王都ロンディルム(表) Ⅰ
一週間と少しの馬車の旅を続け、私たちはようやくこの国の王都、ロンディルムの街門近くまで到着した。
「馬車で約十日、分かってはいたけど、かなり遠い、ですね」
「そうですわね。とはいえ、魔王軍との戦争が終わったこともあって、魔獣がほとんど出なかったのは幸いでした」
「……それは、スピネルさんの、狼の眷属が追い払ってた、だけ」
ルル=クトが呆れたようにスピネルをジトリとした目で睨む。事実、スピネルは神獣である森狼『フォレストフェンリル』と契約しており、フェンリルの眷属である狼をも幾らか使役している。
なので彼女が側にいる時、かつ繁殖期でない時に限ってはその使役された狼によって盗賊や山賊、ひいては中位程度の魔物であれば簡単に処分できてしまうわけだが、
「ルル=クトにはまだ神獣について話してないはずだが、なんで知ってるんだ?」
そう、アラエル商会に入ってすぐの彼女がフェンリルと接触したこと、そして普段から口の固いあの神獣について誰が話したのだろうか。
「神獣フェンリルさま、と直接話をした。スピネルさんから、フェンリルさまと似た魔力の波、感じた。周りの森からも」
「へぇ、魔力を知覚できるのか」
恐らく聴覚だろうか、確かに契約したもの同士の魔力は似かよる性質があるのは聞いたことがあるし、それが神獣フェンリルのものだとすればその似かよりは特殊なものになるのも分かる。
「けど、フェンリルが他人と話すなんて珍しいですね。兄さんはどうですか」
「だな。あれは基本的に大人しいし無口だから、一応俺の部下とはいえ他人と話をすること、そのものが極端に少ないどころか皆無だったと思う」
「神獣フェンリルさま、曰く、私自身が神獣の直系、血筋らしい。魔族側らしいけど」
その言葉に少しだけ驚く。神獣の直系の血筋、その言葉が事実であるのなら、それはつまり彼女は神獣と人間の子ということになる。
「でもフェンリルさま、その直系の祖になる神獣は、200年ぐらい前にこの世から去った、言ってた」
「それは、つまり死んだってことですか?」
「いや、本来ならそうとは限らない。神獣は基本的に死ぬことはないし、仮に死ぬとしてもその姿と変わらない種族……神獣フェンリルなら狼系の獣と子を成して、その子に自分の知識と記憶を受け継がせてから死ぬそうだ」
そうすることで神獣としての使命や既存の生息地の環境の保持をするのが、神獣そのものの役割だ。
それは私が勇者パーティ時代に会ったことのある龍の頂点である神獣『ジズ』や、魔族側ではあったが海の暴君として知られていた『リヴァイアサン』も同じらしく、調べた際にそれぞれ最短で三百年から八百年前後で継承を繰り返しているという。
「けど、フェンリルさま曰く、私の祖である神獣、完全に潰えた言ってた。他に直系の気配、ここ百年近く感じたこと無いって」
「えっと、つまりルル=クトさんは今現在、その消えた神獣の血を唯一継ぐ子孫ってことになるんですか」
私の問いに彼女は恐らくという感じで頷き、そしてそれを見たアルゼイさんの表情が微妙なものへと変わった。
「あら、その様子ですと何か問題があるように見えますが」
「……まぁ問題があるといえばそうというか、問題がないと言われればそうというか、なんとも微妙なものがありまして」
「煮え切らない言葉ですが……あぁ、なるほど確かにその通りですわね」
まるで百面相のように表情が変わるアルゼイさんを不思議に思ったマーガレット姫だったけど、ふとアルゼイさんが向けた視線に気付き、そしてそれに納得してしまった。
が、私にはそれが意味不明で、ちんぷんかんぷんで、察しがよくないために聞き返すことにした。
「えっと、どうしてスピネルさんを見て納得するんでしょうか」
そう、アルゼイさんは向けた視線の先にはスピネルさんが居た。確かに神獣フェンリルと契約はしているが、だからといってそれがどう問題なるのかまでは分からなかった。
「……基本的に神獣と直接的に関り合いのある存在同士が近くに存在すること、それそのものがかなり不味いことなんだよ」
「そうなんですか」
「えぇ。神獣はその存在そのものが周辺の環境や魔力に影響を与えると言われております。ですから、そんな神獣が一つの地域に密集して存在してしまうと、それだけで周辺環境に悪影響を与えてしまいます」
その被害は下手すれば今までの人間と魔族の戦争に匹敵するぐらいになりかねず、神獣同士もそれを理解しているからこそ、よっぽどのことがない限りは他の神獣と関わることはないという。
