幕間 解析班と優しいスープ
死屍累々と解析班の人達らしき格好の人々が、食堂で長テーブルに突っ伏していた。
これは一体何なんだと、目撃した私が呆気にとられていると、そんな人々の中で唯一、のんびりと何かの飲み物を座ってすすっていた男性……じょなさとが、こちらの視線に気がついて、にっこりと笑って手を振った。
「ああ、探索班の期待の新星! 怪我が完治したんだね。貫通した傷って結構人生経験としては貴重だよ。乙ハタの人員でも、そういう目に遭った人は少数派かな」
「顔を見てそれですか」
「うんうん、普通の反応だね! 君、こんな真夜中にどうしたの?」
「お腹がすいてすいてどうしようも無くなってしまって……」
私が正直にそう言うと、じょなさとはあっはっはと大笑いをした。
「わかる! 病人食ってカロリー計算とかきっちりしているから、お腹すく人はすくんだよね! 解析班の人間は治療室に担ぎ込まれないで、解析班の部屋の長椅子に転がされて、栄養ゼリーとかそういうの飲んでおしまいだけどさ」
「いや、ブラックすぎませんか」
「ちゃんと週休二日は、解析班も維持してるんだけれどね。解析班の脳髄は常にオーバーヒートを起こすくらいに動かされているから、仕事中にガス欠を起こしてこう……倒れる人もわらわらと」
じょなさとはそう言っているわけだが、この男性は唯一の、解析班で倒れた事のないあり得ない頑丈さの人間だった事を、私は思い出した。
「それにしても、病人食って事はまだ、治療室で寝ていなくちゃいけないんじゃなかろうか」
「夜中の空腹に耐えられないなんてあんまりです。それも、地球の日本に帰ってきたって言うのに」
「ああ……異世界は食事とか、大変だからなぁ。ご飯を食べるのにも一苦労するのが、探索班だって前に聞いた事が有るような気がする」
「保存の利く日本の非常食は携帯禁止ですから。それが異世界で誰かに見つかった場合のリスクが大きすぎて」
「あれ大きいんだよね。あれはなんだって騒ぎになって大変になるって、前に局長がぼやいてたっけな、もう何年も昔の話だけれど」
「そうなんですか?」
「この本部局も、最初は色々手探り状態だったんだな。いくら最初の一人を見つけたら、時が巻き戻るって言ったって、界渡が変な物を持ち込んでいいって話にはならないし。怪しまれて狙われたら、命が無くなるかもしれない世界ってのも大きい」
「最初は手探りだったんですね」
「そうだな。初期から退職していない身の上としては、本当に新人に対してのマニュアルがちゃんとできあがったのが、つい最近みたいな話だってわけだ」
このじょなさとは、本部局が立ち上がった時からここに務めているのか。
それはそれで……どんだけ強いのだろうか。初期から働いていて倒れた経験が無いって、あり得ない頑丈さだ。
この人何かの神様の加護でもついてるんじゃなかろうか、とちらっと見ても、私の目ではじょなさとの加護は見つけられなかった。
「さて、何作るの、何食べるのかな、ご相伴はできるかい」
「狙ってませんか」
「とっても狙ってる。何しろうちの面々は、激務過ぎて自炊なんてほぼしない」
「出来る余力のある人ばかりではありませんって」
私はそう言いながら、業務用冷蔵庫をごそごそとあさった。共有食材は色々ある様子だけれども、あまり使われた形跡が無い。
「ああ、その冷蔵庫も、神様の加護があるから、入れた野菜とかが腐らないんだ。だからもう入っている物の中には、何年前に補充したのかわからない物もちらほら」
「聞かなきゃ良かった気がしてきました……」
本当にそうだ。みずみずしく見える野菜の中に、年単位で保存された物があるかもしれないなんて、考えたくなかった。
だが。
「これもあれもそれも色々ある……」
私はあれやこれやと野菜を発見したので、それらを抱えて冷蔵庫を閉めた。
「わあ、そんなに色々、何仕込むの」
「スープです。名前忘れましたけど、なんとか式スープという、栄養の豊富な奴です」
「わあ、いいなあ、いいなあ、出来たらわけて」
「……じゃあ、細かい作業を手伝ってくれますか」
私の申し出に、じょなさとは眼を瞬かせてからにっこり笑った。眼鏡の奥の瞳が、とろけた猫のように笑ったのだ。
「必要ならもちろん」
「なんで調理家電とかも色々面白い物があるのに、皆さん自炊をする気にならないんでしょうか」
「君くらいタフネスじゃないと難しいかな。常温保存の所の見切りのパンをかじっておしまいみたいな人とか、ぎりぎりレトルトを温められる位の気力しかわかない人とかばっかりで」
「そうなんですね、あ、これもその電動チョッパーでみじん切り」
「ほいきた」
私はじょなさとと調理台に並んで、色々な野菜をみじん切りにしていた。
と言っても、便利家電である電動チョッパーでとにかく刻んでいるだけだ。
中身としては
キャベツ
タマネギ
にんじん
小松菜
エノキダケ
マイタケ
トマト
ジャガイモ
である。ジャガイモだけで、みじん切りでは無く角切りだ。
それらの大量のみじん切り野菜を、ざーっと大きな鍋に入れて、水を入れて、コンロに火をつけて蓋をしておしまい。
「わあ、楽ちん」
「後は煮えたら、コンソメとか味噌とか、好きな味を溶かしてできあがりです」
「栄養たっぷりでいいねえ、どれくらい煮るのかな」
「野菜に火が通ったらとしか」
「うわ、出たよ自炊人間の適当さ」
「何ですかそれは」
「自炊の長い人になればなるほど、時間を計らないで、野菜が煮えたらとか、味見をしてちょうど良かったらとか、そういう曖昧な感覚で完成させるって話」
「そういう物ですか」
「そう。なれてない人はキッチンタイマーできっちり計る。でも経験豊富になると、もう皆して、適当かつ雑な理念であれこれする」
じょなさとが真顔で言った後に、不意に業務用冷蔵庫に走って行って、いくつかの物を抱えてきた。
「具だくさんスープならこれ入れたい! 入れて」
「はいはい」
私は渡された徳用ウインナーとハーフベーコンを、これでもかと贅沢に鍋に追加し、それらが煮えるのを待ったのであった。
驚く事に、寸胴のスープができあがりそうになったら、先ほどまで長テーブルに突っ伏していた屍のような人達がもぞもぞと動き出し、おのおの食器を持って、調理台の前に並び始めたのである。
「え、皆さんどうしました」
「……野菜スープの配給が始まるんじゃ無いの?」
「……」
私は期待に満ちた眼をしている、手作り料理に飢えている人々を眺めた。
そして寸胴を眺めて……人数を数えて……
「よし、私も含めて足りそうです!」
いつか私も同じような目に遭うだろうと思うと、酷いことなど出来なくて、私はできあがったそれを皆さんにもよそったのであった。
……皆おのおの好きな味付けをしたのだが、全員泣いてしまっているのが、印象に残る真夜中で、その騒ぎを聞きつけたしょうだおいあが
「あなたは治療室で寝てなさい!」
と引っ張っていったため、私は食器が洗えなかったのであった。




