第34話 放浪の旅へ
早速ラディッシュが耐魔バリアを発動させ、事前に相談していたように各自が攻撃を仕掛ける。
海斗もとりあえず手持ちのスキルをいくつか試してみた。
「あれ? 何かあんまし効いてなさそうだな」
「魔法耐性が飛び抜けて高いからね。無属性のものが比較的いいみたいよ」
そういえば、誰かが『サイコ系』のものがどうのこうのと言ってた気がする。そんな物は聞いた事もなかったし、あらためて確認するまでもなく、海斗は四元魔法しか持ってないのだ。
という事は、今のところ一番強力だと思われる『火球』はおろか、折角手に入れた大魔法も効果が薄いという事になる。
ダメじゃん……。
このままだと海斗はいらない子になってしまう。
今、手持ちのスキルでは遠距離攻撃は出来ない。となると、近距離攻撃しかない。
だが敵の毒スキルによる攻撃は強烈だ。
意外な事にこの世界では解毒スキルや解毒剤などは殆ど存在しなかった。ヒールで和らげつつ自力回復を待つしかないという、非常に厄介なものであった。
そんな凶悪なものをびゅんびゅんと飛ばして来る。
そうだ!
自分には障壁スキルがあったのだ。
「オレも近距離で戦うよ」
「どういうこと? あんたも付与盾を持ってるんだっけ?」
「盾は無いけど、一人分なら防ぐ事のできるスキルがあるんだ」
「気を付けてね」
猛毒の矢が飛んでくるなか、覚悟を決めてラディッシュのバリアから飛びだす。
大丈夫だ。敵は殆ど動かない。
敵と自分の直線上に常に空間障壁を造りながら移動すれば問題ないはずだ。
何個も障壁を造り替えながら、パーティメンバが戦っている前線へと進む。
「海斗! 危ねえぞ……って、なんだ。バリア持ちかよ」
「手伝いに来ました」
「へっ、俺の殲滅が遅いってか。そいつは悪かったな」
「嘘です。オレの遠距離スキルが全く効かなかったんで仕方なく」
「おう。こいつの魔法耐性はかなり高いからな。んで、どうするんだ? 盾がないと、それ以上近づくのは危ねぇぞ」
無理やりピッタリひっついて空間障壁を出して剣で攻撃する事も不可能ではない。
が、確かにそこまで近づくのは危険が伴う。
「大丈夫です。こうします!!」
そう言うと海斗はダブル衝撃波を繰り出した。
通常の衝撃波よりも威力、射程距離共に大幅に大きいものだ。習得したての頃は総魔力
量が少ないがために多用出来るものではなかったが、Cランク冒険者に匹敵するくらいの実力を手に入れた海斗は、魔力量もいつの間にか相当増えていた。
これなら連続して放っても魔力は枯渇しそうにない。
「おお! なんて奴だ……。モンスターの顔が苦痛に歪んでやがる」
パーティメンバの言うとおり、衝撃波を叩き込むたびに蛇の王は呻き声を上げながら頭をうねらせる。相当効いている証拠だ。
海斗は自分自身の成長に驚いていた。
思えば冒険者になってからずっと、安全を意識して闘って来た。しかし、白装束の男に殺されかけたり神獣に遭遇したり、はたまたレイチェルに引きつられて高レベルモンスターとの戦闘空間に身を置いたりして随分と危険に慣れてしまった気がする。
ラ=バラの町に来てからも、常に高レベルモンスターとの戦闘に身を置いて来た。レイチェルも言っていたとおり、強敵に挑めば挑むほど、基本能力の上昇が大きくなるのは間違いなさそうだ。
当然、危険も大きいのだが。
やがて最後の断末魔を上げたかと思うと蛇の王はその身をドロップへと変えて消滅した。
「ふぅ。お疲れさん。真珠を5個もドロップしやがった。もうけたな」
皆で労をねぎらい合うなか、ラディッシュだけが少しご機嫌ななめだった。おそらく海斗が活躍した事を快く思ってないに違いない。彼の性格からして、ラディッシュのお陰で強敵を倒す事ができたという皆からのキラキラした眼差しを待っていたはずだ。
海斗はメンドクセェと思いながらもラディッシュの耐魔バリアを褒め称えておいた。まあ実際、複数人カバーできる防御スキルは非常に有効だ。海斗も出来れば早く入手しておきたいスキルの一つである。
無事に依頼を達成し、町へと戻ろうとしたところ問題が起きた。
