第67話『支配の香、水に溶ける』
ユルヴァーナ村──かつては豊かな湧き水と美しい女神像で知られたこの地は、今や“逆風俗街”として冒険者たちの間で名を馳せていた。
だがその裏には、恐るべき“支配の香”が潜んでいた。
「……やっぱり、おかしいわ。この村、男たちの目が虚ろすぎる」
アリシアの指摘に、リリアも同意するように頷く。
二人の背後には、ヴァネッサとミレーユも肩を並べていた。
彼女たちは村の水源地近くの岩場に立っていた。そこは村人すら近づかない“禁域”とされる場所だったが、流星の経験則から、こういう場所ほど怪しいのだと判断していた。
「王家の魔術式を展開するわ。ここからは精密分析になるから……少し、静かにしていて」
ミレーユは目を閉じ、指先から淡い光を広げた。
女神のレリーフが刻まれた石壁の前、水面のきらめきが魔法のフィルターによって“霧状の何か”を浮かび上がらせた。
「これは……! まさか、“幻術香”!? それも、サキュバス系の……!」
ミレーユが驚きに目を見開く。アリシアがすぐに確認に回る。
「幻覚作用、記憶干渉、意思の鈍化……これは、夢魔の成分構成と一致するわ。まるで……人間の欲を燃料にする、呪いに近い構造よ」
「つまり──また夢魔の仕業ってことね!」
リリアの声が、どこか怒りを帯びて響く。
「また、あいつらか……風俗を冒涜する悪霊ども……!」
背後で流星が唇を噛んでいた。
「風俗ってのは、癒しであり、現実逃避であり、戦士の再起でもあるんだ……それを……!」
拳を握る流星。その表情は、いつもの煩悩まみれの男ではなかった。
女たちの視線が、ふと真剣なものになる。
「それでこそ、“我らが変態殿”だわ」
ヴァネッサが肩を叩く。
だが、すぐにミレーユの顔色が曇る。
「香は……この水源全体に混入されてる。もう、何年も前からよ。つまりこの村の住人たちは、日常的に“夢魔の香り”を飲まされてるってこと──」
「じゃあ……まさか、“調教された冒険者たち”も、その影響で?」
アリシアの言葉に、皆が息を呑む。
「そう。香によって“支配”されるの。欲望を絶えず刺激されて、“従順な男”が出来上がるのよ」
ミレーユの言葉は静かだったが、確信に満ちていた。
「そして、香の調合者はただ一人──“高位夢魔”だけ。前に戦った“ローズ”とは違う系統かもしれないけど……ここにもいる。間違いなく」
「よし。そいつをぶっ飛ばして、浄化するだけだ!」
流星の言葉に、皆が頷いた。
こうして彼らは、“村の地下神殿”に繋がる古井戸へと向かう。
真の黒幕との戦いは、もう目前だった──。




