第42話 帝国の動き3
まぁナッシュの弟であれば身内だから問題ないだろう。
海斗はグレンの事を話して、特に心配は要らないはずだと説明した。
「了解です。ではもし何か分かったら知らせてもらえますか」
結局海斗も彼らの行先に関する情報は持って無かったという事で、面談は終わりにされそうになった。
しかし海斗の用事は終わっていない。
「ええ、分かりました。ところでオレは今からルマリア経由で帝国に行こうと思うのですが……」
言ってしまってから、しまったと思った。
単にルマリアに行くとだけ言えば良かった。終戦直後のルマリアに行くだけでも危険なのに、ブランカを超えて帝国まで行くなど無謀にも程がある。
案の定、ラアザは驚いた顔をしてくる。
「まさか一人で、ですか?」
「いやまあ、そのう。……ですね、一人で」
もう今更誤魔化しようもない。ここは当然のように畳みかけるしかない。
「実はルマリアの騎士でレイチェルという人と知り合いでして。ご存知でしょうか?」
「存じています」
「良かった。実は彼女に随分と鍛えられまして。自分で言うのもなんですが、帝国まで一人で行くだけの力はあると思っています」
彼女の強さを拝借する事にした。
こう言えば、ある程度信じてくれるだろう。
「多分確認してもらえれば分かると思いますが、つい先日ランソールのギルドで馬車を借りて、一人で此処まで来たんですよ。もちろんガザム山脈を越えて」
まだもう少し押しが足りないと思い、ガザム山脈も引き合いに出した。
これには流石に驚いたらしい。
「まさかと思っていましたが。さっきお話したとおり、つい先日、ランソールのギルドに問い合わせを掛けたのですよ。ナッシュの事を聞きたくて。ちょうど入れ違いになったようで、海斗君が出発した直後でした。長期契約で馬車を借りたから、どこか遠出をするのかもと言われましたが」
彼は本当に海斗に連絡を取ろうとしていたようだ。
「偶然ですね」
「ええ。数名しか乗る事ができない小型の馬車と聞いていたので、どうやって山脈を超えたのか気になっていたんです」
「それで今からルマリアに向かいたいのですが、終戦直後のため国の中がどうなっているのか分らなくて。ナッシュなら何か分かるかと思って来たんですよ」
ラアザは騎士団にもあまり詳しい情報は届いていないと言いつつも、分かる範囲で状況を教えてくれた。
彼の情報によると、さすがに戦争前と比べると多少治安は悪くなっているものの、特段気にするレベルでは無いとの事だ。むしろ、戦時中よりは若干マシになっているのだとか。
もちろんブランカや帝国は知らないと言われたが。
あとレイチェルの情報についても聞く事は出来なかった。きっと戦後の後処理に追われているのだとは思うが、ルマリア陥落により頭がすげ変わったのだ。彼女は今後、新しい国王に仕えるのだろうか。
まあそんな事を海斗が心配しても仕方がない。
「レイチェルさんに会えないのは残念ですが、とりあえずルマリアに行ってみます。色々と情報ありがとうございました」
「どういたしまして。兄の親しい友人であれば、身内も同然です。これからもよろしく」
結局は情報をもらうだけになってしまった。
ナッシュ達が何処に行ってしまったのか気になるといえば気になるが、今はとにかくユリエスだ。何とかして彼女を見つけなければならない。
海斗は騎士団の詰め所を出たその足でルマリアへと出発した。
国境を越え、水辺の町へと入る。
ラアザにもらった情報どおり、以前訪れた時と大きな違いはなく人々が普段通りの生活を送っていた。
海斗はそこで一泊した後、ゴルドリック城下町へと向かう。
以前、モンスターの大襲撃に遭って町の半分くらいが破壊されたところだ。
あまり入りたくは無かったのだが、セーブポイント書き換えのため仕方なく寄る事にした。
北側の門から入り、そのまま町を突っ切って南側の門から出る。長居は無用だ。
通過する際にチラッと見た感じでは、あまり復興は進んでなかった。
そりゃそうか。あれからずっと戦争状態だったし、戦争が終わったところで黒い噂しか聞かないゴルドリック公爵が町の復興に積極的になる感じがしない。
町を出て更に南下し、ブランカの国へと入国した。
まずは例によってセーブポイント書き換えのためダムダの町に入る。ここも苦い思い出が多い場所である。
