遠距離恋愛
「真野さん、今月の新規店舗、38あるから忙しいよ」
3つ上のTL(チームリーダー)から声を掛けられて、「ひゃ〜」と咲奈恵は軽口で返す。咲奈恵が派遣で入った時から世話になっている上司で、正社員になった後も、彼の下で働いている。
咲奈恵の会社はセキュリティシステムを、開発、製造、販売している。その中でも金融機関の無人化店舗、いわゆるATMやCDコーナーの自動制御装置が一番の主軸を担っている。時間によるシャッターの自動開閉や、不審者の侵入監視、空調設備やATMの稼働状況などを監視するシステムだ。
カメラやセンサー、制御盤や制御システムのソフトに至るまで、全てを自社に於いて製造、販売しており、営業所は名古屋、大阪、九州にあり、工場も小さいながら自前で持っている。
「今月、年休の予定あるなら、早めに教えてくれるかな」
「大丈夫です。今月は予定ありません」
「助かるよ。じゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
彼のチームは設備の施工を担当しているで、朝出掛けてしまえば夕方まで戻ることはない。咲奈恵は、施工に必要な部品の発注や在庫管理、施工場所の資料の作成、商品のカタログ等の管理、車の保守整備の管理など、施工チームの後方支援を担っている。地区ごとにチームが分かれているので、あといくつか同じ様なチームが存在している。
咲奈恵は木之内とのツアーの際、かなり無理を言って年休を取らせてもらった。本番自体は土日に組まれていたので問題なかったのだが、熊本や仙台など、遠くの公演の際は月曜日に休ませてもらったり、打ち合わせやゲネで半日休ませてもらったりしたのだ。
東京公演の際は、会社のメンバーも何人か聴きに来てくれて、陰ながら応援してくれている。しかし、仕事となるとやはり話は別で、当分は会社に迷惑が掛かる年休は控えざるを得ない。
ランチの時間になり、隣のチームの咲奈恵と同じ業務を担当している阿藤と、会社の近くの定食屋に落ち着いた。阿藤は、咲奈恵より2つ上の先輩OLである。気さくな性格で、女性特有の仲間意識もないタイプで、友達の様に仲良くさせてもらっている。
「真野さん、私、今度の3月に会社辞めるわ」
「えっ! えー! どうしたんですか!?」
「ふんっ」
と言いながら阿藤は、咲奈恵の顔の前に左手をかざした。なんと、その薬指にリングが光っている。
「えっ、とうとう、大阪の彼と!? 聞いてない〜」
阿藤は1年前から、大阪在住の会社員と遠距離恋愛していたのである。散々、恋愛相談に乗ってきた。というより、愚痴を聞かされてきた。
「真野さんが全国行脚してる間に、……色々とね」
「え〜」
「実は……」
と言いながら、今度はお腹が大きくなるしぐさを、机の下でこっそりした。
「赤ちゃん、なの?」
「まあね。予定外だったけど、踏ん切りがついたわ」
「大阪に行っちゃうの?」
「うん。あっちに彼の実家もあるし、いざという時に頼れるから」
阿藤は北海道出身で、両親も北海道にいる。いざという時に頼るには、少々距離が遠い。
「会社辞めなくても、大阪営業所に異動願い出せばいいのに」
「うん、それも考えたんだけどね。何もかも生活変わっちゃって、子育てができるか自信がなくてね。とりあえずは、一区切りね……」
「そうか……。あっ、おめでとう。えっと、あっちも、こっちも」
と言いながら、咲奈恵は阿藤の左手とお腹を、順番にそっと触った。
「ありがと。まだもう少しいるから、つわりとか酷かったら、フォローよろしく」
「うん、もちろん。阿藤さんには、私が休みの時に色々助けてもらってるから、そのお返しもしたいし」
「そういえば、あれからも歌ってるの? 週末とか、大変?」
「いえ、演奏会の予定がないから、サボっちゃって」
