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074 軍勢の中を駆け抜けて

 体中が痛い。

 動いていても、ジッとしていても。

 常に体が痛い。


「相変わらずお前の中は痛いな、ローズ」


 クラウンの声がする。

 彼は私の従魔ではないけれど、お母さんと近しい存在であるという理由で私の影に入り込む事が出来る。

 入ってさえいれば言葉による意思疎通が可能だ。


「うん、痛いよ。ずっと」


 影に入ってる間、私が感じているものを断片的に共有するらしく、入る度に痛みについて小言を言ってくる。

 私だって好きで痛いわけじゃない。

 ある日を境に、急激に痛み出しただけ。

 それは確か、レグレスから一緒だったふたりがいなくなった時だったと思う。


 なんでいなくなったんだっけか……。

 それに後ひとり誰か忘れてる気がする。


 とっても大事な人だったような。

 思い出そうとすると痛みが強くなるから、出来るだけ考えないようにしてるけど。


「ローズ、あやつの情報が正しければ今日か明日にはディオールの軍勢が見えてくると思うが、飛ばし過ぎではないか?」


「大丈夫、痛みのせいか疲れは全然感じないから」


 王都ブリトンまでは歩きで半月ほどらしい。

 私が全力で走れば遅くても2日で到着する見込みだけど、軍が既に動いているのなら今日中だろう。


 問題は接触してからだけど、そこはクラウンに任せる事にした。

 私の声じゃ届かないしね。


 

 走り出してから、休憩も取らず5時間。

 遠目に人の波が押し寄せてくるのが見えてきた。


「随分早いな。数日も前からとっくに動き出していたという事か……」


「全体の確認できる?」


「やってみよう」


 影から離れ、上空を飛び始めたクラウンは、しばらくしてまた私の影に戻って来る。


「想定とはだいぶ違うな、規模としては3万ではなく5万から6万。全て歩きで、馬は後ろを付いて進む荷を運ぶ分だけだ。兵糧に関しては、荷馬車以外にも人力で運搬している様子ではあるが、正確な数は遠目では分からない。だが規模からして、長期戦闘が可能な量はないだろう。行軍の進みも早い、恐らくは現地に着くまでの分しか用意していないな」


「つまりどういう事?」


「あの男の言っていた補給線の確保や兵糧の重要性など、我は聞いた事が無いから把握しかねる。だが、想定よりも多い人員に、想定よりも少ない兵糧。そして歩きにしては行軍の速度が速い。そこから考えるに、間引きも兼ねているのではないかと推測する」


「口減らしって事……?」


「そうだな」


 ようするに無茶な行軍に見えるって事かな。

 それは、勝つつもりが無いから?

 それとも別の狙いが?