そして、ここから先は海斗にとって未踏の地である。幸い帝国領の地図を手に入れる事が出来たため、何とか地図を見ながら進めば目的地にたどり着く事は出来そうな気はする。
地図をみると、以前レイチェルと訪れたラ=バラの町は、帝国領の西側に位置していた。今回の目的地は、帝国領の北東付近であるから全く別の場所だ。荒い地図のため当然詳しい道は分からない。勘を頼りに進んで行くしかない。
最悪は空間回帰で戻る事ができるのだ。
道に迷ったからと言って遭難してしまう恐れはない。とにかくどんどんと進めば良い。
海斗は念のためダムダの町で保存食を大量に買い込むと、目的地に向けて馬車を走らせた。
◆
ラージニア大陸・北東方面司令官であるジェルヴァは、アダマン帝国の司令部にて、声高々に指示を飛ばしていた。
「ああそうだ。今回招集した部隊の任務は護衛だ。ルマリア国のラスタへ派遣された遺跡探索チームを護衛するのだ。目的地は地図に示した通りである。あと狩人も戻り次第、合流するよう伝えておけ」
「ジェルヴァ様、ルマリア国の統治のほうはいかがいたしましょうか。さすがにそろそろ手を打たないと国が混乱するかと」
「良い、放って置け」
「ですが……」
「くどい。これは皇帝様からの勅令である」
ジェルヴァは極めて平静を装いながら部下の進言を退けた。
しかし、内心は部下と全く同じ気持ちであった。
ルマリア国との戦争に無事勝利を収めたものの、皇帝から来る命令はラスタ遺跡に関するものばかりである。本来であれば一刻も早く新体制を敷くべきであり、このままでは隣国のコンラートやザルビアから宣戦布告されてルマリアを奪われてしまいかねない。
当然ジェルヴァも皇帝に対してルマリア統治の疑問を投げかけたが、正に今、部下に答えたような回答だったのだ。
そもそもラスタ遺跡とは何なのだ?
改めて地図で見るまで、その存在自体も知らなかった。
だが皇帝がこれほどまでに拘るのは何か理由があるに違いない。帝国内で間違いなく重要なポジションである自分にすら秘密にされる程の何かが。
「ジェイコブの行方はどうだ?」
「はっ。依然として掴めておりません」
「琉球村はレイチェルに嗅ぎ付けられたからな。もう戻らないだろう。他の場所を張るんだ」
「仰せのままに」
「しかしまあ、よくコンラートの拘束から逃れる事ができたな」
曲がりなりにも国を挙げて捕らえた人間である。それなりに厳重な形で拘束されていたはずなのだ。そして知る限り奴に仲間は居ない。仲間の協力を得て脱出したならともかく、一人なら例えSランクの冒険者であったとしても簡単に逃げ出す事は出来ないだろう。
「それにつきましては、どうも奇妙な噂が流れております」
「なんだ?」
「転移魔法……とでも言うのでしょうか。離れた場所に一瞬で移動するようなスキルが存在し、ジェイコブはそれを使って逃げたのではないかと」
「まさか。流石にそれは無いだろう」
「私も同意です。ただ、今まで我々が奴を捕らえようとして何度も取り逃がしたのは、もしや転移魔法のせいではないのかと」
そう言われると、思い当たる節が無いでもない。
どう考えても逃げ場所が無い状況まで追い詰めたにも関わらず、あっさりと逃げられた事もあったのは確かだ。転移魔法があると考えれば辻褄が合う。
だがそれなら今回もレイチェルに捕まるはずは無いのだ。
いや、もしかすると彼女は転移魔法を無効にするスキルを持っていたとか。
「わからん。何処まで行っても推測でしか考えられないな。少なくともレイチェルが一度掴まえて連行した事は事実なのだ。なら我々にも出来るはずだ」
「はい」
いっそのこと、奴もギャロットに任せるべきか。
何か口実を作って。
「申し上げます。ギャロット様がお戻りになられました」
「わかった。通せ」
ちょうど良いタイミングで帰って来た。
いつもは勝手にずかずかと入ってくるクセに、今日はやけに礼儀正しい。それとも単なる遠征疲れか。
「大老、すまねぇ」
開口一番、ギャロットの口から謝罪の言葉が出た。
「どうした。何故謝るのだ」
「レイチェルの事さ。とり逃がしちまったぜ」
「勝負はお前が勝ったと聞いたが?」
「ああ、トドメを刺せなかったんだ」
「なんだそんな事か。問題ない。お前が奴を抑えてくれたお陰で我々は戦争に勝てたのだよ。今回は良くやってくれた」
