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リボン隠れ鬼  作者: 作空うむき
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0-後

「リボン隠れ鬼?」

 キラリと光った目に小松小助こまつこすけは溜息をつく。やはりこれは父の、小松楽太郎こまつらくたろうの好きな話題であった。

 テーブルの反対側から腕を伸ばして倒れた茶碗を元に戻せば、楽太郎はその間に意気揚々とメモ帳の準備を始めた。

 酷い隈にやつれた体、乱れる髪と無精髭。加えて伸びたTシャツにトランクスという悲惨な恰好をしているのに、その様子は小学校六年生の小助よりも遥かに年下に見えた。

「父さん」

「で、リボン隠れ鬼ってなんだ? 氷鬼みたいなもんか? それとも色鬼?」

「俺との約束はどうしたの?」

「大丈夫ちゃんと守るよ。後でね」

「そう。じゃあ俺も後で守るね」

「げっ」

 食事を再開させた小助を楽太郎は悔しそうに見やる。そしてメモ帳、ご飯、メモ帳、ご飯と何度も視線を行き来させて、漸くメモ帳をテーブルの端に置いた。待てを何度もされた犬の様に項垂れながら箸と茶碗を持って小助の様子を伺う。小助は業と時間を掛けて口の中の物を飲み込んだ。

「俺も今まで知らなかったんだけどさ、今年のゴールデンウィークが終わったら学校中で話題になってて」

「ほうほうそれでそれで?」

「箸止めたらこの話しも止めるから」

「……………うい……」

 しょんぼりとした楽太郎は片手で引き寄せていたメモ帳を元の位置に戻した。そして両手でしっかりと箸と茶碗を持つと先程と同じ目で小助を見る。小助は返事の代わりに肩を竦めて見せた。

 楽太郎は漫画家だ。それも十二歳以下は閲覧禁止のホラー漫画専門で、同時に重度のオカルトマニアでもあった。ただ趣味を仕事にしてしまったが為に大好きなネタ探しも産みの苦しみ同様に辛いらしく、短編ものを描く時は毎回頭を抱えている。

 ただ息子にまでネタ探しをさせるのは正直勘弁して欲しい。オカルトの類いを一切信じていない小助にとってはどのネタも同じものにしか見えないのだ。

 ちなみに食事中にこの話題を出したのはそうしないとネタひねりに夢中になった楽太郎が席に着いてくれないからであって、御陰で「子供の食事が中々進まなくて……」と悩む主婦の気持ちがよく分かる十一歳になってしまった。

「早く早く!」

「はいはい。まぁ俺も基本的な事しか知らないんだけど、“リボン隠れ鬼”っていうのはその名前の通り、先ずはリボンを用意するんだ」

「ふむふむ」

「御陰で男子は皆用意するの大変だってぼやいてるよ」

「姉貴とか妹に借りるのも、自分で買いに行くのも恥ずかしいもんな。して、その心は」

「紅白帽とかハチマキの用途と一緒。逃げる方は白いリボンで、追いかける方は赤いリボンをそれぞれ見える所につけるんだ。そしてゲーム開始。ちなみに開始の方法は決まってないみたいだよ。10数えたり100数えたり色々」

「他にルールは?」

「女子トイレは禁止とか他の教室禁止とかそういうのはそれぞれのグループ毎に違うんだけど、共通してあるのが“情報交換”っていう……まぁルールっていうよりはオプションだね。それがあるよ」

「情報交換?」

「そう」

 小助はみそ汁を啜る。

「鬼の特権で他のグループの子に白いリボンを付けた子がどこに逃げたか聞けるんだ」

「ふーん。でもそれ意味ないだろ。白い子だってそれ分かってるから同じ場所には留まらないだろうし」

「だから面白いんだって。白い方はあえて留まったりするからそういうのを推理するのが良いみたい」

「推理ってなるとなんか探偵ごっこみたいだな。でもそっかー」

「お気に召さなかった?」

「うーん……お気に召さないと言うか、名前の割にはリボンを使うだけのただの隠れ鬼だなーって思って。そっかー……」

 急にテンションを下げた楽太郎が背もたれに寄り掛かって箸を口に銜える。そのまま箸を上下に揺らし始めたので小助は足を伸ばして楽太郎の脛を蹴った。

「まだ話しは終わってないよ。他にもルールがあるんだ」

「どんなー?」

 子供の話しに興味を持つフリをするのが親と言うものではないのだろうか。この親、とことん精神年齢が低い。まぁその御陰で小助は年の割にはしっかりとした子供になれたのだけれど。