「だから神獣と契約した者や神獣の血を引く存在……いわゆる『神獣の巫女』なんて呼ばれる存在も近くにいることがあんまり薦められないんだよ。分かりやすく言えば、神獣からすれば自分の領域に勝手に他の神獣の手下がやってきたようなものだからな」
「いわゆるヤクザ言葉で言うところのシマ荒らしとかいうやつですか」
「あー、まぁ……意味合い的には少し違うが、今はそういうものだと思ってくれれば良い」
私の言葉になんだか歯切れが悪そうに答える彼に首をかしげるが、同時に今まで進んでいた馬車がゆっくりと止まり始め、同時に扉から御者の手伝いをしていたジャックさんが入ってきた。
「なんだジャック、御者見習いは終わりか」
「うっす会長。とりあえずもうすぐ壁内に入るそうですから、護衛役としての仕事に専念しようかと」
「まぁだろうな。しかし、まさか入って一年も満たないお前が、見習い相当とはいえ馬車の御者役ができるとは思わなかったぞ。それも王族の馬車の手綱が握れるぐらいの」
そのアルゼイ会長の言葉にジャックさんはなんのことはないと言わんばかりの笑顔で答える。
「まぁもともと自分は親父……もとい宰相の息子っていっても引き取られた養子ですし、本来は他国で騎馬民族に馬を卸すための馬を育ててた家系だったんで、馬の扱いに関しては幼い頃から馴れてるのもあって一家言あるんですよ、国は滅んじゃいましたけど」
本人曰く、なんでも宰相閣下の親友から、もしものことがあればと引き取ってもらえるように頼まれていたらしく、そこから色々あって宰相閣下の養子として次男となり、うちとの橋渡し役として商会に入ったそうだ。
「けど、流石は王族の使う馬車を担ってる馬だけあって頭も良いし人馴れしてる。それでいて手綱を握っても、癖もなければ暴れることもない、良い馬を使ってるのが良く分かりますよ。親父が個人所有してる馬とも引けをとらないっす」
「ありがとうございます。ですが、騎馬民族に卸していたのなら、大人しすぎて逆に物足りないのでは?」
「そういう馬は軍馬とかそっちのお仕事ですよ。むしろ用途に合わせてしっかりと選ばれた馬を使っている、ちゃんと馬に目が肥えた人間の丁寧な仕事が良くわかりますよ」
愛おしそうに話しているが、そんな彼が戦いにおいては鍛練だろうが一切容赦なく、鍛練用グローブを着けたうえで笑顔で脇腹や延髄といった急所を容赦なく撃ち抜いて気絶させる問題児であることを、私は治療役として、そしてたまに参加しているからよく知っている。
「言っておくが、うちの商会で馬は扱わないからな。というか、メギリムで馬屋をできるような土地も飼い葉を集積しておくような場所もないんだからな」
「えー、でも会長、馬があればうちの商会だけで完結して商売できるじゃないですか。下請け使わなくて済みますし、経費削減になるんじゃ」
「その削減した経費が馬の維持管理とそれに関係する経費に変わるだけだよ。そもそもうちの収入のメインは塩の製造と海洋貿易だってのは、戦闘班の連中だって重々知ってるだろうが」
そう、彼の言うことはヤクザ組織としては意外ではあるが、まっとうな交易貿易のみなのだ。
もちろん歓楽街の運営やその警備、衛兵隊との連携やその関連事業など、普通の商会としては首をかしげるような内容のものも幾つもあるが、それでも利益の約七割は表側の商業利益が占めているのは、書類仕事もこなしてきたから知っている。
しかも基本的に活動範囲もメギリムとその周辺以外には出ておらず、王都での活動も表の承認としての活動のみで裏でのそれは全くしていないそうだ。
「それに何より、馬を扱うって簡単に言うが、それがどれだけ土地と費用が要るかなんて、俺以上に知ってるだろうし、何よりおまえの親父さんが許さないだろ」
「う、そうですね……少なくとも今のメギリムじゃ無理です。そのための開墾するにしても山に覆われてるような土地ですし、開墾どころか整地のレベルになりますよね」
開墾整地するとなると本当に国の事業になるため、いくらアラエル商会が資金を持っていたとしても簡単に国が良いとは言わないのは、その手の政治に詳しくない私にもわかる話だ。
「そういうことだ、ちょうど良く中に入れるようだし、今はその事は忘れておけ」
彼がそういう通り、というかマーガレット姫様が使う馬車だからか、たどり着いた外壁の門はスルリと開き、私は改めてこの国の王都『ロンディルム』へと入都した。




