第43話 活動資金という名の税金
ザザル村に住む少年アムルは、その日とんでも無い物を見た。
稲妻である。
いや、稲妻自体は何度も見ていた。雨の降る日に大きな木の上に落ちる、アレである。それは大木を真っ二つに切り裂く程のとてつもない威力である。まさに自然の力なのだ。
だが今日見たものは、人が造りだしたものだ。
少年とそれほど歳も変わらないと思われる人間が、持っていた剣を振るうと稲妻が発生し、モンスター達を一網打尽にした。
きっとあの人は、高レベルの冒険者に違いない。
世の中には神獣すら倒してしまうようなとんでもない冒険者が居ると聞いた事がある。
小さな辺境の村では、なかなか高ランクの冒険者に出会う機会がない。
アムルは一度でいいから、そんな人間に出会ってみたかった。
どきどきしながら鑑定してみると、なんと男はDランクの冒険者だった。
てっきりAランクとかBランクだと思っていたのだが。もしかすると自分が知らないだけで、Dランクでもあれくらいの事は出来るのだろうか。
名前は海斗というらしい。聞いた事の無い名前だ。
Dランクの冒険者なら、いつも町に素材を売りに行った際に何度か見かけた事もある。特に珍しくはない。
「あれ? 変だな。一撃で死んじゃったぞ」
稲妻を出した海斗という人は、頭を傾げていた。
そして辺りをぐるっと見回したとき、アムルの存在に気が付いたようだ。
「あ、もしかして君が戦っていたモンスターなのかな? ごめん、気が付かなかった。もしかして横殴りしちゃったかな」
ぶるぶるぶる……。
横殴りと言うのが何か良く分からないが、アムルはとりあえず頭を全力で振って否定した。
「そっか。確かラージラットは一撃で死ななかったと思ったけど、記憶違いだったかな。それとも、またオレが強くなったのか」
その人は、またぶつぶつと良く分からない事を言い出した。
だがここでアムルは一つ訂正する事にした。
「あのう……」
「ん?」
「兄ちゃんが今倒したのはラージラットではなくて、ウェル・ラットだよ。ラージラットよりは随分弱いはずなんだけど」
「おお!そっか。ちゃんと鑑定してなかった。確かに言われてみれば、なんか小さいような気がしてたんだよな。ははは」
その人は、顔をくしゃくしゃにして笑った。
こんなすごいスキルを使う人だから、きっと怖い人なのかと思ったけど、全然そんな事は無いみたいだ。
「兄ちゃんすごいね。オラも今から鼠狩りをしようと思ってたんだけど、数が多くて困っていたんだ。こんな攻撃見たこと無いや」
「そうなの? やっぱ横取りしちゃったんだ……。ごめんね」
「ううん、ホントに違うんだよ。数が多くてオラには無理だったから」
色々と話しを聞いてみると、その人は神獣に会う為にわざわざコンラートの国から旅して来たらしい。最近この辺りに出現したらしい神獣だと言うことだけど、聞いた事はなかった。
ウェル・ラットのドロップを放置したまま移動しようとしたので聞いてみたところ、欲しけりゃあげるよと言ってくれた。
高レベル冒険者は安いドロップを放置すると聞いてたけど、本当だったんだ。
鼠の肉は町に持っていけば1個あたり銅貨3枚で買い取ってくれるのに。
鼠の大群を前にどうしようか悩んでいたのに、非常にラッキーだった。何もせずに銅貨21枚も手に入れる事が出来たんだ。
「それってどうするの? もしかして食べるのかな?」
「このままだと食べれないよ。オラは加工出来ないから町に持って行って売るんだ」
「そっか……。近くに町があるのか。オレも一緒に行っていいかな?」
「今日は銅貨をあと25枚集めないといけないんだ。活動資金の期限が明日までだから。支払えないと友達のニッキが連れて行かれちゃうんだよ。だから兄ちゃん先に行ってていいよ」
この辺りにはなかなか食料になるものが採れなくて、村の皆が貧しい暮らしをしている事を兄ちゃんに話してみた。
毎月決まった額を村長に渡さないと、どこかへ連れて行かれるらしい。連れていかれた後は、何年もの間つらい仕事をさせられると聞いた事がある。
「月に一度、銀貨2枚渡す事になっててさ。明後日が期限なんだ」
税金かな、と海斗兄ちゃんは言った。
アムルは良くわからなかったが、10歳の時にザザル村の称号をもらってからずっと活動資金という名目で収めている事を話すと兄ちゃんは納得したようだった。
「でも今ならともかく10歳で月に銀貨2枚も稼ぐのは大変だったんじゃない?」
