第15話『風俗と誠実、両立できるか?』
戦いの終わったローデル村には、静かな時間が流れていた。
村人たちは傷の手当てをしながら日常を取り戻し、流星たち三人は一軒の空き家を仮の拠点として借りていた。
──その日の夕暮れ。
流星は、湯を沸かした木桶風呂に浸かりながら、湯気越しに空を見上げていた。
「……はあ~……生きてるって感じするわ」
背後から足音。
振り返ると、アリシアがタオルを持って立っていた。
「……あら、ちゃんと湯を沸かしてたのね。感心」
「ちゃんとって。命張って戦った後くらい、風呂くらい沸かすわい。ほら、あんたも入れば?」
「遠慮しておくわ。混浴なんてごめんです」
「え、俺入ってるって知らなかったんじゃ……?」
「わかってて来たのよ。あなたがどこで風呂に入るかくらい、監視の意味も含めてね」
「それってもう俺のヒロインポジやん……」
「うるさい」
アリシアは、風呂桶の縁に腰を下ろし、タオルで腕を拭きながらぼそりと呟く。
「ねえ、流星。あなた、本気で言ってたの? “風俗と誠実は両立できる”って」
「本気も本気。俺、全力で言ってる」
「私には、どうしてもそう思えないの。……“誰か一人を本気で好きになる”ってことと、“お金で関係を買う”ことが並び立つとは思えないわ」
──その声に、流星はまっすぐ言葉を返した。
「……わかるよ。普通、そう思う。
でもさ、“誰かを本気で好きになる”のと、“疲れた心を癒す手段を持つ”って──同じくらい、大事じゃないか?」
「癒す、ね……」
流星は湯に手を沈めながら、静かに続けた。
「俺にとって風俗は、“合意”と“敬意”がある場所なんだ。
女の子もプロで、俺は客として礼儀と対価を払う。嫌がる相手に無理やり何かするわけじゃないし、“好き”って感情を乱暴に扱うこともない」
「……でも、誰かを本気で想ってたら、他の子に触れるなんて……」
「だったら訊くけど──“風俗に通ってる人間”は、誰かを好きになっちゃいけないのか?」
アリシアの瞳がわずかに揺れる。
「俺はそうは思わない。“癒し”と“恋”は、全然別物なんだ。
誰かを愛するって気持ちは、ちゃんと真面目に抱けるし、同時に癒しも必要なんだよ。
だってさ……好きな人に会うとき、ボロボロの心より、ちゃんと整えて会いたいじゃん」
沈黙が落ちる。
夕陽のオレンジ色が、二人を淡く染めた。
「……あなた、ずるいわね」
「ん?」
「そういうことを、こんなタイミングで言われたら……少し、ぐらっと来るじゃない」
「ぐらっと?」
「……なんでもない!」
アリシアは立ち上がり、くるりと背を向けた。
だがその耳は、ほんのり赤く染まっていた。
「でも……少しだけ。
“風俗に通ってるから不誠実”って決めつけるのは、やめようかしら」
流星は、驚いたように目を見開いた。
「えっ、それって──もしかして俺のこと……」
「だから勘違いしないでって言ってるでしょ!」
「でも、嫌いじゃなくなったんだろ?」
「今、好きとも言ってない!!」
「でも嫌いじゃなくなったんだろ!!」
「うるさい!! あと全裸で話しかけるのやめなさい!!」
「すんません!!」
──バシャッ!
飛び上がった湯が、夕陽に照らされてキラキラと舞った。
こうして、アリシアの心の氷は、ほんの少しだけ、溶け始めた。