「……なんだコレ」
「天井が崩れたんじゃない?」
「そんな激しい戦闘したっけ」
「まぁそれなりにドンパチやったしな」
白蛇王の部屋から出る唯一の通路が完全に岩で塞がれてしまっている。
「これってマズイよな」
「当たり前じゃない!! 私たち閉じ込められたのよ!」
「だよな」
パーティメンバ5人とも、崩れた通路をみて茫然と立ち尽くしている。
小さい岩なら数人がかりで取り除く事も出来るかもしれないが、現在出口を塞いでいる岩々はとんでもない大きさである。いかにCランク冒険者の腕力が強いからと言っても、どうにか出来る物ではないだろう。
「俺は嫌だからな。こんな場所でくたばるのは」
「私も」
「とりあえず全力で攻撃してみっかぁ」
「何言ってんのよ! そんな事したら振動で余計に天井が崩れるじゃないの。下手したら押しつぶされちゃうじゃない」
こんな水も食料も無い場所に閉じ込められて、皆パニック寸前だ。
そんな中、海斗は一人冷静だった。
冷静に悩んでいた。
だが答えは決まっている。空間回帰を使うしかない。
以前、ダンジョン内で使ったときは入り口に戻った。地上で使えばセーブポイントであるラ=バラの町へと飛ぶだろう。現在居る場所がダンジョンなのか地上なのかイマイチ判別付かないが、どちらにしても此処から脱出できる事は間違いない。
まあラ=バラの町まで飛んでしまった時は、馬車が置き去りになってしまい、違約金を随分と取られる事にはなると思うが。
海斗は特に詳しい説明は行わず、単にスキルを使って脱出するとだけ伝えた。
皆が怪訝そうに見つめる中、静かに『空間回帰』と念じる。
しーん。
という擬音文字が目の前に浮かんだような気がする。それほど静かだった。
当たり前だ。この洞窟のような空間内にはパーティメンバしかおらず、唯一の入り口は岩で塞がれているので外部からの音も聞こえない。まるで深夜のような静けさだ。
「どうした? 何か起こるんじゃなかったのか?」
我慢仕切れないと言ったようにパーティメンバが疑問を口に出す。
しかし一番に疑問に思っていたのは海斗だった。
確かにスキルを発動させた。
何故、飛ばないのか。
分からない。何度やってみても、結果は同じだった。誰一人としてビクとも動かないのだ。海斗の額に脂汗だけが流れる。
皆の不安な気持ちと、一瞬でも助かるかと思って肩透かしをくらった絶望感と、何やら色々なものが混ざりあった空気が海斗のハートをひたすらに締め付けるだけだった。
◆
ミカは海斗に対する怒りと、ユリエスに対する心配から頭がどうにかなってしまいそうだった。
「ほんっっっっとにもうっ! 海斗ったら何で帰ってこないのよ!!」
つい先日も、ギルドを通じて『まだまだ帰れそうにない』との伝言が海斗から届いたのだった。それも、何処に居るかも教えてもらえず状態だ。
そして、マリンが怒りに更なる油を注いでくる。
「仕方が無いよぉ。お仕事だもんねー」
「あんたはホントにいつも、のんびりしてるわね! 見たでしょ? あの子のケガを」
「うん。私がちゃあんと手当しておいたから大丈夫だよ」
「そんな問題じゃないでしょ! あの子はまだ13歳なのよ。なのに聞いた? よりによってハンターフライと闘ったのよ。Dランクでも手こずるモンスターじゃない! 信じられないわ」
いくら海斗が作った強力な武器があるからと言って、冒険者でもない駆け出しの町人が闘って良い相手ではない。当然ながら、瀕死の重傷を負ったのだ。
なのにマリンの手当てで傷が治ったかと思うと、ミカが止めるのも聞かず、殆ど休みも取らずに狩りに出かけてしまった。
「ふふふ。ミカりんってば、海斗さんに似て来たみたーい。よく怒られてたもんね」
「……ぐっ」
そうなのだ。少し前までは海斗に口うるさく『無茶するな』と釘を刺されていたのはミカだった。確かに、それと同じような事を言っている自分が居た。
だがしかし、ユリエスの行動は次元が違うと思う。
きっと海斗に対する依存だ。
生まれ育った村から見放され、人にあるまじき扱いを受けた日々。つらい日々から救ってくれた海斗は、ユリエスにとって親以上の存在だったのかもしれない。