普段褒める事が無いからか、彼との間に微妙な空気が流れた。
詳しく聞いて見たところ、今回は不意打ちで倒したとの事だった。だから次に出会った時は、まず勝てないとのことだ。
残念ながら帝国一の実力者をもってしてもレイチェルを倒す事は困難だったと言うことか。
「まぁ逃げられた事は気にするでない。だがもし、借りを返せてないと思うのならジェイコブの捕獲を手伝ってくれても良いのだぞ」
せっかくなので、ついでとばかりに言ってみた。この件も勝手に動いてくれると儲けものだ。
「ジェイコブって、例の変なスキルを使う爺さんか」
「そうだ。一度コンラートの国に捕らえられたが先日逃げ出したらしい」
「うーん……。大老がそう言うなら捕まえに行ってもいいんだが。何処にいるんだ?」
「残念ながら、まだ居場所がわからん。捜索中だ」
「そうか。なら分かったら知らせてくれ。考えてみる」
さすがに居場所が分からないと彼にも手の出しようがないか。
「すまんな。それともう少し聞きたい事があるのだが……」
ジェルヴァはざっと部屋を見回し、他の部下達に目くばせして人払いを行った。
「どしたんだ?やけに改まって」
「ラスタという遺跡に心当たりはないか? 最近、皇帝様から色々とラスタ絡みの指示が来るんだが。それも折角手に入れたルマリア国の統治はそっちのけでな」
そう言った瞬間、ギャロットの眉がぴくりと動いた。
やはり何か知っているらしい。
「ラスタねぇ。……いやまぁ、知らねぇって事もないんだが」
珍しく歯切れの悪い口調だ。
この男は良くも悪くも嘘が付けない性質らしい。
「皇帝様から口止めされているか」
「はははっ。かなわねぇな、アンタには。まぁ俺も詳しい事まで分からねぇ。ってか、聞いても良くわからねぇし。古代の禁呪がどうだとか、俺にはさっぱりだ。何か気難しい学者のような奴らが毎日夜遅くまで部屋に籠ってるよ」
ギャロットはまるで馬鹿にするかのように吐き捨てた。
おそらく学者のような人たちを馬鹿にしたのではなくて、部屋に籠ってごちゃごちゃ何かをするという行為に対して嘲笑しているのであろう。
しかし何にせよ、知ってる事を一から十まで全て話したに等しい言葉である。
これで彼なりに隠しているつもりらしいが。
本当に表も裏も無い男だ。
「わかった。私も決して皇帝様に対して不信感がある訳では無い。それだけは勘違いしないで欲しい」
「気にすんなって。俺もあんたの事は信じてるぜ。考えてる事は小難しすぎて良く分からんが」
ギャロットは全て分かってると言った笑みを投げかけた後、執務室を後にした。
不思議な男だ。
最初は、自らの利である戦闘能力を売りにして皇帝の懐に潜りこみ、己の欲を満たすだけに動いているのかと思っていた。
実際、礼儀作法もあった物では無い。一見、傍若無人である。
しかし改めて思い返して見ると、妙な所で律儀だったり忠誠心の片鱗のようなものも見え隠れしている。少なくとも帝国の為に尽力している事は間違いなさそうだ。
ジェイコブの爺さんについても、もしかしたら解決してくれるかもしれない。
とにかく居場所を突き止める事が先決だ。
それにしても、である。
禁呪か……。
一人になった執務室の中で、ジェルヴァはどこを見るとも無い視線のまま呟いた。
帝国が古代の禁呪について研究している事は知っていた。
だがそれは、あくまで『役に立つかもしれないから情報を集めよう』レベルであって、ここまで国のリソースを注入して動いているとは思わなかった。
そもそも、存在するかどうかすら怪しい物だったはずだ。
しかしここまで大きく、且つ内密に動き出しているのであれば、何か具体的な進展があったのかもしれない。というより、思い返してみると今まで真意の分からない指令が沢山あった。一幹部が口出しする事ではないと無用な詮索はしないで来たが、もしかすると全て禁呪絡みだったのかもしれない。
とすると、レジスタンスも禁呪絡みで動いているのか。そう考えると辻褄が合う。何故これほどまでに帝国に歯向かうのか不思議だったのだ。禁呪を復活させれば世界が滅ぶとの噂もある。奴らは救世主気どりなのだろうか。
いずれにしても自分に対してすら開示されていないのであれば、こちらから聞くような事は出来ない。それこそ皇帝からの不信感を煽るだけであろう。今はただ、渡された仕事を全うするのみである。




