第45話『アリシアの告白と“支配魔法”』
──甘い香りが、空間を満たしていた。
まるで初恋の記憶に沈むような、どこか懐かしい、だけど得体の知れない香り。
それが《ローズ・セレナーデ》という“夢魔の館”に張り巡らされた、支配の香気だった。
剣を抜いた流星と、リリア、アリシア、ミレーユ、ヴァネッサの4人は、
その空気の中にあってなお、意識を保ち、眼前の“悪夢の主”を見据えていた。
──夢魔ローズ。
長く垂れた黒髪、鮮やかなドレス、そして“どこまでも理想的”な微笑み。
彼女は、ゆっくりと語り始めた。
「おかしいと思いませんか?」
ゆったりと、舞うように歩きながら、彼女は言う。
「この世には、満たされない人が多すぎる。
働いても、尽くしても、愛しても、誰も報われない。
ならばせめて、“夢の中だけでも幸せ”になっていいのでは?」
その声に、リリアが剣を構えた。
「それは……現実から逃げてるだけよ!」
「現実に押しつぶされた者の、最後の逃げ場を……あなたたちは“否定”するのですか?」
流星はグッと拳を握りしめた。
「違う。俺はな、“現実”の中で、風俗を楽しんでたんだ。
汗もかくし、金も使うし、断られることもあるけど──
“それでも行く”ってのが……現実の、風俗だろ」
ローズが、かすかに微笑を深めた。
「相変わらず……こだわりますね、あなたは」
そのとき、アリシアが一歩前に出た。
「……ローズ。あなたの魔術には、“型”がある。気づいていたのよ」
「……?」
ローズの瞳が、ゆっくりとアリシアに向く。
その視線に臆することなく、アリシアは語った。
「あなたの力……“夢魔術”は、香りと幻影を媒体にした精神干渉系支配魔法」
「ふふ……ずいぶんと詳しいのですね」
「当然よ」
アリシアは、強く唇を噛んだ。
「……かつて、私の兄も──あなたの“香り”に囚われた」
全員が、息を呑んだ。
「アリシア……」
流星が静かに口を開く。
「数年前。兄は貴族家の長男だった。魔術の才能にも恵まれた人だったわ」
「……」
「でも、ある日突然、“癒し”に逃げるようになった。
《ローズ・セレナーデ》が、まだ裏店として地下で営業していた頃よ」
「……兄貴、戻ってこなかったのか」
「……ええ。心だけは、“永遠の幸福”の中に取り残されたまま」
その声は、静かに震えていた。
「私は、あの館の香りを──一生、忘れない」
その言葉に、ローズは少し目を細めた。
「……ああ、いたわ。貴方に似た、聡明な男性。
でも……それは、わたくしではなく“彼自身”が望んだのです」
「それでも、私は許さない」
アリシアが杖を構えた。
魔力がほとばしる。
「“癒し”の名を騙り、人を籠絡する術。
──それが愛だと言うなら、私はそんな愛、焼き払ってやる!!」
炎の紋章が空中に浮かぶ。
空気が震える。
「私たちは、“現実”を選ぶわ──たとえ、傷つくとしても!」
その瞬間、魔法陣が展開された。
“現実魔法陣”──《精神遮断結界》。
香りを打ち消し、幻影を遮断する“反夢魔術”の大技だ。
ローズの顔が、初めて驚きに染まった。
「……まさか……その魔術を習得していたなんて……!」
「当然よ。兄の仇に挑むなら、その程度の準備はするわ」
その声に、リリアとミレーユも剣と魔術を構える。
ヴァネッサはすでに半裸で筋肉を燃やしていた。
「行くわよ、みんな!」
「突っ込め! 私の剣が、煩悩に火をつける!!」
「癒しってのはなぁ!! “人生のご褒美”なんだよォォォ!!」
ついに、夢魔ローズとの総力戦が始まる──!!




