第32話 格の違い
青年は羽の付いたベビーハービーという魔物4体と闘っていた。レイチェルによるとCランクのモンスターらしいので、ランクCの冒険者が一人で戦うには少し大変なはずだ。だが面識のない人間から突然助太刀に入られても戸惑うだけだろう。
そう思いながら様子を見ていると、それほど苦戦している感じでもなかった。
レイチェルも特に心配そうな様子もなく観戦している。
やがて4体にとどめを刺した青年はこちらに歩み寄って来た。
「やあ、こんな場所で依頼かい? あまり素材になりそうなものは無いはずなんだけどねぇ」
両手を広げて友好的な感じだ。少しキザっぽい所がナッシュと似ている気がする。
それに、装備品や付けているスキルが高価なものである所もそっくりだ。
「道に迷ってしまってな。ところで『西の都』というのは近くにあるのか?」
「迷って、ってこんな場所でかい?変な人たちですね。西の都ならあっちの方角ですよ。ここから歩いてだと、丸3日掛かるけどね。ボクが住んでた場所だ」
「そんなに遠いのか。ではランソールの町のほうが近そうだな。ランソールの町の方角は分かるか?」
「は? なんだって?」
「ランソールの町だよ」
「ランソール? そんな町は知らないですねぇ」
青年は不思議そうな顔をしている。
もしやと思ってレイチェルを見ると、彼女も海斗を見て頷いた。
「ところで此処はコンラートの国だよな?」
「そんな訳ないでしょう。キミ達はボクの事をからかってるのかい? ここは帝国領に決まってるじゃないか」
レイチェルが驚きと喜びを足して2で割ったような顔をした。それは、探し求めていた時空魔法に関する大きな手掛かりとなるのではないか。海斗も同じく興奮していた。
今回のものは単純に同じ世界内での移動だったが、異世界への扉がある可能性がぐんと増したのだ。
自然と二人は笑みを浮かべたまま見つめ合っていた。
その様子が気持ち悪かったのか、青年は少し引き気味だ。
「ああ、すまない。ところで私たちも『西の都』に行きたいんだが、同行しても良いか?」
「キミ達は西の都に行くのかい? 残念ながらボクは今からラ=バラに行くんだ」
「ラ=バラだって?そんな遠くまで?」
「何言ってるんだい。ここからだと『西の都』に行くより近いじゃないか。本当に変な人たちだなぁ」
レイチェルが知っている地名が出て来たらしい。もちろん海斗は知らないが。
とにかく何処かの町に行ければよいので、青年と一緒にラ=バラに行く事になった。
海斗はあらためて青年を鑑定する。
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Name:ラディッシュ
Caption:
- 職業:魔剣士
- 所属:ギルド・西の都
- ギルドランクC
基本スキル:
- 光の矢
- 光の盾
- 四元強化属性剣
- テンペスト
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名前までナッシュに似ていたが、キザな振る舞いはこちらの方が上のようだ。
海斗がコンラート国出身だと言うと田舎者だと言われたし、レイチェルの出身国であるルマリアも名前は知っているが大した事の無い国だと半分馬鹿にしてくる始末だ。
話しだけ聞いていると非常に失礼な物言いではあるが、何故か憎めないキャラだった。
「で、ラディッシュはラ=バラに何しに行くの?」
海斗は初対面にも関わらず、どことなく親しみを感じたのでフレンドリーに話しかけた。
「称号を書き換えに行くんだ」
「ラ=バラの称号に? また何でわざわざ」
「キミ達のように地方に住んでいる人間なら分からないとは思うけど、強力なモンスターが生息する町のギルドは、ギルド自体のランクが高いのさ」
「ギルド自体のランク? 何だそれ」
「ラ=バラ周辺のモンスターはB~Cランクばっかりだからね。その町に住む冒険者達も自然と強くなるんだ。だから同じランクCの冒険者でも、ラ=バラの称号を持っている冒険者の方が格が上になるんだよ」
格が上になるからといって何が嬉しいのか海斗にはさっぱり分からなかったが、この世界ではギルドランクでの差別も激しい事だし、気にする人間は一杯いるのだろう。
「レイチェルさんは知ってますか?」
「聞いた事はあるな。詳しくは知らないが」
彼女にとってはギルドの格がどうだ等の小さい事はどうでも良いのかもしれない。そもそも冒険者でも無いことだし。