「うん、そうなんだ。オラは小さいころから村の外でスライム倒して遊んでいたから大丈夫だったんだけど、ニッキは力が弱くてドロップの出るモンスターを倒せないんだよ。だから、オラがニッキの分まで稼いでるんだ」
少し得意げに言ったら、兄ちゃんはエラいぞと褒めてくれた。
本当はちょっとニッキの事が好きだから助けてあげてるだけなんだけど。
ニッキが連れて行かれたら悲しいからね。
そうしたら兄ちゃんはなんと、剣をくれたのだ。
「この剣をあげるから、もうちょっと強いモンスターを倒してみたらいい。そしたら残りの分もすぐに溜まるよね。危なくなったらすぐに助けるし」
「えええっ。いいの?」
「うん。その代りオレを町まで案内してよね。場所知らないんだ」
兄ちゃんは冒険者が使うような本格的な剣をくれた。
村人の中でも、こんな剣を持っている人間は居ないのに。
「さっき向うでゴブリンの群れを見かけたんだ。とりあえず戦ってみたら?」
「え? ムリムリムリ……」
「大丈夫だって。言ったろ、危なくなったら助けてやるって」
かなり怖かったけど兄ちゃんに言われてゴブリンと戦う事になってしまった。
何度か村にゴブリンの襲撃があった際に戦ったことはある。でもそれは大人たちに交じっての事だ。一人で倒した事はなかった。それに、この辺りのゴブリンはスキルで強化されている個体が多いため、なかなか手ごわいのだ。
危なくなったら助けてくれるという言葉を信じて、アムルは逃げたくなる気持ちを抑えてゴブリンに向かっていった。
そうしたらなんと、五回切り付けただけで倒す事ができたのだ。
体力強化のスキル付きゴブリンだったのに。
「ええっ! うそぉ!!」
「はは。そんなに驚く事はないよ。小さい頃からモンスターを倒しているなら、これくらい出来て当然だよ」
「でも村の大人たちでも大変そうなのに……」
「まあそこは、武器の違いだろうね。結構良い武器だから。まぁオレはもういらなくなったんであげるよ。それでニッキの分まで稼げばいい」
信じられなかった。
「ありがとう兄ちゃん。……でね、本当はニッキ以外にも助けたい友達がいるんだ。だからもう少し狩りをしても良いかな?」
同い年のカルミンもあまり体格に恵まれておらず、なかなか銀貨2枚を稼ぐ事ができず困っていたのだ。今月は特に調子が悪く、焦って狩りをしていたところ逆にモンスターにやられてしまい、大けがを負ってしまった。
こうなるともう、狩りを続ける事もできずどうしようもなかった。
アムルもさすがに三人分のおカネを稼ぐ事は出来ないのだ。だからカルミンはもう、諦めていた。本人からも『俺の事はいいからニッキの分だけ稼いでやってくれ』と言われていたのだ。
「そっかぁ。やっぱり村人達は大変なんだよなぁ。もちろんオレの事は気にしないでいいから、カルミンの分まで稼いであげてね」
「ありがと!」
カルミンは銅貨90枚まで集めていたので、後は110枚分だ。鼠で銅貨110枚稼ごうと思ったら非常に大変なのだが、兄ちゃんにもらった剣があれば、全然楽勝だった。あっと言う間に集める事が出来た。
一旦村に戻ってカルミンに何とかなりそうだよと告げた後、海斗兄ちゃんを町へと案内した。
「ザルバの町って言うんだ」
「そうなんだ。オレの持ってる地図には載ってないな」
「小さな町だからね。一応ギルドもあるけど、ギルドマスターは居ないし。ドトロフ城下町に居るギルドマスターが兼務で管理してるらしいよ」
アムルはザルバの町しか知らないから、大きな町のギルドがどんな感じかは分からなかった。
海斗兄ちゃんを連れてギルドへ入ったところ、雰囲気は似たようなものだと言われた。
「でも確かに高ランクの冒険者は居ないみたいだね」
「うん。オラも一度でいいからAランクとかBランクの冒険者に会ってみたいなぁ。でかい町のギルドなら居るんでしょ?」
「そうだな。時々見かけるよ。たまに死んでるけどね、ハハハ」
神獣に戦いを挑んで死んでしまったBランクの冒険者の話を聞いて、アムルは少しビビッてしまったが良く考えると冒険者とはそういう物かもしれない。自分達だって一歩間違えればモンスターに殺されてしまうのだ。
海斗兄ちゃんはギルドで神獣についての情報を集めたいと言ったので、一旦別れて後で合流する事になった。アムルは手に入れた素材を換金しなければならない。
いつも素材を売っていたショップで『お、今日は大量だねぇ』などと言われつつ、無事に換金を済ませる。強力な武器のお陰でノルマより多くの銅貨が手に入ったため、自分へのご褒美としてお菓子を買った。いつもノルマ以上に稼げた月は必ず買うお菓子なのだ。今回は自分の力ではないのだけれども。