その海斗が突然居なくなった。
冒険に出ると言い残して。
それを聞いて彼女はひたすらに狩りに打ち込むようになったのだ。おそらく一刻も早く、海斗と共に冒険に出れるように強くなりたいとの想いなのだろう。
益々、海斗に対する怒りが込み上げてくる。
「ただいま」
蚊の鳴くような声でユリエスが帰宅を告げる。
消え入りそうなのは、声だけではなかった。昨日にも増して体はボロボロだ。いやむしろ、よくぞ生きて帰ってこれたと言うべきか。
すぐにマリンが手当を施す。
生まれつきの物なのか、それとも幼少の頃からの境遇が原因か、とにかく精神的にも体力的にも強靭さは並みの冒険者以上だ。翌日にはもう、すっかり良くなっていた。
そして早速狩りに出かけようとするユリエスを呼び止めた。
「ちょっとそこに座りなさい」
まるで母親が子供を叱るときのようだと思いながら、ミカは彼女の危険な行為を非難した。だがミカとて妹が居るわけでもないし、当然ながら子供が居る訳でもない。どのように彼女を諭せばよいのか全く分からなかった。
だから、口から出る言葉はどうしてもトゲのある単語となってユリエスの気持ちを切り刻んで行く。
そうなると、もう売り言葉に買い言葉だ。
「いやっ! お兄ちゃんを探すの!!」
「出来る訳ないでしょ! とにかく危ないから、しばらく剣は私が預かるわ」
そう言って海斗が作った剣をとり上げようとしたとき、ユリエスの激しい抵抗にあった。ミカは今でこそ引退してショップを経営しているが、少し前まではDランクの冒険者としてバリバリ活躍していたのだ。間違っても駆け出しの町人に気圧される実力ではない。だが、ユリエスの圧力は相当なものだった。
「これはユリの大事な剣なのっ!」
「は、離しなさいっ。言うこと聞かないと怒るわよ……キャッ!!」
信じられない事に、13歳の子供に力で圧倒された。
まるで、その辺りの冒険者にも匹敵するくらいだ。
「お姉ちゃんなんか、だいっっっ嫌いっ!!!」
そう叫ぶとユリエスは剣を携えたまま家を出て行った。
一部始終を見ていたマリンが、心配そうにミカの顔を覗き込んでくる。
正直なところ、もう、ユリエスと関わるのは辛い。
家族でもないし、それどころか出会って数カ月しか経ってないのだ。
海斗が可愛がっていた子だから、面倒を見た。
海斗が可愛がっていた子だから、何かあってはいけないと思った。
ただそれだけだったのかも知れない。
そんな自分に嫌悪感を抱きながらも、ミカにはどうする事も出来ない。
翌日になっても、ユリエスが家に帰ってくる事はなかった。
◆
ユリエスは涙を流しながら、走った。
ひたすらに、何処に向かうかも分からないままに走った。
町を出てモンスターに遭遇し、剣で切りまくった。
既に町周辺に出て来るモンスターは、相手にならなかった。
もっと強くならなければいけない。そうでないと、お兄ちゃんは連れて行ってくれない。強くなるには、強いモンスターを倒すしかないと聞いた。だから、寝る間も惜しんで戦い続けた。喉が渇いても、お腹が空いても、体が悲鳴を上げようとも、気にせず戦い続けた。
そしたら、お姉ちゃんに怒られた。もうお姉ちゃんの家にも帰れない。
村に居た時のように、生えている山菜をむしって口に含んだ。スライムゼリーも無いため、飲み込むのに一苦労だ。すっかり美味しいご飯になじんでしまった体は、村人時代の食事をなかなか受け付けてくれなかった。
地獄のような日々から救い出してくれたお兄ちゃんが、最初にくれた食べ物が今でも忘れられない。固くねちっこいパンのような物だった。噛めば噛むほどに塩味が口の中に広がり、何故か心が暖かくなった。
もう、あの暖かさに身を包まれる事は無いのかも知れない。
ユリエスの涙は枯れる事なく、流れ続ける。
だが3日も経てば、山菜を食して川の水を飲む生活にも慣れて来た。いや、感覚を取り戻したと言うべきか、所詮は数カ月前の生活に戻っただけなのだ。
美味しい食事や、柔らかい布団で生活した時期は夢だったのかもしれない。