「お。モンスター出現だ」
ラディッシュの声と同時に海斗も前方に魔物の群れを認めた。およそ20~30体くらいの白い獣の大群だ。
鑑定すると『ラージラット』と出た。近づくにつれ、そのまんま大きな鼠だと分かった。
「どうする? ボクだけでも大丈夫だけど」
「いやまぁ、一緒に居て見ているだけというのもつまらないのでオレもやるよ」
「わかった。じゃあパーティに入りたまえ」
ラディッシュからの要請を受ける。レイチェルも入ったようだ。彼女にとってはハエがたかる程度のものだろうが。
「レインモノボルも出て来たよ。奴はちょっと手ごわいからボクが対応してあげるよ。君たちは鼠を頼む」
彼の言うとおり、鼠の後ろから黒い猪のようなモンスターが現れた。鼠30体よりも強力という事か。まぁ彼が対応するというなら任せておけばよいだろう。
海斗は稲妻の剣をかざし、範囲殲滅を行った。
残念ながら一撃とまでは行かず、範囲攻撃を受けて敵も危ないと思ったのか素早く広範囲に広がり、海斗達を取り囲むような陣形を取って来た。
その後ろからレインモノボルが猪のごとく突進してくる。
ラディッシュは予測していたかのように目の前に障壁を造りだすと、猪がぶつかったタイミングに合わせて剣で切り付けた。彼の剣には炎がまとわりついている。これが強化属性剣というものか。初めて見た。
海斗も着実に自分の仕事をこなした。稲妻によって大きく体力が削がれていたのだろう。数回切り付けるだけで鼠達はバタバタと倒れて行く。
比較的余裕があったため、海斗は戦いながらも周囲を良く観察していた。すると、レインモノボルが更に追加で3体向かってくるのが見えた。
「猪が更に3体だ」
「わ、わかった。それもボクが相手しよう」
心なしかラディッシュの声に余裕が無くなった。この辺りが彼の限界なのかもしれない。
「鼠がもうすぐ片付くんで、オレも手伝うよ」
「ふ。まぁ必要はないけど折角だからキミにも1体くらい相手してもらおうか」
「あい。わかった」
海斗は笑いそうになるのを必死で堪えながら最後の鼠を葬ると、レインモノボルに取り掛かった。
実際相手してみると、確かに手ごたえのある敵だった。前に戦ったオーク・プライムを少し弱くした感じだろうか。
だが海斗もバリアを持っているし、ラディッシュと二人で全然問題無い程度ではある。
「二人とも、ここは任せた」
「? レイチェルさん」
「向うにモノボルクイーンが居るようだ。ちょっと行ってくる」
彼女は別の敵を見つけたようだ。海斗には未だ見えていないが、何らかの索敵能力があるのだろう。
「クイーンだって? まさか」
ラディッシュが狼狽えている。
特に戦いに参加することもなく状況を見守っていたレイチェルが動いたのだ。おそらく強敵に違いない。名前からして今戦っている猪のボス級なのかもしれない。
ラディッシュは一人で大丈夫なのか、などとぶつぶつ呟いているが海斗は何の心配もしていなかった。そもそも彼女が倒せないモンスターなんぞ居るのだろうか。今度聞いてみようと思った。
「レイチェルさんはSランク級だと噂される人だから大丈夫だよ」
「!」
ラディッシュが心配そうに見ていたので、安心させるために説明したら口をあんぐり開けて驚いていた。顎が外れるのではないかと思うほどに。
モノボル4体の殲滅を終えた二人はドロップを集めながらレイチェルが向かった方角を見ていた。
Sランクという言葉は彼にとって大きなショックだったらしい。その証拠に無事クイーンを倒してドロップを持ち帰ったレイチェルに対する態度が、ものの見事に一変した。やはりこの世界、ランクによる差別は尋常ではないらしい。
それからラ=バラまでの道のりは、途端につまらないものになってしまった。
ラディッシュが急にしおらしくなってしまったからだ。
海斗はひたすらに、レイチェルの事を話してしまった自分を悔いた。
「見えて来たね。あれが城塞都市ラ=バラさ」
「城塞都市?」
「ああ、見てのとおりさ。高い城壁に囲まれているだろう。強力なモンスターが生息する証拠だよ」
「確かにラ=バラだ。久しぶりだな。前に来たのは6~7年前だったか」
「え?レイチェルさん。来たことあるの?」
「ああ。世界中を旅していると言っただろう。ここも来たことがある。残念ながら西の都というのは知らなかったがな」
ラ=バラの門は固く閉ざされているが、ゴルドリック城下町のように検問等はされる事はないらしい。あくまでモンスターの侵入を防ぐためのもので、人間が通過しようとすれば、ちゃんと開けてもらえるとの事だ。
