要があるようだ。
油断するとどうなるかわからんので気を張っておかないと。
銅板は縦三〇センチ横一〇センチ、厚さは三ミリ程度で、三〇枚以上からなっていた。
奇妙なほど錆びていない。
腐食保護に何か塗っているのはわかるが、この鮮やかな赤銅色。
明らかに綺麗すぎる。
一枚目には、
『知識と奥義』
とツァール語で掘られている。
紐で束ねられてもないのに、何か術式が組まれているのかどうやっても開かない。
「『解』」
ツァール語で呟いた瞬間――――――
――――――銅板は手から離れて目の前に浮き上がり、一気に横に広がった。
「……大丈夫みたいですね」
「まだ油断はなりません。万が一のため、どうか口に出して内容をお読みにならないでくださいませ」
「わかってます」
右端から左端まで三メートルちょっと。
椅子から降り、右から順に読んでいった。
(『第一章 魔力増幅・錬成』)
最初から当たり。
深く理解するのは置いといて、とりあえず最後まで読もう。
十章の終わり三十六枚目まで一気に読み込む。
読み終わると立ちくらみがした。
「いかがなさいました!?」
「だいぶ魔力を吸われたみたいです」
「こちらにお座りください」
「ありがとうございます。でももう見なくていいです」
「お使いになりそうなものはございませんでしたか」
「いや、すべて暗記しました」
きょとんとした後、にこやかに頭を撫でてくれた。
何が起こるかわからないので、安易に写本はできない。
「覚えたのはいいとして、これどうやって閉じればいいんでしょ」
「こちらになにか」
木箱の底に古スヴァルガ語で、
『一枚目に触れ 封を唱えよ』
と書いてあった。
ありがとう古代スヴァルガの人。
「『封』」
書いてある通りにする。
宙に浮く三十六枚の銅板は、スライドして一つに収まった。
慎重に木箱に戻し大きく溜息。
即日『知識と奥義の書』を返却した。
***
どうやら第一章から第十章まですべて祝詞だった。
『第一章 魔力増幅・錬成』
「『始まりの乳海 心域に至る道 繋がっている
我れ世界樹を支えし 大いなる神々を讃えん
瞑想により 魔力を呼び起こし 力を与え給え
大いなる神々の叡智を授け給え』」
当面これに絞って習得することにした。
魔法の呪文と違い、普通に唱えてみてもなんの効果もなかったが、何百何千と唱えて行くうちに少しずつ唄のように変化していった。
唄が洗練されていくにつれ、
「なんだか体内の魔力が増えているような」
「それだけではございません。膨らんで――――!?」
鼻血が出た。
『魔力増幅』
端的に効果を表すなら潜在能力の引き上げだ。
詠唱終了後から約一時間魔力を持続的に回復。
魔力の通りが滑らかになって魔法の威力が向上するだけではなく、身体能力や内力まで劇的によくなる。
また酩酊感と高揚感を伴い、唱えれば唱える程酔いは増す。
現状唱えるなら安全圏は一〇回まで。
一回だけなら唱えてもほとんど魔力は回復しないし、疲れるだけで意味がない。
四、五回で現実的な回復量となり、少し身体的ダメージを受ける。
その場で卒倒しないギリギリのラインが一〇回まで。
許容量を超えて詠唱し続けると、鼻血どころか内臓などにダメージを受けて吐血、ついでに体質の喘息症状まで顔を出す。
なにこの界○拳。
試しに限界に挑戦。
十五回唱えて高威力の魔法を発現させてみた。
グェムリッド宮殿の中庭。
安全のため人払いをしてから実験に臨む。
「ふひっ、クケイさん、いきますよ」
頭がクラクラする。
今にも意識が飛びそうだ。
「最大火力でどうぞ」
「はぁぁッ……歪な炎!」
中庭を埋め尽くすほどの極太の火柱。
威力の最大値は三倍ほど向上しているようだ。
クケイは腕をクロスして受け止めた。
「はああああああッ!」
クケイの内力が膨らむと同時に雄叫びが聞こえた。
一〇秒ほど放射したのち、発現を終了。
「はぁーッ……はぁーッ……」
得も言われぬ酩酊感と高揚感。
幸運なことに今のところ喘息の発作はない。
芝と城壁は焼け焦げている。
「素晴らしい威力です」
「くっ、クケイさん……! 服が」
メイド服から下着まで全て焼き切れていた。
どんなにダメージを受けても必ず下着だけは残るという暗黙の了解はこの世界にはないようだ。
しかしなぜか、黒髪は少し焼けているだけでほとんど燃えていない。
「ふふふふふ、火傷はしてませんか?」
「問題はありません……あの、リョウ様?」
中庭に佇むクケイに跳びかかったところで、意識が飛んだ。
***
一週間寝込んだ。
サグラや兄弟姉妹が見舞いに来たらしいが全く覚えていない。
「あれから僕はどうなったんですか?」
「私に跳びかかり、そのあと……」
「そのあと?」
顔を赤くしたまま俯いて何も言わない。
何をしたんだろうか。
股座に手をやると、本日はついていなかった。
確かあの日は男だったような。
仰向けのまま思案していると、鸞子が抱きついてきた。
「リョウ! リョウ!! やっと起きたのね。私に隠れてまた変な魔法覚えようとしたんでしょ?」
「僕だってまだ強くなりたいですからね」
「もう私よりずいぶん強いじゃない。気持ちはわかるけど寝込むまで無理しちゃ駄目よ……」
「毎度のこととはいえすみません」
涙目になりながら頬擦りしてくる姉はかわいい。
いつもこれ位しおらしければいいんだが。
あらん力で絞めてくるのは心配の証左としておいてやろう。
「あのね。リョウの体調がよければ、近いうちサグラ様と城下散策したいんだけどどうかしら?」
「母上は?」
「お許しくださったわ。リョウに都合のいい日を教えてもらいなさいって」
定期的な城下散策。
サグラが提案した月一イベントである。
そういえば『魔力増幅』の習得に感けてしばらく行ってなかった。
しおらしい姉の顔をみて断われるはずもない。
「……日程調整しときますね」
「うん!」
鸞子は満面の笑みをみせて、改めて抱きつく。
散策場所を頭で考え巡らせているうちに、再び眠りについた。




