2-前
こんな事になると分かっていたら絶対に来なかった。
土曜日の昼。人がまばらなアクセサリーショップで頭の上に小さなティアラを乗せた小助は深く後悔した。
ゴールデンウィーク明け初日の放課後。夢は約束通り京香と友美を連れて小助にお揃いの髪留めを見せてくれた。
形は歪だがニヤリと笑んだ表情が可愛い黒猫を作った京香。誰よりも綺麗に三毛猫がサンマを銜えている様子を作った友美。それぞれに素直な感想を述べた所、二人ともーーーーー特に京香がガッツポーズをして喜んでくれた。
思った事を表現する語彙が極端に少ない小助でも誰かを喜ばせる事は出来るらしい。
「リボン鬼?」
「違う“リボン隠れ鬼”。小松君やっぱり知らなかった。流行に乗り遅れ過ぎだよ。ダメダメ」
夢はあからさまに飽きれると溜息をつく。
あの後夢の提案によりこの4人での座談会が開催され、小助は久々に味わう放課後の雰囲気にこっそり胸を踊らせた。
「あたしは二時間目が始まる前には知ってたよ」
「凄い。情報早いね」
「当たり前でしょ。あたしを誰だと思ってるの」
夢様です。とは言えないので頷くだけにしておく。すると友美がしょんぼりと眉を下げた。
「…………トモ、六時間目、終わった後。お掃除中に、クラスの子が……」
「えぇっ!? ちょっとトモさん、ウチお昼休み中に教えたじゃん」
「……ごめん、夢中で……ししゃも……」
「ウチよりししゃもが大事か。親友が話しかけてるってのにししゃもの事考えないでよ」
「ごめっ、今日の晩ご飯、ししゃもで、ししゃも……」
「言ってるそばからまたししゃもかい!」
身を乗り出した京香が友美の細い首を絞める。されるがままの友美が何度も「ししゃも」と呟いた。
もしかしたら先程の三毛猫が銜えていた魚は、サンマではなくししゃもだったのかもしれない。
壊れたロボットの様に呟き続ける友美が面白くてつい見ていると夢が小助の肩をつついた。
「仕方ない、あたしが直々に説明してあげよう」
「いいよ。別にやらないし」
「こらっ!」
女子の力とは到底思えない強烈なチョップが額にめり込む。あまりの痛さに声も出ずに唸っていると京香達が身を引いた。
「ユウ、それは小三で封印したって……」
「だってムカついたから」
「だからって……」
「ししゃ……小松君、大丈夫?」
今絶対にししゃもと言いかけた。小助がちらりと見ると友美は両腕を横に広げる。いや、セーフではない。
「でね、“リボン隠れ鬼”っていうのは」
「はい」
「リボンを使った隠れ鬼なの」
夢はあたかも発信源は自分だと言わんばかりの態度でルールを説明していく。
楽太郎の関係で様々な地方に伝わる遊びを知っていた小助ではあるが、“リボン隠れ鬼”という遊びは初めて知った。ただ“隠れ鬼”と名の付く通り見つかっても逃げれば良いわけでさほど特殊な遊びには思えない。情報交換というのは面白そうだけど。
「捕まった時点で鬼と交代?」
「ううん。鬼は白い子達全員を捕まえないと終われないの」
夢が言う白い子とは白いリボンを付けた逃げる側の事。逆に鬼は赤いリボンを付けるのだそうだ。ズルが出来ない様鬼にだけ目印を付けるのはよく聞くが、逃げる側もというのは聞いた事がない。
「今日広まった遊びだからまだ誰もやってないみたい。でもあたしの予想だと明日にはやる子が出て来ると思う」
「だねー。出来ればウチらも早くやりたいんだけどね」
「……でも、リボン、ない」
「あたしはあるけど遊ぶ為に使うのはやだな。汚れたり壊れたりしたらやだもん」
「でも女子なら直ぐに準備出来るから良いよね。男子だったら買うのも学校にリボン持って来るのも勇気がいるから」
特に小助がそんな事をした日には絶対に幹也達から「デブ子ちゃん」とでも呼ばれてからかわれるに違いない。
