第81話『神の名に誓う自由──島に春を』
静寂が、島の中心に戻っていた。
空を覆っていた不穏な雲は晴れ、長く閉ざされていた神殿の天窓から、やわらかな陽が差し込む。
剣を手に、勇者・常盤流星は静かに深呼吸をついた。
その足元、砕け散った祭壇の中心に、封印術式の光が脈動している。
その中心──
黒く蠢いていた“夢魔・イゼリア”の姿は、今やか細い人影のように震え、力を失っていた。
「……なぜ、負けたのか……理解できない……」
夢魔は嗄れた声でつぶやいた。
「私はただ、“幸せ”を与えていただけ……それが、なぜ……」
「──あんたの“幸せ”は、誰かに強いたもんだ」
流星の声が、凛と響く。
「現実を無理やり夢に書き換えて、意思を縛って、自由を奪う癒しなんて──そんなの、誰も救えやしない」
イゼリアの目が、細く閉じられた。
一筋の黒い煙が、封印の結界に吸い込まれていく。
「……愚かな、男……」
「そうだよ。オレは愚かだ。風俗に行くたびに煩悩まみれで、女子にどやされて、怒鳴られて……」
リリア、アリシア、ヴァネッサ、ミレーユ──
四人の仲間たちが彼の後ろに並び、口々に叫ぶ。
「それでも、あんたは自分で選ぶ。現実を受け入れた上で、誰かに向き合ってる!」
「快楽に飲まれるだけじゃない……その先に、ちゃんと想いがあるから!」
「だから私たちも、支えるの! あんたが何度転んでも、そのたびに尻蹴って起こしてやる!」
「王家として誓います。彼の自由意志は、誰にも縛らせない……!」
夢魔の残滓が、静かに結界の中へ吸収され、完全に消えた。
封印術式が輝きを収め、ついに“神殿の闇”は終わった。
◆
その瞬間。
神殿の奥、転送の結界の向こうから──一人の女性が、膝をついて現れた。
それは、《神官レイナ》。
彼女は、長らく“神の声”と称してイゼリアの支配下にあった。
その瞳は虚ろで、記憶を取り戻しきれないまま、ゆっくりと顔を上げる。
「……私……?」
「レイナ!」
アリシアが駆け寄る。
レイナは涙を流しながら、自らの胸元を押さえた。
「私……ずっと……“神の意思”が私のすべてだと、そう信じていたの」
「でも……あれは“声”じゃなかった。私自身の声なんて、最初から……なかった……」
流星が、そっと近寄る。
「いいじゃん。これから出せば。今度こそ、あんた自身の声で、さ」
レイナは目を見開き、そして小さく笑った。
「あなた……風俗に通ってるんですってね?」
「……おう、そりゃもう魂込めて」
「──ふふっ……でも、わかる気がするわ」
空気が、軽くなった。
リリアたちは思わず顔を見合わせ、どこか安堵の表情を浮かべた。
「自由に癒され、自由に求める。
それが人の、本来の生き方だったのかもしれない……」
◆
数日後。
アナナス島の神殿は“再出発”に向けて改修が始まっていた。
今度こそ、“癒し”と“信仰”のバランスを取った、真の意味で開かれた施設として。
神殿は「祈りと癒しの共存施設」として再定義され、誰もが訪れてもいい“島の心の拠り所”へと姿を変え始めていた。
流星たちは、それを高台から眺めていた。
「……また、風俗で事件起こしたな……」
リリアがぼやく。
「いや、オレが事件を起こしてるわけじゃない。風俗が、事件を起こすんだ」
「どっちも同じに聞こえるんだけど」
アリシアが本を閉じて、横から真顔で言う。
「そろそろ真面目に考えて。あなた、癒しの旅っていう名目で、王国のあちこちに災害残してるのよ?」
「違うって! 解決してるじゃん!」
ヴァネッサが笑って割り込む。
「でもあんたの剣、ほんと頼りになったよ。ね、今夜は久々に……あたしの部屋で、どう?」
「寝るッ! 今夜は寝かせてッ!!」
ミレーユが笑いながら呆れ声をあげる。
「あなたたち、どんだけ騒がしいの……でも、そうね──この島に“春”が来たなら、それはあなたたちのおかげかも」
やさしい風が吹いた。
波の音が、どこまでも穏やかに響いていた。
煩悩と愛と、自由の旅路。
流星たちはまた歩き出す。
──次なる“癒し”を求めて。
(つづく)




