第二十八話「次男の決意」
ハールマ城、タカイスの仮眠室。
彼は俺を寝かせたまま、ハールマ城を中心にして起こった恥ずかしい出来事を語ってくれた。
兄については終始憎しみを込めて、母や妹については愛憎相半ばするように。
要するに長男レイスは、善悪の頓着なく狼藉を働くヤバいやつということはわかった。
「あんなことがあったのにレイスを継嗣として諦めてないからな」
「それで義母上に対して厳しいのか。ってラヴァナ姉上にはなんで冷たくしてんの?」
「どっちも話が合わんし、何より一緒に居ない方がいいんだよ。知っての通りユーゼン家の血筋はみんな性欲旺盛な傾向にあるだろ。それに正室殿や他の側室は真っ当な貞操観念はあるのに、ウチのはちょっとな」
確かにそういう傾向にはあるのかもしれない。
俺だって思い当たる節は結構ある。
親父の血と元来の性格半々ってところだ。
トライスは英雄色を好むというやつで、周りからも望まれている節もあるだろう。
子供さえできれば娘を嫁がせた貴族も夕泉家とより密な関係になるし、優秀な男子なら帝国の高級官吏や地方の領主に、女子なら別の有力貴族に嫁げさえすれば無限に横のつながりは広がる。
マーグラも家の奥方の中では特に好き者のようだ。
その二人から生まれたレイス、タカイス、ラヴァナも血を色濃く引いている。
ラヴァナはあんな清廉そうなのに……というのはある。
もしかしたらレッドソード人という民族に何か理由があるのかもしれない。
ただ、レイスに関しては明らかに異常だ。
「ここだけの話だがな。ワシら三人は親父の子じゃないかもしれん」
「いや、見た目からいえば確実にユーゼン家の血引いてるだろ」
「……カレリューモア伯爵のウマカヤ叔父は知ってるよな。昔は、というか古い家臣の間では周知の事実で、親父とはアバーフォース島からの三角関係だ。ティンバラに来てからもしばらく関係があった」
カレリューモア伯ウマカヤ=ユーゼン。
トライスの実弟、つまり俺の叔父にあたる人物だ。
今はアンガー南方の一部を治めていて、軍閥の重要人物の一人。
「……、」
「おっ、ワシの点穴を自力で解いてもう動けるとは……っと!?」
俺はまだ少し痺れの残る腕を無理やり動かし、隣に寝っ転がるタカイスを引き寄せて、頭を抱いた。
しばらく沈黙が続く。
「……またこの城から出てみるのも悪くないな」
「ほう?」
「レイスもいつ帰ってくるかわからんし、ヒミカ様の派閥に入れば、アレの派閥の邪魔ができて面白いかもしれん」
「母上の派閥で?」
「スヴァルガの正当な流れを汲むのは正室殿だからな。ただでさえワシはレッドソード人の血が半分入っていて分が悪い」
「そっか、この前イーラムさん帰ってきたし、俺からそれとなく伝えとくよ」
「頼む」
「お、タカイス泣いてんのか」
「くそ……ワシの方が弟みたいだな」
俺の胸当ては湿っていた。
よしよし、と頭を撫でていると唐突に寝返ってそっぽを向く。
理由はすぐにわかった。
彼は思春期真っ盛りなのだ。
「くそっ……」
「俺は別に気にしてないよ」
「ワシは気にする。これじゃレイスと変わらんじゃないか」
「タカイスは、世の中と自分に折り合いはつけられるだろ? そうじゃなかったら今ここに俺はおらんよ」
「妹弟たちはいいな。ワシもリョウみたいな兄貴か姉貴が欲しかった」
「……、」
寂しそうな背中に軽く触れる。
「……ワシら兄弟のうち、家臣どもからの好感度はお前が一番高い。例の噂を考慮してもな」
「マジか」
「本当はあんな凄い魔法があるのに偉ぶらないし、平民奴隷、人種すら分け隔てなく優しいからみんな勘違いする。お前は希望を齎してくれるが、みんなを期待させすぎるからワシは心配だ」
「そうだな」
丁寧で優しく振る舞ってるのは本心六割、残りの四割は偽善、対人関係における恐れから。
ただし誰にもというわけではなく、丁寧に振る舞いつつ突き放したり、乱暴に扱いながらお節介してしまうことだってある。
あまり人に優しく接しすぎると、相手を期待させてしまう。
怖いのはいつも期待にそぐわなかった時だ。
ただ、タカイスの言葉にはきっと、別の意味も含まれいる。
そんなことはわかっている。
プシュケからお茶の用意の報告が来るまで、寝っ転がったまま当たり障りのない話をした。
「おかげさまでご主人様もすこし気分が晴れたご様子で、今日は本当にありがとうございました」
「いや、話を聞いていただけでなんもしてないですよ」
「おそらく今日お話しされたことは、わたくしには補えない部分です」
「これから忙しくなると思うので、兄上を支えてあげてください」
「もちろんでございます。ところで、クケイちゃんに贈り物を差し上げたので、よろしければお楽しみくださいね」
「えっ」
「先ほどお楽しみになったレッドソードの郷土菓子と、プシュケ様の衣装をいただきました」
「メイド服と仮装パーティーやその他でお楽しみいただけるものです」
プシュケ・ハニーヴィッチ。
タカイス専属の侍女である。
趣味はお菓子作りとお裁縫。
引きこもりがちのタカイスが世間に疎くないのは彼女のおかげである。
スカートが短かったり背中が見えてたり、いつも奇抜に改造されたメイド服を着用している。
クケイはちょっと嬉しそうだった。
プシュケにやってもらったのか珍しく髪をアップにまとめてカチューシャをつけている。
彼女はいつも髪を下していてカチューシャはつけない。
お楽しみ、という言葉が気になるところ。
秘密の衣装部屋でも作ろうかしら。
しかし今の俺にとっては、クケイが嬉しそうにしていることがなにより嬉しかった。
俺は帰りの馬車の中で例のメイド服のことを考え悶々としながら、アンガーの今後の動向について考え続けていた。
***
タカイスは、俺がヒミカとイーラムに口添えしてから何日も経たずして動いた。
最近ではイーラム主催の政治結社の会合に顔を出している。
政敵の子だというのにすんなりと入り込めたのは、ヒミカがあっさりと公認したからである。
ヒミカ曰く、
「リョウとランのことを本当に想ってくれていて運命も強い。それにとてもいい子ね。お近づきの印に絵画までいただいたわ」
俺たち双子を描いていた。
初めて出会ったころから観察しつづけて、少しずつ作り上げた力作。
描いていることを一度も教えてくれなかったのは、たぶん恥ずかしかったんだろう。
一方で、ヒミカの術でタカイスだけでなくプシュケまで頭の中を覗かれて、
「二度とやられたくないな……」
と二人して憔悴しきっていた。
マーグラとその派閥は、実子が政敵の門下に入ったことでかなり面白い反応をみせたらしい。