ギルホーネットのドロップを加工した甘いお菓子を食べながら待っていると、雰囲気の悪そうな集団が移動して来た。
「よう、アムル君。ちょっと遊ばねぇか?」
ヤバい。
ずっと前に一度絡まれて、ひどいケガを負わされた事がある連中だ。
「えっと、今はちょっと……」
「そんな事言わずにさぁ。俺達、友達だよな?」
「待ち合わせをしてるんだ。だからダメなんだよ」
「ほーう。俺達の誘いを断るんだ。へぇ~」
連中の一人が顔を近づけてくる。
ここで一緒に行ってしまうと、ひどい事をされるのは目に見えている。だけど無理に断ったら目を付けられてしまい、これから町に来る度に狙われてしまう。
「ごめんなさい。今はこれだけしか渡せないんだ」
アムルは仕方なく、銅貨33枚を連中に渡した。これ以上渡すと、ニッキやカルミンに渡す分が無くなってしまう。
だが彼らは許してくれなかった。
「あれぇ。おかしいなあ。その袋の中には銀貨が入っているみたいだけど?」
「これはダメだよ! 村のおカネだから!!」
「へぇ、そうなの~。ふーん」
そう言いながら、更に顔を近づけてくる。
渡さないとどうなるか知らないよ、とでも言いたげに。
ついにアムルは迫力に負けて銭袋の中を全部渡してしまった。もう一文無しだ。念のために剣は海斗兄ちゃんが持っててくれたため無事だったのだが、ニッキとカルミンに支払う分がなくなってしまった。
もう泣きそうな気持だ。
「に、兄ちゃん~」
海斗兄ちゃんが戻って来たので、半泣きになりながら状況を説明した。
「え? そいつらって犯罪者なの?」
「ううん、盗んだのじゃなくてオラが渡しただけだから犯罪にはならないんだ」
「マジかよ……。まるで法の抜け道を踏むような感じだな。そんな事ができるのか」
もう辺りは暗くなり始めてるから、今から再度狩りをしても間に合わないだろう。せっかく剣をくれたのに、ごめんとアムルは謝った。
「キミが謝る事なんてないよ。悪いのは奴らなんだし」
「うん、でもごめん」
「気にするなって。それと、とりあえずコレを貸してあげるよ。返すのは何時でもいいからさ」
そういって海斗兄ちゃんは銀貨5枚をくれた。
「え、えええ?」
「貸すだけだから、気にしなくていいよ。剣があれば返せるでしょ?」
どうしてこんなに親切にしてくれるのか、全く分からなかった。
兄ちゃんは、自分も色々な人に助けられたから、その恩返しだと言ったのだが。
なんと生命の雫まで借りた事があるらしい。
そしてまだ返せていないのだとか。世の中にはとんでもない人が居てるものだ。
「ちなみにアムルは『緑の湖』って知ってる?」
例の神獣についてギルドで情報を入手できたらしい。そして『緑の湖』付近に出現すると聞いたが詳しい場所が分からないとのことだった。
「うん分かるよ!」
「よかった。大体の場所は聞いたんだけどね。詳しく分からないから案内してくれると助かる」
とりあえず日も暮れて来た事だし湖に行くのは明日にして、今日は村に泊まってもらう事にした。こんなすごい冒険者だから、もしかすると汚い村に泊まるのは嫌がるかと思ったけど兄ちゃんは全然そんな素振りは見せなかった。
それに、夕食として町で買った超美味しい食事を振る舞ってくれたのだ。
ニッキとカルミンも呼んで、三人で美味しく食べた。二人ともそりゃあ大喜びだ。
「で、アムル。ニッキにはもう告白したの?」
と小声で海斗兄ちゃんに聞かれたときは、さすがに赤面してしまったけど。
ニッキの事が好きだなんて一言も言ってないのに、どうしてバレてしまったのだろうか。
ぶるぶるぶる、と首を振ると「可愛いから早くしないと誰かに取られちゃうよ」と言われた。
もしかして、カルミンに取られちゃったらどうしようか。
アムルは一瞬だけ、カルミンの分のおカネを払うのを止めようかと思ってしまった。
◆
海斗は久々に寝起きの悪い朝を迎えた。
アムルが気を悪くするかもと思って顔には出さなかったのだが、やはり固い床の上で寝るのは気持ちの良いものではなかった。食事も下手すると山菜をすり潰したものになる恐れがあったので先手を打ってご馳走したのだが。
空間収納には寝袋が入っているが、一個しかないので使うのは遠慮しておいた。こんな時のために、あと何個か買っておいた方がよいかもしれない。
大きなあくびをしながらアムルと共に湖に向けて出発しようとしていたら、ニッキが駆け寄ってきた。
「アムル!大変よ」
「どうしたの?」
「カルミンが連れて行かれちゃった」




