侯爵家のお茶会
お姉さまと結婚したお義兄さまは実はセロン侯爵家の三男だ。セロン侯爵家は古くから王の側近を排出するほどの実力のある家だ。そんなお義兄さまが我が家に婿として入ったのは単純に三男だから継ぐ爵位がないのと、あるお茶会でお互いに一目ぼれしたからという何とも幸せな出会いがあったからだ。
セロン侯爵家にしても、爵位を継ぐお姉さまとの結婚であれば特に問題がなかったらしく、あっさりと認められた。コルトー子爵家も子爵位の中では上位に位置していて、経済状況もいい。特に貴族として気になる欠点がなかったこともあったのだと思う。
その後もセロン侯爵家は我が家にとてもよくしてくれる。セロン侯爵家のお茶会はとても社交界でも評判がいいが、セロン侯爵家と接点のないコルトー子爵家はお姉さまの結婚前なら招待されることはなかった。
普段ならお姉さまが参加するのだが、今回はわたしに回ってきた。セロン侯爵夫人はお姉さまだけでなくわたしにも心を配ってくれるので、時々参加することができるのだ。丁度、お姉さまによって強制的に作らされた昼用のドレスが仕上がってきたので、新しいドレスを身に纏い、セロン侯爵家を訪問した。セロン侯爵家に着けば、家令が丁寧に茶会の場所まで案内してくれる。
今日の茶会の席は庭に面した奥まったところにあるパティオでひっそりとしていた。招待客がまだ来ていないのか、わたしが時間を間違ったと勘違いしそうなほど静かだ。
ちょっと不思議に思いつつ案内されるまま進めば、客人が一人いることに気が付く。木の陰になっていて顔までは見えないが、男性が一人いた。
わたしが到着したことに気が付いたセロン侯爵夫人が立ち上がり、朗らかにわたしを出迎えてくれる。
「エレオノーラ、いらっしゃい」
「ご招待ありがとうございます」
「今日はね、あなたに紹介したい人がいてお呼びしたのよ」
彼女はにこにこしてわたしを席に案内する。先に来ていた男性が立ち上がった。濃い灰色のフロックコートに白いシャツ、淡い水色のアスコットタイをしている。その貴族らしい服装にすぐに誰であるか、わからなかった。
「こんにちは。コルトー嬢」
「えっ!」
驚いて無作法にも声を上げてしまった。立ち上がった彼は悪戯が成功したような笑顔でわたしを見降ろしている。
「こちら、第二王子殿下の護衛騎士であるヒューバート・エイルよ。わたしの甥になるの」
「よろしく。ヒューバートと呼んでほしい」
「……よろしくお願いします。あの、それではわたしのことはエレオノーラと」
突然のことでよく呑み込めないが、とりあえず挨拶を返した。席に着くなり、セロン侯爵夫人は面白そうにわたし達を交互に見て、くすくす笑う。
「ヒューバートに顔合わせを申し込まれたときは驚いたけど、顔見知りだったのね」
「ええ。先月、殿下が孤児院の視察に訪れた時にお会いしました」
ヒューバートはくつろいだ感じでお茶を飲みながら、セロン侯爵夫人へ説明する。初めて会ったのは夜会の時だけど、と心の中で訂正するが状況が状況なだけに言えなかった。こうして侯爵家を通して会える場を設けてくれたことに気持ちがドキドキする。お姉さまには会いたくないと言っていたのに、本当にわたしって単純すぎる。
「まあ、そうだったの。あの孤児院に視察に入るなんて珍しい。何年ぶりかしら?」
「あの孤児院はとても状況がいいので、殿下が不思議に思われたのです。コルトー子爵家が頻繁に訪問してくれることを院長から教えられました」
孤児院で色々質問されたことを思い出し、なるほどと頷いた。あの時はとても緊張していて、深く考えられなかったのだ。普段から貴族令嬢としてはあまり表に出ないので、突然王族の方に話しかけられると何も考えられなくなる。あれほど気を張ったことなど、社交界のデビュー以来だと思う。
二人の会話に口を挟むことなく聞いていると、セロン侯爵夫人がにこやかにわたしに声をかけた。
「では、二人で庭を楽しんでちょうだい。この季節はバラの花が満開よ」
「え?」
良く呑み込めず瞬けば、ヒューバートは立ち上がりわたしに手を差し出した。柔らかな笑みを浮かべた彼を見上げた。近衛騎士の制服ではないヒューバートはまた違った人に見えた。わたしが躊躇っていると、彼は一歩前に出た。
