調査と姉と
「あら、帰ったのね。」
家に入ると丁度階段を上りかけていた母が振り向き言った。
「うん。」
私も階段へ向かいながら返す。
「お母様、前も聞いたけれどお姉さまのことでまた何か気が付いたことはある?」
母にもたれかかりながら尋ねる。
「もう、危ないわよ。」
母は呆れながらも体を預けさせてくれる。
「そうね。フロミス………。ああ、そうだ。大量の手紙をね、処分してくれとメイドに頼んだというように聞いたわ。」
「手紙……。」
母曰くまだ処分はしていないらしいが、もうすぐ燃やしてしまう予定だという。その前に調べたほうがよさそうだ。
「あと。馬鹿な噂も届いたわ。」
母は、扇で顔を仰ぎながら嫌そうな顔をして言う。
「ああ。」
ついに母の耳まであの噂が届いたらしい。母もおおよそのことは察しているのだろうが、私は深くは聞かなかった。
階段を上りきると私はお母様から体を離す。そして自室ではなく処分したという手紙を見るために処分場へ向かった。そこにはジーク様からのお礼状とアベリア様とのたわいない出来事を報告しあっている手紙の2種類があった。
「お姉さま…。」
私はアベリア様からの手紙を拾い上げ、勢いよく処分場を後にし、自室へと走った。
そして自室に手紙を隠すと、私は意を決しお姉さまの部屋の前まで行く。部屋からは物音がせず静かでシーンとしている。コンコンと戸を叩く。
「はい。」
小さな声で返事がある。フローラはその声を聴いて、戸を開け中に入る。
中に入るとお姉さまの姿が見えなかったがきょろきょろの中を見回すと、ベッドの上で蠢く毛布があった。
「お姉さま、お休みになっていたのですか?」
そう声を掛けながらベッドへと向かう。
するとばさっと毛布が剥がれ、フロミスお姉さまが姿を現す。
「ああ、フローラだったのね。」
お姉さまは笑顔を見せる。しかし今のフローラにはその笑顔が無理してつくられたもののように感じて辛かった。
「どうしたの?」
お姉さまは言葉を続ける。
「いえ、お姉さまと最近おしゃべりをしていないなと思いまして。」
フロミスは、高等部に通い出してから何かと理由をつけ家族に会うことを拒んでいた。おそらく自分の弱っている姿を見せまいとするためだ。
「ああ、そうね。ちょっと勉強が忙しくてね。」
フロミスはベッドから起き上がりながら、言う。
「あとの方が良いですか?」
フローラは優しく尋ねる。
「いいえ、大丈夫よ。お茶でもしましょう。」
フロミスは立ち上がり、服を整える。そして私の手を引き、談話室へと向かうべくドアに手を掛けた。フローラも姉の後を追い、ドアまで続く。
階段を降り、談話室まで向かうとメイドにお茶の用意を頼む。
「それでフローラは最近何をしているの?」
フロミスは、明るい声で妹に話しかける。
「えと。」
フローラは言い淀む。
最近は専らお姉さまたちのことを考えていたからだ。しかも今は聞きたくないであろうアベリア様の妹とジーク様の弟と一緒にお茶をしたなんて言ったらお姉さまを余計に傷つけるかもしれない。そう少し思案しフローラは答える。
「最近は、街に出かけたりしました。」
一応本当のことを答える。
「そう。町は賑わっていた?」
お姉さまは楽しそうに話す。
「はい。お祭りの季節ですから。」
祭りとは町の中央に植樹し、成長した巨大な木に願い事を書いた紙を括り付けるというものである。そしてそれを一か月後に燃やす。空に届くその火の煙が長く伸び、月に届き願いをかなえると言われているのだ。何か珍しいことが起こるわけでもないが、この祭りは長いこと続いており願い事だけでもと掲げに来る人が大勢いるのだ。
「ああ。そうだったわね………。」
お姉さまは寂しそうな顔をする。去年、アベリア様と一緒に行ったことを思い出しているのかもしれない。
そしてお姉さまは紅茶を一口飲むと、私に願い事を掲げに行ってほしいと頼んだ。
「お姉さまが行かなくていいのですか?」
「ええ。ちょっと忙しいから。」
そう言ってメイドに持ってこさせた紙にさらさらと書くと私に差し出した。
「平穏を」
そう書かれた紙を見て私はきゅっとなった。
しかし聞かなくてはいけない。そうしなければ前には進めない。
「お姉さまは、最近アベリア様とはどうですか?」
「そうね。特に変わりないわよ。」
笑顔で言うが、手に持ったカップの面は震えている。
「そうですか。ではジーク様とは?」
「そうね………。」
たて続けに聞いたからか少し言い淀む。
そしてお姉さまはやはり変わりないと答える。私はそれを聞き、少し踏み込まなければと思う。
「あの、お姉さま、私変な噂を聞いたんです。」
そして嘘をつく。ジーク様とフロミスお姉さまの婚約がなかったことになるという話を聞いたと話した。
「そう。そんな話はないから安心しなさい。家名に泥は塗らないわ。」
お姉さまは黙って聞くとそう静かに言い放った。しかしお姉さま自身の気持ちには触れない。
「お姉さまのお気持ちはどうなんですか?」
私はたまらずに聞いてしまう。私の話した噂は嘘だとしてももしも婚約が白紙となったらどう思われるのか。ジーク様のことはどう思っているのか。私はそこが聞きたかった。
「どうも何も……。家のことだから。でもそうね。それは悲しいわね。」
お姉さまは一点を見つめ言う。
「お姉さまはジーク様をお慕いしていますか?」
お姉さまの袖を引っ張り私は、お姉さまの顔をこちらに向かせる。
でも私はお姉さまの顔をしっかり見られず、下を向きそう尋ねた。
「どうしたの?今日はぐいぐい来るわね。」
お姉さまは相変わらず笑みを絶やさない。
「でもそうね。私がジーク様をお慕いしているのかどうか………。」
お姉さまはすぐには答えなかった。
しばらくの時間がたったのちこう答えてお茶会は終わった。
「好きも何も、家同士が決めたことだから。私は彼を慕っているかと聞かれればハイとは言うわよ。」
私はお姉さまのその言葉にそうですか。としか返すことができなかった。