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転生者を探せ! 乙女ゲーム世界破綻対策本部局 新人かがやまちの場合  作者: 家具付
二章 潜入捜査は命がけ!

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幕間 揚げ物狂騒曲は鳴り響く

腹部貫通の大怪我の回復から三日経過して、私はしょうだおいあ班から、無事に治療完了のお墨付きを戴いた。


「深夜にお腹をすかせて、食堂で調理する探索班の人間なんて前代未聞ですよ! 普通疲弊で動けなくて、我々が呼び出し音で真夜中に呼び出されるんです」


しょうだおいあ班の人達はそう言って苦笑いをした。なるほど、お腹がすいても動けなくて、苦しさのあまりナースコールみたいなボタンを連打する人も居るらしい。

私は……それを鳴らすという思考が働かず、腹が減った……食堂なら口に出来る物がある……という短絡的な思考回路から、こそこそと治療室の寝台を抜け出して、食堂に行ってしまったわけだが、皆さん大怪我をしてここに戻ってきたら、普通は傷の回復のために体が動けないほどに疲弊して、さらには空腹がつらすぎて、治療班を呼び出すらしい。


「我々が用意できるのは、レンジで温めるだけの病院食のセットだけなんですけどね」


そう言ったのはしょうだおいあ班のかばりひさんだ。そんな物があるのかと驚いたけれども、宅配の冷凍食事という物があるので、そういう物があってもおかしくは無かった。

介護食の宅配とか、普通にあったもんな!

そしてしょうだおいあ班が全員真顔でこう言ってきたのは


「あなたどうしてそんなにタフなんですか? 本当にただのOLだったんですか? 特殊部隊に所属していたとかでは無くって」


という中身だった。無論私はブラック企業のOLだったわけで、特殊部隊の所属の経歴は無い。

だがしかし、ブラック企業と言うだけである種の特殊部隊かもしれない。主に疲労困憊するという事にかんして言えばだが。

とにかく私は無事に治療完了し、自室でごろごろと自堕落な生活が出来る有給の期間が始まったわけだが……

私は何年も休みなんてまともに取れない生活を送ってきたせいか、ごろごろだらだらと、何日も自堕落に休む事が出来なかったのだ。

前の職場では終電一時間前に退勤し、始発の一本後の電車に乗る生活で、さらに休みは休日出勤で潰れる事八割、と言う、今にして思えばふざけんじゃねえ企業だったわけだ。

そんな世界に長らく務めたのは、当時就職氷河期で、ここを逃したらどこも当てが無いという逃げ場の無い状況だったからと言えるだろう。

今時はもっと簡単に、退職代行サービスなどが大活躍するご時世なので、そんな考えじゃ無くていいんだろうけれども。

ちなみに、私の務めていたブラック企業は、私が問題を起こした後に、労基が入り、私に冠するセクハラ問題も表沙汰になったらしい。私以外にも被害者が結構いた様子で、私の反乱によって、皆さん声を上げたそうな。

人によっては鬱で死にかけるほどの状態になった人も居て、訴訟だ裁判だ示談だなんだと、あの企業は大荒れになり、被害者に支払う慰謝料が相当な桁数に上った事で、潰れたらしい。

私は給料振り込みのあった通帳の履歴の中に、見覚えの無い巨額の慰謝料が支払われていたので、それを知った次第だ。

なんで知らなかったんだというかもしれないが、異世界に何日も寝泊まりし、休みの日にのみ地球に戻る生活をすると、とにかく、世間の情報よりも腹を満たしたり、ゆっくり寝たり、すばらしき本部局のお風呂を使ったりする方が大事になってきてしまうのだ。

余裕がある人は世界情勢を確認しているけれども、そんな余裕のある人の方が乙ハタは少ない。

「毎日経済新聞を読んでるけれど?」

そういう無茶苦茶な事が言えるのは、やはりじょなさと一人らしい。

局長とか、探索班総務の人達も、探索班が戻ってきた時に知らせなくちゃいけない世界情勢や日本情勢を教えるために、必死に時間を作って情報を集めているけれども、仕事でなくそれを出来る人の方が、探索班は少数なわけである。

私の方も、あれっと思って、スマホで企業の名前を調べてみたら、何とそういう状況になっていた事を知った次第である。

私の行った事も、正当防衛とされたらしい。そりゃそうだ。襲われて恐怖のあまり暴れて蹴り飛ばしたなんていうのが、正当防衛にされなかったら、女の人は抵抗する選択肢を失う。

私が小さくてもあの時、刃物を所持していなかった事を、あの連中は感謝しなければならない。

多分、持ってたら、……私人殺し一歩手前になってたかもしれない。

刃物の扱いは、おばあちゃんの山でのサバイバルによって相当に培われた結果、人様より肉を切ると言う行動がうまいのだ。

あ、人間を切った事はさすがに無い。有るのは川魚とかそういうのだ。鶏も絞めた事がある。首を切って逆さにつるして血抜きをする、と言うのは、現代の女の人にとっては体験したくない事だろうが、私は……その……出来たら食っていいと言われた夏の日に、おばあちゃん監督の下それらを行った。


