王都ロンディルム(裏) Ⅰ
聖女さまとマーガレット姫たちと別れ、流れるように歩いて向かったのはこの東街区の中でも貴族が住む高級住宅街……その中にある公園区画だった。
「……」
ちょうど昼時故に人も疎らで、誰もこちらを気にしてないことを確認し、俺は魔法で身を隠して木々の陰に潜り暫く歩く。
やがて目的の場所に近付いたと思えば、ブンッと聞きなれた風切り音が響いてくる。
バレないように改めて魔法を張り直し、さらに気配遮断や視線誘導、さらには遮音結界といったものもかけて恐る恐る近付き目を向ければ、
「せいっ‼せいっ‼」
綺麗なプラチナの短髪で、まるでお手本のような綺麗な太刀筋の素振りをこなす少年のような姿がそこにあった。
「……元気そうだな、クイン」
ポツリと呟くが彼には絶対に聞こえない。いや、聞こえてはいけない。例え目の前の少年が、自分自身の血の繋がった唯一の兄弟であろうとも。
何故なら少年……クイン・フォン・グリフォルムは俺、アルゼイ・フレードリクが血の繋がった兄であることを知らない。
いや、正確に言おう、そもそもクイン自身が自分に兄がいることを教えられていない。
俺はスラムで産まれ、スラムで育った。少なくとも数年前……親父に初めてこの王都ロンディルムに連れてこられるまでそう認識していた。
だがあの日、王都の子供なら誰もが行うという魔力登録の儀式を、スラムの人間とはいえ、商会の一員になるとして戸籍を得るために行ったそれで、俺自身の戸籍が既に登録されていて、しかも死亡届を出されていたということを。
そして知ったのは、俺がこの国でも指折りの名門貴族であるグリフォルム侯爵の側室の長男であり、侯爵が俺の黒髪黒目、そして魔力を確認した際に魔族の魔法である闇属性に適正があったこと、俺自身が魔族の特徴を引きすぎてることが理由に、使用人にメギリムのスラムに俺を捨てさせたという。
俺を産んだ母親は、俺が魔族の特徴を引きすぎてる事に精神を病み、父が俺をメギリムへと捨てる数日前に自殺したという。
その事を事情を確認するために呼ばれたグリフォルム侯爵本人の口から聞かされ、そして同時に半分だけとはいえ血の繋がった兄弟が居たことを告白された。
「せいっ‼っ‼」
そしてそれが目の前にいるクイン・フォン・グリフォルム……否、男装した少女であるクインティア・フォン・グリフォルムであり、グリフォルム侯爵家の唯一の後継者だ。
この世界では女性貴族が当主になることそのものは珍しいが無いわけじゃない。中には女系血統が強い貴族もいるし、騎士団に入団すればその時点で名誉という呼称が前につくが貴族階級の最低位である騎士爵位を貰え、土地持ちじゃない騎士も含めれば国内貴族の約二割が女性当主だ。
「……毎度思うが、なんで男装なんてしてるんだか」
だから彼女がわざわざ男装する意味なんてほとんどない。だというのに俺が知る限りほぼ毎日のようにこの公園の人目につかない奥のほうで男装して剣術の訓練をしてる姿に、少しだけ疑問には思った。
「……いい加減、隠れて見るのはやめてもらえませんか」
そう思った瞬間、まるで狙ったようにそう俺の居る方向を睨み付けながら呟いてくる。
「……やれやれ、毎度毎度姿は完全に隠していたと思ったんだがな」
バレてる事に呆れ、そして同時にどうやって感づいてるのか疑問に思いながら発動していた魔法を解除する。こうなるのは俺が彼女の事を知り、そして初めて隠れ見たときから毎度の事で、今回で百は超えただろうか。
「一応聞くがどうして気づいた?今回は視線誘導に気配遮断、さらに遮音結界まで使ったんだがな」
