第18話『護送されるお嬢様、爆誕──その正体は天才魔術士』
貴族用馬車の中は、静まり返っていた。
天蓋付きのクッションシートに腰かけ、背筋を伸ばした少女は、窓の外に目もくれず、膝の上の書物に目を通していた。
「“空間座標転位陣式の第六法則は、実際の次元歪曲をともなわずに――”」
声に出して読むのは、完全に習慣のようだった。
無意識のうちに魔力の制御を行うその佇まいは、まさに“王都の魔導学院主席”の名に相応しい気品があった。
だが──
「なあ、王都の“癒しエリア”って、やっぱ貴族向けと庶民向けで違うのか?」
「……うるさい」
「リリアはどっちが好き?」
「質問の意味がわかんないけど、とりあえずあんたは黙ってて」
「アリシアは……」
「お前、本気で叩くわよ?」
馬車の外、隣を歩くリリアとアリシアが即座に警戒を発し、流星は苦笑いしながら引き下がった。
その様子に、馬車の中の少女──ミレーユ=エトワールは、ようやく本から顔を上げ、ため息をついた。
「ほんっと、うるさいわね……」
扉がカラン、と開く。
馬車の天窓から顔を出したミレーユは、流星に鋭い視線を向ける。
「ちょっと。いい加減静かにしてくれない?」
「いや、別に俺の話で馬車が揺れてるわけじゃ……」
「あなたみたいな凡人、空気を震わせることすら価値がないわよ」
「お、おう……」
あまりの一刀両断に、流星が小さくなった。
横で見ていたリリアが思わず吹き出し、アリシアも肩をすくめる。
「……あれはあれで、完璧すぎて怖いわね」
◆ ◆ ◆
その日の夕方、旅籠の離れでキャンプを張ることになった一行。
焚き火を囲む中、アリシアが静かに話し出した。
「実は……今回の護送任務、かなりデリケートなのよ」
「ほう。まさか護送対象が王族絡みとか──」
「正解」
「えぇっ!?」
リリアが焚き火に薪をくべながら説明を加える。
「ミレーユは、“エトワール公爵家”の嫡女で、母方が王家直系。
つまり、王位継承権を持つ“血族”でもあるの」
「ま、マジでか……!?」
思わず流星は焚き火の火箸を落とした。
「じゃあ……なんでそんなのを俺らが……って、ギルドも知ってて任せたのかよ!?」
「裏に動いてる勢力を牽制する意味もあるのよ。
正規の騎士団だと、あまりに目立つから。
“外部冒険者による護送”は、その裏をかく手段として有効なの」
アリシアはまっすぐ焚き火を見つめながら呟いた。
「……それに。
“暗殺者”が既に王都周辺に潜伏してるって情報も入ってる。
今回の旅は、文字通り“命がけ”なのよ」
流星は、しばし黙って火を見つめた。
その焔の中に、何かを見たように。
「──なるほどな」
「怖くなった?」
「いや。むしろ燃えてきた」
「また、そうやって……」
アリシアが眉をひそめる。
「正直、護送とか命がけとか、昔の俺だったら絶対に逃げてたかもしれないけどな。
……でも今は、仲間もいるし。あと、王都の風俗街にも行きたいし」
「台無しだわ、最後の一言が」
アリシアがすぐにツッコんだが、リリアはクスリと笑って言った。
「でも……そんなあんたでも、護りたいって思ってくれるなら、少しは信用できる気がする」
そのとき、馬車の中から魔力の気配がふっと漏れた。
ミレーユは静かに天窓を閉め、焚き火の気配に耳を傾けていた。
(バカみたい。でも……)
──彼の言葉は、ほんの少しだけ、胸に残った。




