第44話『リリア、引き戻しのキス』
──ここはどこだ。
真紅の絨毯。淡い香水の残り香。まるで天蓋のように垂れるレースのカーテン。
濃密すぎる空気に、常盤流星の思考はもはや靄がかかったようだった。
今、自分は座っていたのか、横たわっていたのか、それすら定かではない。
だが確かに、自分の“心の奥”が、何かに囚われている。
(ああ……なんだっけ……)
そんな時だった。
彼の脳裏に浮かんだのは──優しく微笑む、理想の女性たち。
母のような慈愛。初恋の先輩の甘い仕草。
自分の性癖に刺さる“風俗嬢の理想テンプレ”が次々と登場する。
「疲れているんでしょう……」
「もう、頑張らなくてもいいんですよ……?」
「私が、ずっと、癒してあげる──」
心地よい声が、耳元をかすめる。
指先が、頬を撫でたような気がした。
──気持ちがいい。
──安心する。
──このまま、ずっとここにいても……
「……っ……違う」
かすかに、煩悩が呻いた。
流星の中の“どす黒い現実愛”が、必死に叫び出す。
(ちがう、これじゃない……こんなの、風俗じゃないッ!!)
そうだ──
本当に求めていたのは、“現実の女たち”との触れ合い。
たまに口悪いけど飯がうまいエルフのリリア。
堅物だけど心配してくれるアリシア。
ツンデレ王族のミレーユに、ムキムキ性欲女のヴァネッサ。
そういう“温度”と“めんどくささ”こそが──俺が生きてる証だった。
「くそっ……俺はまだ、こっちに戻らなきゃ……!」
その時。
──ズガアァァン!!
豪音が、幻想を貫いた。
扉が吹き飛び、金属音と共に、流星の名前が轟く。
「流星ーーッッ!!!!!」
突入してきたのは、銀髪の美少女──リリア・スノーフォールだった。
レイピアを片手に、荒い息。火花散る瞳。
「アンタ! 何してんのよッ! こんなとこで“とろけて”んじゃないわよッ!!」
バシッと顔を張られた。
「っぐ……! り、リリア……?」
「よかった……まだ戻れる……!」
流星がかろうじて意識を戻しかけた、その瞬間。
ローズの姿が現れた。
深紅のドレスに黒い翼。
優しさを纏った“夢魔”の真なる姿。
「──邪魔をするのですね、あなたも」
「当然でしょ!」
リリアは息を整えると、流星の顔を真正面から見つめた。
ほんの一瞬、頬が赤くなる。
「ごめん、これ……私だって、本当は恥ずかしいけど……」
「へ……?」
「アンタを、戻すためなら……もうこれしかないんだから!!」
──バッ。
彼女の顔が、思い切り近づいてきた。
目を閉じることもなく、流星の唇に、自分の唇を──押し当てる。
ぴたり。
静寂。
「っ……ん……!? ……ぶ、ぶふぁっ……!!!?」
流星、あまりの衝撃に後ろへひっくり返る。
「な、なななななにすんだお前ェェェ!!!」
「アンタが変な夢に落ちるからでしょ!!!!!」
「でもな、キスで目覚めるってのは、ちょっとお約束すぎない!? もっとなんかこう、魔法とかで……!」
「文句言うなバカァァ!!/////」
リリアの顔が赤くなった瞬間、アリシアたちがようやく合流。
「間に合った……って、ちょっと!? 何してるのあなたたち!!」
「リ、リリアが口で俺を……あ、違う、そうじゃなくて──」
「“口で起こした”? なるほど、つまりそういう趣味と──」
「違うわバカ!!!///」
そんなドタバタの中心で。
ローズが、静かにため息をついた。
「……つくづく、あなた方は“現実”に生きているのですね」
その瞳から、感情が消える。
「ならば、あなたも一緒に……沈めてあげましょう、“永遠の快楽”に」
黒翼が広がり、魔力が奔流を成す。
「お前の癒しは──“現実”を殺すものだ!!」
流星は剣を抜く。
仲間が背中を並べる。
「だったら俺たちで、叩き潰すだけだろ……!」
──そして、風俗街《夢魔の館》最終決戦の幕が開く。