「サボって大丈夫なの? 歌って、そんなもん?」
「楽器程、大変じゃないんですよ。多少歌わなくても大丈夫なんです」
「そうなんだぁ」
……嘘だ。確かに声帯の為には、歌わない方がいいのだが、その声帯を動かすのも筋肉である。筋肉は鍛えなければ、すぐに衰えてしまう。今回ステージに乗るために、咲奈恵はそれを、嫌というほど味わった。神崎と練習を始めた頃などは、首の後ろが筋肉痛を起こすほどだった。
「私、あのアンコールで、ホ〜ント、ビックリしたんだから。真野さんって、何者〜って」
「カルメンですか?」
「そうそう、それ」
苦笑いをしつつ、咲奈恵はあの瞬間を思い出す。神崎と、何も言わなくても通じ合う、あの瞬間……。思い出すだけで、心臓の奥がきゅうっと疼く……。
「真野さん、手が止まってる。豆腐が落ちるよ」
咲奈恵は慌てて、箸を口に運んだ。今日のランチは「青魚の竜田揚げ定食」である。小さい冷ややっこが副菜として添えられていた。
「真野さんこそ、あのピアノの彼氏さんとはどうなってるの?」
「あれから、またすごく忙しくなっちゃって、あんまり会えてなくて……」
咲奈恵は、この阿藤にだけは、神崎とのことを少し話していた。ただ、クラシック愛好者ではないので、神崎がどれほどの売れっ子なのかは詳しく知らない。
「連絡は?」
「LINEで」
「ちゃんと、返ってくる?」
「ええ。私より、多いかも」
「なんて言ってくるの?」
「ほとんど演奏会のことかな。次のオファーのこととか、共演者の話とか。就業中の着信が多いので、私の方が既読スルーしちゃうかな」
「今、忙しいもんね。でもさ、ちゃんと、会わないとダメだよ。……あのさ、私が遠距離だって先輩に話した時にね、あぁ、その先輩も遠距離だったんだけどね、言われたのよ」
「何を?」
「会えなくて我慢できなくなるのは、女の方だって」
「……」
「遠距離恋愛で浮気をする率は、女性の方が高いんだってさ」
「へぇ……、そうなんだ」
「近くにいる男性に目移りしちゃうって、なんかありきたりなんだけど、少し分かる気もするんだよね」
「……」
「ほら、女ってマメな男に弱いでしょ。結局近くで、かまってくれる人に、なびいちゃうんだろうなぁ」
「阿藤さんも、そんなことあったんですかぁ?」
少し茶化して聞いてみる。この阿藤に限って、それはないと分かっているが。
「そんな面倒臭いこと、しないわ。……でも、浮気は疑ったかな」
「あぁ、そっか……」
「真野さんも、心配なんじゃない?」
「う〜ん、そうですねぇ……」
咲奈恵は、それ以上答えることができなかった。阿藤は気を利かせてくれたのか、それ以上追及はしてこなかった。後は、赤ちゃんの話に移っていき、ランチタイムは終了した。
外出中のTLから、連絡が度々入る。施工中に見つかった部品の欠損や、予定外の装置の追加発注など、指示は様々だ。それをこなしながら、頭では別のことを考えていた。
「浮気というよりなぁ……」
独り言が口から出る。時刻は14時。事務所に人が少なく、少し頭がぼんやりする頃だ。
神崎の場合、浮気というより、それが仕事であると言った方がいい。伴奏というのは、常に相手の声に寄り添い、更によい音楽にするために全力を尽くしている。結局それは、相手のことをずっと想っているという事だ。そして当然、相手も神崎を想っている。それこそが、名伴奏者と言われる所以であり、ピアノ独奏者との1番の違いともいうべきところだ。
敢えてそれを、全て恋愛的に、ゲスな言い方をするならば、咲奈恵はさしずめ「浮気され続ける、悲劇の彼女」という事になる。
とここまで考えて、「アホくさ」と席を立った。コーヒーを入れて、デスクに戻ってくる。前にも笑われたなぁ。
――咲奈は、共演した男性、皆んな好きになっちゃうの?