しかし入り口で海斗は立ち止まった。
良く考えれば、中に入ってしまうとセーブポイントが書き換わってしまう事になる。
「レイチェルさん、あの……」
ラディッシュに聞かれたくないので小声で相談する。しかし彼女は事もなげに言った。
「大丈夫だ。また例の空間を通れば戻れるだろう。ダメだったとしても、最悪は馬車で戻れば良い。なあに、ちょっと長めの依頼だと思えばいいんだ」
以前ブランカから苦労して戻った経験から、できれば最悪の事態は避けたい所ではあったのだが、レイチェルは町に入る気だ。どのみち彼女が居なければ元のダンジョンまでも戻る事はできないので、海斗に選択の余地はなさそうだ。
あきらめてラ=バラの門をくぐる。
その町並みは、コンラートの物と大きく変わりはしなかった。ブランカの更に向う側にある、遥か遠い町に来たという感覚はしない。
「とりあえずギルドで伝言がしたい」
というレイチェルの言葉でまずはギルドに向かう。
思ったとおりギルドの中も他国と同じ雰囲気だった。ブランカであってもギルド内だけは普通だったので、予想通りではあったのだが、事前にラディッシュから格の話しを聞いていただけに少々拍子抜けだ。
レイチェルの手続きが終わったので、ラディッシュが称号書き換えを申請しているカウンターに様子を見に行った。すると何やら揉めているようだった。
「どうしてボクが降格なんだよ。納得いかないんだけど!!」
「降格ではありません。先ほどもご説明したように、当ギルドでは称号書き換えの際に改めてギルドランクの審査を行います。ラディッシュ様はこれまでの実績からDランクが妥当と判断されました」
「だから、何かの間違いだってば。西の都でのボクの実績を見れば、誰がどうみたってランクC以上はあるはずなんだよ」
ラディッシュはなおも抗議していたが、やがて結局あきらめて戻ってきた。
そこで海斗と目が合う。
しばしの沈黙。
「……プッ!」
「わ、笑うんじゃない!! 本当にボクは輝かしい実績を残したんだよ! ちくしょう。ここのスタッフはなんて調査能力が無い人間ばかりなんだ」
海斗は必死にこらえたものの、我慢できずに吹き出してしまった。
どうやら『格の違い』というのは本当だったらしい。ラディッシュが身をもって教えてくれた。
「ごめんごめん。んじゃオレも称号書き換えは止めておくよ。Eランクになっちゃったら困るもんね……ぷぷぷ」
「ふんっ! キミなんか絶対Fランクだよ!!」
だが称号を書き換えるために7日間もかけて移動して来たというのに、こんな結果になったのはさすがに気の毒ではある。海斗はちょっとだけ笑ってしまった事を心の中で謝罪した。
……ほんのちょっとだけ。思い出すとどうしても笑ってしまうので、もう考えないようにしよう。
「ところでラディッシュは、これからどうするの?」
「ここの奴らにボクの実力を見せつけてやるんだ」
「どうやって?」
「依頼を受けまくるのさ。それを見れば、ボクが有能な人間という事に気が付くのは間違いない」
意外と前向きというか、真面目な考えを持った人間のようだ。子供が頑張って背伸びしているような滑稽さが拭えないのは事実だが。
「海斗よ、お前もしばらくこの町で依頼でも受けながら滞在してくれないか。私は例のダンジョンをもう少し探索してみたい」
「え?」
「できれば一緒に行きたいんだが、危険性が分からないのでな。もう少し調べて見て、問題なさそうであれば、また声を掛ける」
連絡が取り合えるように、レイチェルが取ってくれた宿に二人とも宿泊する事になった。それなりに高級な所だったが、費用はレイチェルが持つと言ってくれた。何故かついでにラディッシュの分まで持ってくれたのだが。
宿の手配だけ行った彼女は、そのまま探索に向かってしまった。
折角だから一泊くらい休憩してから行けば良いのにとも思わないでもないが。もしかしたら早く解決して戦線に復帰しないと行けないのかもしれない。
「くっ。Sランクともなるとやっぱり豪遊できるんだな」
「レイチェルさんは冒険者じゃないから、違うんじゃないかな。でも確かに、おカネとかどうしてるんだろうね」
言われてみれば、世界中を旅して回るにはかなりのおカネが必要に違いない。今回も、ポンと宿泊費用を出してくれたが、本当に何で稼いでいるのだろうか。色々と謎の多い人である。