「ええ。気配も音も感じませんでしたが、日から射した陰の違和感で気づきました。闇属性魔法で陰を扱う魔法が得意な貴方にしては珍しいミスですね」
なるほど、そういうことならば理解はする。するが同時に、
「つまり素振りをしながら周囲を観察できるほど手を抜いていたってわけか。しかも俺は素振りしてるところからちょうど死角になる場所に居たんだが」
「う、それは」
図星をつかれて動揺する少女に、頭を掻きながらため息をつく。
「そんなんで騎士団入隊試験は合格は不可能だろ。特に女性騎士は倍率も凄いが、入隊試験に求められる必須技能が男より多いって聞く」
少なくとも武器術や体術といった肉体的な素養に、女性特有の礼儀作法、使えるのなら魔法の才能これらは男性にも同じものを求められるが、女性騎士の場合はそこに見た目の良さも加わる。
現代日本で考えればルッキズム差別だと言いたくなるが、女性騎士の活躍の場には王室の王妃姫君並びに王宮で働く女性の警護やその相談役……つまりは相談相手というものがある。
勿論よっぽど戦いの技能が優れていればそれを無視することもあるが、大概相談されたい人間とは、基本的に容姿が優れているほうが多くなるのは当たり前だ。
「うちのスピネルはその意味じゃ、その全てを持ってた側のやつだ。容姿は充分すぎるほど美人で、二刀短剣術と全基礎属性魔法を扱え、それでいて狼人族の身体能力とエルフ族の魔力量を兼ね備える……うん、普通にどう考えても化物スペックだな」
おまえはなろう系主人公か、と言いたくなったが、現実になろう系主人公みたいなことをやってる俺にはそれを言う権利はない。
「ま、半分は冗談だがな。物事に向かって一直線で周りを見てないよりはだいぶマシだ」
「あ、ありがとうございます……ところで、今日はなんでこっちに来てるんですか?商会の長を解任させられたとか?」
「んなわけあるか、王様から呼び出しだよ。ま、その前に野暮用を片付けるついでに見に来ただけだ。居なきゃすぐに用事のほうを済ませてたさ」
嘘は言ってない。この血の繋がった妹を見に来た半分、リュスクが向かったであろう暗殺者の組合というか寄合所みたいな場所がこっちにあるから、マーガレット姫を狙ったのがどこのどいつか調べる目的が半分だ。
「そうですか……毎回ですがこちらに来る度にここへ来なくてもよろしいのですが」
「そうか?ならそうするが」
「……えぇ、許されてるとはいえ貴方は裏社会で一つの街を仕切る者、騎士を目指す私が一緒に居れば、万が一の事もありえますから」
なるほど、たしかにその通りだ。
「わかったよ。そういうことなら次来たときからはここには立ち寄らないことにしよう。ま、スピネルが俺とちょくちょく会おうとしてるから、そういう意味では問題ないかもしれないがな」
「……失礼ですが、スピネル様は貴方のことを随分と慕っておりますね」
「妹分だからな。ま、色々あって好意は持たれてるし、結婚したいなんて言ってるが、悪党の俺にそのつもりはないさ」
スピネルはまだこの世界での成人を迎えてないから、はしかに掛かったか、恋は盲目みたいなもんなんだろう。仕事に障りがないだけ充分マシだ。
「……そうですか」
「何か言いたいことでもあるのか?」
「いえ別に。そんなことよりも、王に呼ばれているのならさっさと用事を済ませて城へと向かうべきでは。立場上自由に入れるらしいですが、王を待たせるなど無礼に当たりますよ」
「そうだな。ま、あの王様がそんなグチグチ言うとも思えないが、無礼でギロチン行きになるのだけはごめんだよ」
俺はそれだけ言うとひらひらと手を振って踵を返す。
「……」
そんな俺のことを、繋がりを告げてない妹が胡乱な目で睨んでいる事など知りもしないで。