「あんた、意外と肝が据わってんだね。女の子でこれが出来る奴はそうそういない」


おばあちゃんがやたらに感心したように言っていたけれども、まあ……出来てしまったわけである。そのため私は、中学や高校の解剖実験でひるんだ経験はない。


さて、そんな過去の話その他は脇に置き、私は囲炉裏のある畳敷きの、ちょっと薄暗くて梁が黒く燻されている天井の自室で、寝っ転がって天井を眺めて、思った。


「とんかつが食べたい」


「とんかつとコロッケとかき揚げが食べたい。おばあちゃんの家で食べた野菜の天ぷらが恋しい」


その時……私は強烈に思ったのだ。何故かというと、それは異世界の台所事情が関わっていて、異世界の揚げ物事情というのは、一般市民にとって命に関わる危険性をはらむ物だったのだ。

揚げ物は味が濃い。だから腐った物をごまかせる。肉が腐っていても、油と香辛料や塩でごまかしがきく。

そのため、下手な物を食べたら、腐った物を食べる事につながり、食中毒を起こすのだ。

異世界で酷い下痢になったら、もう命に関わる。経口補水液の知識がある様な、医療の発達した異世界は今のところ未経験なのだ。

酷い下痢で脱水症状になって、さらに食中毒だから上からも出てったら、本当に死ぬしか道が無いのが、異世界食中毒事情である。

そのため、研修の段階で、


「異世界で露店の揚げ物を食べてはいけない。あげる前の中身がどういう状況かわからないからだ」


とみっちりはっきり、めちす先輩に叩き込まれたため、私はどんなに香ばしい揚げ物匂いがしても、それらを買い求める選択肢をとらなかった。


「こんなにおいしいのに食べないの?」


と一緒に帰路につくような使用人の人に言われても、適当にごまかしていたものだ。

一番言いごまかし方は


「脂っこいものを食べると、決まってお腹を壊すから……ごめんね」


である。これで大体の人はそうなの、可哀想で全てを終わらせるわけだ。


そう言ったわけで、私は揚げ物に対する禁断症状に似たものが出てきていた。

とんかつもジャガイモコロッケも野菜の天ぷらも日本でしか食べられない。

そして私はそれを……これでもかと、腹一杯にみっちみちに食べたいのだ。

これは出来合いのものでは満たされない欲求で……私は立ち上がった。

本日の曜日は金曜日。明日は乙ハタも一応休日。乙ハタは土日を休日とするのが基本なのだ。

それくらいは日本に合わせておかないと、皆曜日感覚を失ったりして、大変だからだと教わっている。

金曜日、時刻は一時、まだ銀行のATMの手数料が無料の時間。

私は即座に自室の入り口に記入してから引っかけると、行きたいところにつながる魔法の札に、いそいそと使っている銀行のATMのある場所を殴り書きし、身支度を適当に調えてから、サンダルを足に突っかけて、外に飛び出したわけである。





三回。それは私が精肉店と激安スーパーと八百屋と、順番にお買い物をした回数である。

私はそのたびに、会員制スーパー名物の、巨大なクーラーバッグに、これでもかと材料を詰め込み、食堂にそれを置いて、また買い物に行き、と繰り返したわけである。

食堂にも共通の食材は無論あるわけだが、私は好きなだけ食べたいものを用意するために、あえて自費であれもこれもそれも購入したのである。

そして山のような食材を眺めて……食堂に置かれていた、自由に使っていいと書かれたコックコートを、気分を盛り上げるために着用し、調理を始めたわけだった。

肉は思い切り分厚いとんかつ用を三キロ。食堂の調理場にありったけ広げて塩とこしょうを振って、肉たたきを忌々しい気持ちとともに振り下ろして柔らかくする。

卵をじゃんじゃん割って、小麦粉と混ぜてバッター液を作成し、使用された形跡の無い巨大なバットに入れておく。

パン粉も同類のバットにざかざかと入れておいて、油の温度がよろしくなればいつでもあげられる準備を整えた。とんかつの下準備はこれでいい。私の料理なんて適当だ。どうせ中濃ソースが全てを解決すると、実体験で知っている。

ジャガイモはとにかく皮を修行のようにむき続け、巨大なざるに積み上げた後に、寸胴でゆでている。は? 普通は皮ごとゆでるんだ? 知るか。大量に作るんだから、毎回あっちっちいの芋の皮なんぞ剥いていられるか。

ゆでた芋はこれまた、憎たらしい気持ちとともにマッシャーで粉砕していく。ジャガイモコロッケなのだから、芋しか入ってないコロッケでいい。塩とこしょうは入れた。それくらい。私はサクサクの外側と、ねっとりほっくりした内側を食べたいので、問題は無い。