カルメンの時のフラッシュバックがやってくる。あれ、気持ちよかったもんなぁ。先生、カッコ良かったし……。皆んなも同じだろうなぁ。
あぁ、先生と歌いたいなぁ。もう一度、あの特別な時間を体験したい。無理……なのかなぁ……。
「真野さん、少しお話があります。お会いできますか?」
事務所の今川から連絡が入ったのは、次の週のことだった。間もなくクリスマスを迎えるという、華やかな季節である。音楽シーズンに突入しているため、神崎の忙しさは相変わらずだった。
咲奈恵も残業が続いていて、なかなか神崎の家に泊まることはできないでいた。阿藤の言葉に恐れをなしたわけではないが、そんな現状に甘んじまいと、何とか隙間を見つけて演奏会には足を運んでいる。
「どうされたんですか? 先生に、何かありましたか?」
「大きなオファーがありまして」
「わぁ、誰ですか?」
「エルナ・シュルツです」
「えっ……。シュルツって、あのシュルツですか?」
「そうです」
「うっそ……」
すごい……。すごい、先生。シュルツだって!
エルナ・シュルツは、1980〜90年代に大活躍したドイツのソプラノ歌手である。現在66歳にして、今だ現役で歌い続けている。彼女は元々メゾとしてデビューを果たした。その頃の「カルメン」は、母親がギリシャ人である、そのエキゾチックな風貌と濃厚な演技が相まって、当時の話題を攫った。その後ソプラノに転向し、その深い声の響きから、ヴェルディやワーグナーをレパートリーとした。咲奈恵も、その頃録音されたCDを3枚持っている。学生の頃、毎日のように聴いたものだ。
今は、後進の指導に重心を置き、自身は歌曲を中心としたステージを、年に数回行っているだけだとの、今川の説明だった。
「すごいですね! また、どうして日本に?」
「岐阜県にある病院の院長が、彼女を招聘したんです。ドイツの音楽界では、ちょっとした有名人でね。日本に行って何か困ったことがあったら、そのドクターを訪ねろって言われてる方で……。彼も、もう80歳を超えたはずだから、最後にシュルツ、聴いてみたかったんじゃないですかね」
「はぁ〜、そんな方がいらっしゃるんですね。知らなかったです。名古屋の隣にねぇ。……で、先生に白羽の矢が立ったというのは?」
「木之内さんの紹介で。彼女がイタリア留学中に面識があったそうで、いい伴奏者を紹介して欲しいと。もしシュルツが気に入れば、岐阜の他に、東京と大阪での公演が実現できそうなんですよ」
「わぁ、すごい、すごい! 先生なら、絶対大丈夫ですよ!」
咲奈恵は、興奮が止まらない。両の拳を、膝の上で何度も上下させながら、話を聞く。
「……」
「……あの、どうかしましたか? 先生は、何ておっしゃってるんですか?」
そういえば、どうして先生教えてくれないんだろ。いつもなら、すぐに先生からLINEくれるのに……。それに、こんなすごいオファーなのに、何だか今川の表情がパッとしない。どうした?