「お手をどうぞ」
「ありがとうございます」
彼の手を取れば、そっと手を引かれた。彼に連れられるままバラの咲く庭へと向かった。無言で歩いていると、ヒューバートが立ち止まった。自然と私の足も止まり、彼を見上げた。
「よく理解していないという顔をしている」
「実は状況が理解できていないので……」
困ったように返せば、彼は笑った。
「夜会の後、やっぱり名前を聞いておけばよかったと思ったんだ」
「……覚えていたの?」
驚いて聞き返せば、ばつの悪そうな顔をする。
「殿下の前で知っていると思われたら、根掘り葉掘り聞かれることになるから」
屈託ない殿下を思い出し、そうだろうなとも思った。第二王子という気楽な立場だからなのか、とても接しやすい人柄だった。ついついいらないことまで白状させられそうだ。
「エレオノーラ嬢」
名前を呼ばれて彼を見上げた。背の高い彼は静かな眼差しでわたしを見つめていた。その真剣な眼差しに息が詰まりそうになる。綺麗な琥珀色の瞳から目が逸らせない。
「結婚前提で付き合ってもらえないだろうか」
「結婚、ですか?」
「本当はまず先にコルトー子爵に申し込むべきなんだろうが、俺は伯爵家の出自であっても爵位も何ももらえない。あるのは近衛騎士団所属というだけだ」
じっと彼の顔を見つめていれば、彼は言葉を続ける。
「政略でもない。だから、まず俺の気持ちを先に伝えたかった」
「ヒューバート様」
声が震えた。心臓の音が煩いほどだ。跳ねる胸に息が苦しくなった。
ヒューバートの熱い視線に突然恥ずかしさがこみあげてきた。逃げるように少しだけ視線を落とす。
彼の強い意思のある瞳から飾りボタンへずらせば、夜会で助けてもらった時の記憶が戻ってきた。優しく抱きしめられていたのだ。細身なのにやはり男の人の力は強くて、押しのけようとしてもびくともしなかった。意識がすべて彼に向いてしまって、本当にどうしようもなくなってきた。
「これほど気になった人は初めてなんだ。突然すぎるだろうが、逃げずにいてもらえないだろうか」
「逃げるなんて……しないわ」
拗ねたように言い返せば、彼は笑った。そして、一歩わたしの方へと近づいて屈みこむ。
「……」
茫然として彼を見つめた。反射的に頬に手を当てる。
今、キスした?
「可愛い。顔が真っ赤」
言葉にされて頭の中が真っ白になった。ヒューバートとその後、何を話したかあまり覚えていない。
侯爵家での茶会が終わった後すぐに、ヒューバートはわたしの両親、姉夫婦と面会した。どうやら両親には先に連絡をしてあったようで、わたしを子爵邸に送り、そのまま挨拶となった。
ヒューバートは政略結婚にはしたくないと言った言葉通りに自分の考えを両親と姉夫婦に告げた。両親はわたしがそれでいいのなら、と了承したが、姉夫婦、特に義兄が難色を示した。
「それはお前に都合が良すぎる」
「わかっています」
ヒューバートはずばっと言い放つリックに苦笑いだ。リックはヒューバートの隣に座るわたしにやや厳しめの視線を向けた。その視線に思わず首をすくめた。
「エレオノーラ、家を継がない同士であっても、君は大切な子爵家の令嬢なんだよ。将来を考えたら、恋の噂は多くない方がいい」
「お義兄さま、ごめんなさい」
あまりにも考えが足りなかったと、反省する。でも、だったらどうしたらいいのだろうか。途方に暮れていると、お姉さまがリックを窘めた。
「リック、いくらエレオノーラが心配だとしても言い方を考えてちょうだい。可哀そうにエレオノーラが勘違いしているわ」
「え、ああ」
リックがばつが悪そうに視線を下に向けた。気を取り直して大きく息を吐いてから、リックがもう一度わたしを見つめた。
「三カ月。三カ月はお互いを知るための期間としよう。その間にどちらか一方でも結婚したくないと思ったら、白紙に戻す。それでいいか?」
「わかりました」
神妙に頷くと、ぎらりとリックがヒューバートを睨んだ。
「いいか、その間は一線超えるなよ」
「わかっております」
こうしてお互いを知るためと設けられた期間は3か月で、問題ないようならその後、婚約、婚約から半年後に結婚と細かなことが決められた。