「ところがどっこい。そんな恥ずかしがりやの男子も来週の月曜日からはリボン隠れ鬼やり始めると思うよ」
「なんで?」
「なんでじゃない絶対にそうなの。あたしが言ってるんだから間違いない」
どこから来るの、その自信。思わず目を張っていると夢が鼻の頭を指で擦った。
「そういうのには鼻が効くの」
流石です。と頷くと夢が得意げに笑った。だがそうは言っても小助にはまだそこまでの魅力は感じない。
「でも本質的にはただの隠れ鬼なんだからあんまり長引かないかもね」
「もー小松君ってどうしてそんなに冷めてるの。そんなんじゃモテないよ」
「えー……」
この「モテない」という言葉。よく夢から言われるのだが、逆にモテたいと騒ぐ小助を見て見たいのだろうか。
「あのね小松君、これはただのゲームじゃないの」
「リボン使うから?」
「違う。そこじゃなくてもっと面白い要素がこれにはあるんだよ」
「要素?」
「そう。この“リボン隠れ鬼”にはね、絶対に破っちゃいけない禁断のルールがあるの」
夢が態と声を低くして禁断のルールを教えてくれる。
リボンを外してはいけない。鬼に嘘を付いてはいけない。ゲームは必ず終わらせなければいけない。四人でやってはいけない。
聞く限りでは“禁断”にしなくてもいいんじゃないかというレベルだが、十一歳の割には達観している小助もまだまだ子供。“禁断”と言われるだけで興味がそそられた。
「確かに面白そうだね」
「でしょでしょ!」
「でも“禁断”って付くとなんか怖いよね。ゲーム自体やっちゃいけない気がしてくる」
「もーキョウちゃんは相変わらず怖がりだなぁ。逆に『スパイス効いてますね!』ぐらいに思って楽しまないと」
「ユウのはそれが度を超し過ぎ。お願いだからもう花子さんとかこっくりさんやろうとか言わないでね」
「なんで? そういうのは小学生の内にやらないと。だって来年からはもう中学生なんだよ。大人になる前に子供らしい事しておかないと」
「中学生はまだ子供だよ。大人は二十歳から」
「違うよ。だってバスが大人料金になるんだもん。だからお洋服の好みもガラッと変えないと駄目なんだよ」
「えー」
苦笑いを零す京香の気持ちが痛い程分かる。小助だってまだ子供だからと甘えている部分が多いので、あと一年でそれが出来なくなるのは少し嫌だ。
とりあえず押し勝ちした夢が「さて!」と手を叩く。
「という事で来週の月曜日、このメンバーでリボン隠れ鬼をやろう!」
「でもさっきリボンないって……」
「それを土日で用意するんでしょ。皆用事は?」
「ないけど……」
「……トモも」
友美はともかく京香は見るからに乗り気じゃない。多分夢が禁断のルールを早速破ろうとしているのに気付いているのだろう。楽太郎の手みやげにも是非変わってあげたい所だが、この輪に無理矢理介入するのは気が引ける。
「で?」
「えっ、何?」
突然話題を振られ首を傾げると夢はぷっくりと頬を膨らませた。
「で、小松君はどうなの?」
「ごめんよく分からない。何がどうなの?」
「だから、土日に用事はあるのかって聞いてるの」
「なんで?」
「もう鈍いなぁ!」
夢が苛立たしげに声を荒げる。
「お休みの日に遊ぼうって誘ってるの!」
「……え?」
「ほら、行くの! 行かないの!」
えぇっと思わず仰け反った。誘われた。小助が。虐められっ子の小助が。遊ぼうと女子に誘われた。
あまりの衝撃にどう返事をしようか迷っていると、先程とは打って変わってテンションを跳ね上げた京香が身を乗り出す。
「小松君遊ぼう! うんと遊ぼう!」
「はっ、はい」
女子二人の勢いに負けて頷いてしまう。無論嬉しいが本当に自分なんかが行っても良いんだろうか。そう悩む小助に背中を向けた京香がまたガッツポーズをした。