「今川さん?」
「……実は神崎さん、少しドイツ歌曲のステージを、控えたいとおっしゃって……」
「は?」
あり得ない。ドイツ歌曲は、先生のライフワークのはずだ。それが今、俄かにブームになって先生も喜んでいた。それに、相手はシュルツだ。何をおいても弾きたいに違いない。
「先生、お疲れなんでしょうか……?」
「そうですね、それもあると思います」
「……ほかに、何か?」
口ごもったまま、今川は咲奈恵の様子を推し量るかのように、見つめ返してきた。
「……真野さんから、説得して頂けませんか?」
不思議なことを言う。咲奈恵は少し眉根を寄せた。
「私が先生のお仕事に口を出すことは、ありませんよ。どうして、私ですか?」
「どうやらあなたとのステージを、実現したいと思ってるようで……。このままシュルツの伴奏でもしようものなら、更に神崎さんの仕事が増えて、今後、あなたとのステージをする機会は、ほとんど不可能になるんじゃないかと……」
「えっ……」
「実は何度も聞かれていたんです。あなたとのステージのオファーはないのかと。どんな小さな演奏会でもいいから、ぜひ受けたいと言ってらして……。無いなら、自主公演をすると……」
咲奈恵は言葉が出てこない。そんなこと、ひと言も言ってなかった。先生……。
「全然、知りませんでした……」
「すみません。神崎さんだけへの依頼を、優先してました。真野さんへのオファーのことも、神崎さんには話してないんです」
「いえ……。それは、私が頼んだことですので……」
事務所としては実入りのいい方を優先するのが、当然だろう。そのための事務所なのだから。しかも咲奈恵は、入所すらしていない。
自主公演などは、咲奈恵も経験があるから分かるが、あれほど労力と時間が掛かるものはない。そんなことに時間を割かれるのは、事務所としても迷惑だろう。
「今更、こちらの都合ばかりで恐縮なんですが、今回のことはホントに大きなチャンスなんです。それは、神崎さんもよく分かってると思うんですが……。一度、話してみてくれませんか」
「……分かりました」
先生、先生、先生! 咲奈恵はそのまますぐに電車に乗った。神崎の自宅の最寄り駅から、歩く。その足がどんどん早足になって、そのうち小走りになっていた。
いなかったら、どうしよう……。そんなことに思いが至ったのは、マンションが見え出してからだ。慌てて、電話をした。息が切れている……。
こんな時に限って電話に出ない。いないのだろうか……。マンションの下まで着いた所で窓を確認すれば、明かりが点いている。オートロックのチャイムを、急いで押した。
「先生!」
「あれ、咲奈。どうしたの? ちょっと待って。今、ロック外すから」
エレベーターの前に行けば、こんな時に限って1Fにいない。もう、心臓は限界に近かったが、階段に足を掛けた。先生、先生!
玄関ドアを開けた神崎は、体からホカホカと湯気を上げて、首からタオルを下げていた。お風呂上りらしい。もうっ! こんな時に限って! 暢気なんだから!
「先生!」
咲奈恵は神崎に抱き付いた。突然で、神崎は倒れそうになるのを、なんとか堪えた。
「ちょっ、どうしたの、咲奈?」
咲奈恵はハァハァと苦しそうに呼吸するばかりで、声が出ない。
「せ……、ハァ、わた……、ハァ、せん……、ハァ、歌い……ハァ、ハァ、ハァ」
「咲奈、まずはコート脱いで。こんなに汗かいてたら、風邪ひく」
神崎は脱いだコートをハンガーに掛け、キッチンに置いてあったグラスを咲奈恵に手渡した。自分で飲もうと思っていた水だ。冷たそうに、グラスの周りが曇っている。それを咲奈恵は受け取って、一気に飲み干した。
「はーっ、先生! キスしたい……」
両手を腰に、呆れた様に見ていた神崎は、突然そんなことを言われ、絵に描いたように目をパチパチとして驚いた。
「先生、キス!」
もう一度言われ、神崎は驚きを抑え込んで、咲奈恵の体を引き寄せて、髪をグッと握り込んだ。そのまま口を塞ぐ。こんな風に求められて、黙っていられる男なんていやしない。唇が、熱い……。そんな唇を一旦離し、咲奈恵の目を覗き込む。これで、いいか?