次に野菜の天ぷらは、野菜を適宜切ったり皮を剥いたりして、これも天ぷらの衣を準備しておけばいい。

いよいよ油との大暴走が始まる所まで作業を済ませていたら……誰も入ってこないと思っていた調理場に、なんとめちす先輩が怪訝そうな顔で入ってきた。


「かがや、おい、かがや!」


「なんですか! 今から油とのランデブーが」


「食堂が恐ろしい事態になって居るぞ」


「は?」


「誰かが調理場をのぞいて、これから揚げたての揚げ物の配給が始まると言いふらしたらしい」


「……はあ!?」


「その顔と反応を見るに違うんだな?」


「違いますよ!! 私が腹一杯に食べるために準備してるんです!!」


「だろうな。……だがもう食堂は、揚げ物に期待する連中であり得ない密度だ」


「じゃあ誰か手伝いよこしてくださいよ! そんなに居るなら一人で出来るわけ無いじゃ無いですか!! 煮物や汁物とはわけが違うんですよ!」


「……今から人手をかき集めてくる。来ればだが……」


めちす先輩がそう言ってあちこちにスマホもどきで連絡を始めるが、結果は惨敗の様子だった。


「……料理できる体力の人間がいない」


「じゃあ抽選! 先輩、食堂で第一陣と第二陣と第三陣で整理券作って配ってください!」


「お前はそれでいいのか……?」


「だって」


私はめちす先輩の、整った顔を見て真面目にこう言った。


「お腹がすいて、おいしい物が出来るって知ってしまって、それを取り上げられたら、皆切れるでしょう?」


「そうだが……お前の手間は」


「大丈夫ですよ! 私あと何日も連休有るんですよ! 今度は材料を本部に申請して、もっといいお肉とか手に入れて、好きな時に作るだけです」


めちす先輩は断言した私をまじまじと見てから、こう言った。


「精神が違うな……俺達とは」


「変な事呟いていないで、整理券配っておいてください! あと、冷蔵庫に豚肉野塊でも何でもいいんで、豚肉があったら共通の物だったらありったけ持ってきてください! 野菜も! ジャガイモも!」


「わかった」


私が吼えるように言うと、めちす先輩は慌てたように食堂の方に戻っていった。

……何やらすごい人数の沸き立つ声がする気がする……


「……救いは業務用フライヤーがあるって事か……」


私は業務用の油をじゃんじゃんフライヤーに入れて、安全確認の後に着火し、揚げ物大暴走を始めることにしたのだった。






結果六時間の及ぶ揚げ物大暴走は、材料がつきるまで行われ、全て終わった後の調理場は油まみれだし汚れ放題だし、これの掃除をしなくちゃいけないのかと思うと、非常にげんなりするほど汚れていた。

これをワンオペである。もう汗がだらだらで、大浴場に直行したい。


「わあ、すごいな。こっちまで噂が流れてきて、急いできたけどもうおしまいか」


「じょなさと先輩、首だけ調理場につっこんで言う言葉がそれですか」


「え? うん。なんか男子寮の方まで、できたてのとんかつが食べられるって情報が回って、動ける人間が全員食堂に集まって……めちすが整理券配って総勢百人以上を三分割してたらしいね」


「私が食べたかったんですよ、とんかつもコロッケも野菜の天ぷらも……でも何一つ食べられなかった……」


自前の三キロのとんかつ用の肉は、第一陣の時点で無くなり、そこからめちす先輩が持ってきた冷蔵庫の中の塊肉は、肉用スライサーで切ってまたとんかつにしたのに、全部無くなって、コロッケのためのジャガイモも第二陣で一度無くなり、食材庫からジャガイモを大量に持ってきて皮を剥き、一から作っても第三陣で完全に無くなり、野菜の天ぷらは異常な人気で作っても作っても終わらず……結果六時間というわけだ。


「局長が、君に時間外手当をたっぷりつけなくちゃおかしいから、つけるって言ってた。給料明細確認しな。多分十万位は入れてもらえる」


「やばくないですかその金額」


「本来休日の人を、こんな時間まで働かせておいて? それも皆のわがままを聞く形で」


私はそう言われて、のろのろと時計を見た。

……一時に銀行に行き

四時に買い物を全て終わらせ

そこから調理を始め

……

…………

………………

時刻は十時を過ぎている。調理前にちょっとおやつを食べたけれども、それくらいである私は、もう……空腹の限界だ。


「……アドレナリン出しっぱなしで、言われるまでこんな、疲れたって思ってなかったんですけど……言われた途端に疲れてきました」


「うんうん。……とにかく何か食べなくちゃだめだな。ちょっと待って」


じょなさと先輩がそう言って、何やら道具を持ってきて……


「ごめん、クリームティの用意しか出来なかった」


「ここでクリームティの用意というあたりが衝撃的です」


「これ自家製の巨大スコーンとクロテッドクリームとイチゴジャムね。あとたっぷりのポットで紅茶と、たっぷりの牛乳。解析班の元気の無い人間に、自分が振る舞う時の鉄板」


「鉄板ですか」


「ホットケーキとスコーンだけは及第点が作れるからさ」


そう言って用意してもらったクリームティ……スコーンとクロテッドクリームとイチゴジャムと、紅茶という組み合わせは、今まで食べたそういう味のどれよりも、素晴らしい物にしか思えない、深夜十時を超えた夜中の味だった。

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