 いやなんにしても、あれは止めなきゃいけない。


「クラウン、正面に行くよ」


「承知した」






 ◆






 思い思いにそれぞれが歩くだけの、統率が取れているとはお世辞にも言えない行軍。

 移動しているだけだからか、士気が低いのかは分からない。

 ともかく、その正面約30メートル手前に私は立ち止まった。


 そしてすぐ、私の影はうねりながら大きくなっていく。

 薄く引き伸ばされただけの影が厚みを持ち始め、高さにして20メートルほどになる。

 変化を終えると、今度は低い声を響かせ始めた。


『争いばかりを求める愚かな人の子らよ、大地を血で染める事しか出来ぬ脆弱な者たちよ。我が道から退け。我は汝らの王を屠る者なり』


 すぐにどよめきが伝わってくる。

 距離があるせいで聞き取れないが、慌てているのは分かる。

 そんな中、ひとりだけ落ち着いた様子の男が前に出てきた。


「魔性の者よ! この数を前に我が王を亡き者にしようなど笑止である! この場で滅してくれようぞ!」


 まぁ当然そうなるだろう。

 数の暴力というのは個々の非力さを忘れさせるらしいしね。


 ここからは私の出番。

 全部を相手にするつもりはないけど、この後無視されても困るからね。


 右手を前にかざし、豪弓エーレンベルグを矢を引き絞った状態で発現させる。


「……適性武具限定複製、対象エーレンベルグ」


 同じ状態のエーレンベルグを、空中へと次々に複製し発現させていく。

 空を覆うほどではないが、複製数は全部で256。 

 適正武具操作を使って更に矢を引き絞り、私は拳を握った。


 257本の矢が、ディオールの軍勢へと扇状に放たれる。  

 幾重にも折り重なった轟音が、大地を震わせながら騎士たちを粉砕していく。

 本物以外の役目を終えた弓は全て、光の塵となって消えていった。


 とっくの昔にそうだったけど、私はもう大量殺人者だ。

 だというのに、何も感情が沸かない。

 殺し過ぎて麻痺しちゃったのかな。

 それとも、初めからこういう人間だったのかな。


 感傷に浸るためのそれが希薄なせいか、これは楽だな。という思いが出てくる。

 でもさすがに無茶だったかも。


 体中の痛みが、いつにも増して激しくなっている。


「うぐ……」


 その痛みはクラウンにも伝わったようで、巨大な影が小さくなっていく。

 このまま戦闘になるとまずいかな。

 力を入れる部位を限定する必要がある。


「ローズ、お前の体を影で覆う。その間にここを突破できるか」


「……出来る」


 どれくらい死んだだろう。

 そこまで密集していなかったせいもあって、1000も死んでいないんじゃないんだろうか。

 だとすれば少なく見積もっても残り5万。

 混乱しているうちに駆け抜けるしかない。


 脚だけに力を込めて大地を蹴り出し、目の前の軍勢の中を強引に突っ切る。


「お、追えぇえ! 我が王への刺客だ! 絶対に通すなぁ!」


 纏った影の中から、リベンゲルの短弓で前方を塞ぐ兵を射抜いていく。

 剣を振るよりはマシだけど、それでも体に響く。


 それにしても、エーレンベルグの効果は思ったよりも大きいようだった。

 走る最中、矢の爪痕がかなり奥まで到達しているみたいで大地を長く抉っているのが見える。

 2000くらい死んでるかも。


 走り始めて5分ほどだろうか。

 ついに爪痕が大地から見えなくなった。


 そこから先は混乱の様子が薄い。

 今度はエーレンベルグを前に一矢放ち、屍の道を作る。


 状況を把握できていない兵たちは何もしてこない。

 全体への伝達方式は何かないのだろうか。

 異常を知らせる機能も無いというのは、だいぶお粗末が過ぎるのではないか。

 単純に自国内で奇襲を受ける想定をしていないせいで準備してなかったとか?


 そんな事を考えながら、最終的に20分走り続けて軍勢を抜けきった。

 正直20分も掛かると思わなかった。

 列が長すぎるよ……。


 ある程度距離が離れた位置で1度立ち止まり、様子を窺ってみると彼らがその場に立ち尽くしているのが見える。


「それなりに被害は与えたな。あれで行軍を続けようとは思うまいが、もう一押ししておこう」


「分かった」


 再度クラウンの影が大きくなっていく。

 奥で混乱している者たちにも見えるよう、今度は先ほどの倍以上のサイズ。


『脆弱にしてか弱き愚かな人の子らよ。いくら集まろうが所詮は烏合の集、このまま汝らの王を屠りこの国は滅ぼそうぞ。己が非力さと愚かさを呪え。だが、それに抗うというのならば追って来るがいい。まだ生き続けるつもりがあるのならば、国を救いに来るがいい』


 言い終えると、すぐに影は小さくなっていく。

 なんにしてもカッコいい口上だ。

 私には思いつかないな恥ずかしくて絶対言えないな。


「では行こうローズ。後は王の説得だが、愚かが過ぎるようであれば……」


「うん」 


「その時の覚悟は出来ているのか?」


「大丈夫」


「そうか……」


 それ以上クラウンは何も言わなかった。

 休む事もせず、そのまま王都ブリトンを目指して走り始める。


 覚悟が出来ているか、というのは王を殺す事ではなく国を滅ぼす覚悟の事だろう。

 そんな覚悟はしていない。

 ただ、戦争を止めるために成り行きで最善と思える行動を取っているだけで、そうなったとしても私は気にしない。

  

 そこにどんな矛盾があろうと深く考えなかった。

 考え始めると、なんでこの軍勢を止めないといけなかったのか、なんで王様を説得しようとしているのかが分からなくなってくるから。

 1度決めた行動に疑問を持つ事をやめ、私はただただ脚を前に進めた。

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■ 本小説の世界の中で、別の時代の冒険を短編小説にしました。
最果ての辺獄

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