だが、咲奈恵の目は小さく不満を湛えていた。
「もっと」
言われるままに、唇を塞ぐ。咲奈恵からも求めてきて、何度も塞ぎ直す。
「もっと」
分かった。もう、抱く。神崎は咲奈恵をソファに押し倒した。
咲奈恵はやっと納得したように、神崎の愛撫を受け始めた。
ベッドに移った咲奈恵は、いつもより乱れた。どこか無理にでも我を忘れようとするかのように、神崎を求め続ける。そんな咲奈恵に煽られるように、濃厚な逢瀬になった。
最後に共に達したとき、声を絞り出すように咲奈恵が喘ぐ。
「ダメ、離れないで。そのま……ま……」
更に引き込まれる様な新しい感覚に、思わず神崎も咲奈恵の体を抱き締め直した。神崎は言われるまま、咲奈恵の体の緊張が続いている間、ずっとそうしていた。
「ありがとう……」
咲奈恵が小さな声で満足の溜息をもらす。それを合図に、神崎はそっと離れた。
一体、何があった? いつもと違う咲奈恵に、神崎は確認しようと手を伸ばす。体を引き寄せて、羽毛布団から出てしまっている寒そうな背中を、布団でくるんだ。
「どうした?」
咲奈恵の顔に掛かった髪を、丁寧に指で梳かしてやる。咲奈恵はされるままになりながら、神崎の顔を見つめる。その顔は、部屋に飛び込んできた時とも、神崎に抱かれている時とも違っていた。どこか苦しそうだ。
「何か、苦しくなるようなことでもあったのか?」
梳かしていた手を、咲奈恵は自分の両手にとり、愛おしそうにその指で確かめる。
「先生……」
「ん?」
「私、先生を誰にも渡したくない。私だって、先生と歌いたい」
そう言って、ぎゅっと手を自分の胸に抱え込んだ。
「……!」
神崎の体中に愛おしさが突き抜ける。ああ、咲奈……。やっとだ……。やっと、僕に追いついた。
「咲奈……、大丈夫、心配しないで。僕は、君のものだ」
どれほど、僕にとって君が特別な存在か、君は分かっていない……。まだ、そんな苦しそうな顔をして……。
「愛してるよ」
もうこれ以上、言葉にできない。神崎は、もう一度咲奈恵をしっかり抱き締めた。
「愛してる」
咲奈恵は、繰り返されたその言葉に応えるように、神崎の腕の中で、体を小さく丸めた。
明日は神崎の演奏会がある。咲奈恵は泊ろうとはしなかった。というか、今まではそんな日は、咲奈恵は決して会うとは言い出さなかった。やはり、何かが違う。どうして急に、さっきの言葉が出て来たのか……。玄関まで送る神崎に、咲奈恵は改めて、という風に声を掛ける。
「先生、シュルツの話、ちゃんと受けてくださいね」
神崎は瞠目すると同時に、ぐっと眉を寄せた。
「誰に……、言われた」
今川か、祥子か……。咲奈恵を使うとは、卑怯だ。珍しく怒りを表す言葉に、咲奈恵は小さく笑う。
「先生、そんなに怒らないで。私、教えてもらってよかった。先生とシュルツの歌、私だって聴いてみたいです。本当に、純粋に、聴いてみたい」
「咲奈……」
真っ直ぐ見つめられ、神崎は次の言葉が出ない。
「先生がドイツでやり残したこと、ちゃんとやり遂げてください。私はそれまで、待ってますから」
そう言って、神崎の眉間を人差し指でさする。縦に寄っていた皺を、伸ばそうとしているらしい。その仕草と、言われた言葉のギャップに、思わず神崎は愁眉が開いていく。と同時に、凝り固まっていた気持ちが、ゆるゆると溶けていく気がした。
「……咲奈は、魔法使いか」
ニッコリ笑った咲奈恵は、チチンプイとでも言うように人差し指を回し、「じゃ、明日の本番も、頑張ってくださいね」と帰っていった。
――私、先生を誰にも渡したくない
咲奈恵の言葉の意味と、いつもと違う咲奈恵の様子が、やっと理解できた。それでも聴きたいと言ってくれる彼女に、神崎の心も決まっていく。
本当は、きっと誰よりもそれを望んでいた自分を、やっと受け入れることにした。シュルツと創り出す音は、一体どんなものになるのか、知りたい!
「僕は、ピアノ弾きなんだな」
リビングに戻り、そこに置いてあったスマホを手に取った。