「一つ。決してリボンを外してはいけない」

 物ありげな言い方に「おっ」と楽太郎が姿勢を正す。どうやら興味を引く事に成功した様だ。

「二つ。鬼に嘘をついてはいけない」

「嘘? あぁ、情報交換するって言ってたもんな。それでそれで?」

「三つ。始めたゲームは必ず終わらせなければならない」

「それはゲームの基本だよな。でもそんなルール別にあってもなくても……」

「四つ」

 小助は箸と茶碗を置いて楽太郎に右手を突き出す。親指だけ折って“四”を強調した。

「決して、四人でやってはいけない」

「四人?」

「そう、四人」

「へー………よにん……」

 空気に飲まれた楽太郎が目を寄せて小助の指を見る。無意識だろう。段々と近付いて来る額にデコピンをした。

「あでっ」

「ほら、話したんだから早く食べて。俺早く風呂入って勉強したい」

「…………ういー」

 楽太郎は額を掻くともそもそとご飯を食べ始める。先にネタ帳という名の胃袋を満たしてやれば後は黙っていても本来の空腹を満たしてくれる。まったく世話が焼けるなぁと思いながら冷や奴に醤油を掛けると楽太郎が「そういえば」と首を傾げた。

「なんだか随分詳しいみたいだけどお前はやった事あるのか?」

「ないよ」

 即答。だが正確に言えば“やろうとしたが失敗した”と答えるのが正しい。だがこの事はあまり口にしたくない。というのも失敗した原因が小助にあり、ついでに言えばクラスの女子を怒らせてしまったのだ。

 嫌な事を思い出し眉間に皺を寄せていると、何を勘違いしたのか楽太郎がにやにやと笑う。

「受験勉強もいいが餓鬼の内は友達作りの方が重要だぞ。夏休みもまだまだあるんだし遊んで来いよ」

「遊ぶ友達がいれば考えるよ」

「根暗だなぁ。そんなんじゃモテないぞー」

「じゃあモテたいから勉強頑張るよ」

「そうきたかー。その返しの上手さは一体誰に似たんだ?」

 楽太郎と一緒に居れば嫌でもその技は身に付く。そう心の中で返答して冷や奴を食べきるとごちそうさま、と手を合わせた。早々に自分の分の食器だけを持って台所に行くとタライに水を張ってそこに沈める。冷蔵庫からプリンを出すとリビングに戻った。

「じゃあ俺風呂入るから、食器は水につけといてね」

「おー、いつもすまんなぁ」

「家事するぐらいいつでもやるから、漫画の締め切りは守ってね」

「………」

「守ってね」

「…………うい」

 渋々返事をする楽太郎の側にプリンを置く。すると爛々と目を輝かせた楽太郎が神を見る様な目で小助を見た。

「食後にね。まだ冷蔵庫に入れておく?」

「もう終わる!!」

 カカカカカっとご飯を勢い良くかき込み始めた楽太郎の肩をポンと叩くと廊下に出る為ドアノブに手を掛けた。

 あの様子だと今日は風呂に入るだろう。少しでも気が乗らなければ好物のプリンを見ても「あっどうも」としか言わないのが楽太郎である。折角だし疲労をとる入浴剤でも入れようか、等と思っていると名前を呼ばれた。振り向けば楽太郎は箸で器用にプリンを掬っている所だった。

「あのさ、四つのルール、どれか一つでも破った場合はどうなるんだ?」

「破ったら?」

「そう。なんかわっるーい事でも起きるのか?」

 そわそわとする楽太郎に合わせてプリンが揺れる。よくもまぁ落とさないでいられるなと思いながら小助は肩を竦めた。

「そんなの知るわけないでしょ」

 小助のそっけない返答に楽太郎は「なんだ」と口を尖らせるとプリンに集中し始めた。小踊りしながらプリンを口に運ぶ楽太郎の背中を暫く見てから廊下に出た。

 ルールだけは知り尽くしたリボン隠れ鬼という遊び。一体誰が広めたのか。禁止事項を再度思い出しながら脱衣所の扉を開ける。夏の暑さで少し張り付くTシャツを脱ぐと直ぐ目に入ったソレを指でつついた。

 ーー随分詳しいみたいだけどお前はやった事あるのか?ーー

 ーーないよーー

 そう答えたのは嘘ではない。一応機会は2回あったがどちらも自分のミスで逃した。そんな小助を誘ってくれる人はもういない。なのにどうしてだろう。

 「…………コレ……」

 始めたゲームは必ず終わらせなければならない。

 だが小助はゲームを始めた記憶がない。ーーーーーのに、細い二の腕には小さな赤いリボンがあしらわれた髪ゴムがついていた。

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