57話:冬の沖縄旅行と母の遺言
ちょうど食事の時間に行けた。すると、キャベツを一生懸命抑えながらモグモグしている可愛いいマナティーの姿を見ることが出来た。水槽が、上からも横からも見れた。また、マナティとジュゴンの違いなどの説明も良かったです。
その後、おきちゃん劇場へ行き、イルカの豪快なショーを見て、楽しんだ。その姿を見て、イルカのジャンプ力や賢さが、感動的だった。13時頃に出発して海沿いを南下していった。その後、恩納村からうるま市方面へ向かった。
そうして約1時間程で、沖縄こどもの国に到着。入園して、キリン、ゾウ、イグアナ、カバなどの檻を見て周り、そのたびに写真を撮った。その後、一休みして、水分補給をして、園内を走る汽車に乗り込んだ。
さらに、ライオン、ワニなども見て、15時半過ぎに沖縄こどもの国を出発してアメリカンビレッジへ向かい、駐車場に車を入れて、アメリカンビレッジに入った。そこの名物の観覧車に乗って遠くの景色まで一望できた。
その後、いくつもの店を見て回り、16時半頃、カフェに入って、アイスクリームと珈琲を飲んで一休みした。そして、17時頃出発して、南下して、18時前に、泊港に立ち寄り、ホテルの上層階のレストランに入り、上からフェリーから降りてくるお客さんの姿を見ていた。
そのうち、お腹がすいて、夕食をたべなら、遠くに見える景色を眺めらながらバイキング形式の夕食を食べ始めた。海を見ていると不思議に心が安まる気がして、とても気持ちが良い。女性達は、デザートが、好きでいろんな種類を持ってきて味を批評していた。
そして、店を出て、レンタカー屋に立ち寄り、車を返して精算を済ませて、徒歩5分でホテルに帰って来た。その後、風呂に入ってから、その晩も冷蔵庫に冷やしたオリオンビールを飲んで、多くの話をして22時前には、眠りについた。
翌日、今日が、沖縄から、帰る日となった。8時に朝食を済ませて、もう一度、荷物を点検して、ホテルの精算を終えた。モノレールの県庁前駅から那覇空港へ向かい9時には空港の航空会社で、便を確認して、ターミナル近くのカフェで、出発時間まで待ち11時の便に乗った。
13時半頃に羽田空港の到着。エスティマを近くの駐車場に取りに行き、精算して、みんなを乗せて、武蔵小杉近くで雨宮時雄一家3人を降ろして、新横浜の家に、帰って来た。しばらくして2015年となった。
2015年8月25日、早朝、証券会社の担当者から日本ビルファンドの気配値が、496000円で安いので買いと助言され同意し、雨宮ほたると雨宮朋子が、100株ずつ、成り行き買い注文を出した。
すぐに雨宮ほたると朋子が、100株を4960万円で買え、雨宮ほたるの残金が、6440万円、雨宮朋子の残金が、8380万円となった。
こうして、2015年も秋となり、やがて2016年を迎えた。
今年も雨宮一家5人で、近くの神社に初詣に行き、家内安全と投資成功、孫の雨宮良雄の健やかな成長願って来た。その後、2016年4月26日、早朝、証券会社の担当者から日本ビルファンドの気配値が、708000円で高いので売りと助言され同意。
雨宮ほたるが、全株成り行き売りを指示し全株100株を売り税引き後利益6550万円となった。その結果、雨宮ほたるの残金合計が12990万円となった。雨宮朋子の残金合計が14925万円となった。
4月8日の朝、上田の雨宮本家から、雨宮ほたるの母、雨宮照子が、容体が悪いので、入院したと電話が入り、雨宮ほたるが、車で、上田に向かい昼頃に、入院先の東信病院についた。その時、雨宮照子さんが、2人だけ話したいと言った。
そこで2人を残し、全員が、病室の外に出た。その時、雨宮照子さんが、お前は、以前、私たちの住んでいた離れの奥の部屋を見たよねと聞くので、はいと答えると。
実は、あそこに残してある資料は、大事な物であり、是非、お前に保存して欲しい。ただし、その中身について口外することは、やめてくれ。貴重な品が、いくつもあり、見る人が見れは、その価値の高さに驚くだろうと語った。
本当は、残しておきたいのだか、もう、後世に残しても、あまり意味がないかもしれない。だから、売って、何か人様の役に立つように使って欲しいと言った。もう、既に、遺言書は書いたと言い、そこの引き出しに入っていると告げた。




