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ごくごく普通の恋をしています  作者: あさづき ゆう
本編

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彼との意外なつながり


 彼に気がついてもらえたことに嬉しさが8割、喜べない複雑な気持ちが2割。


 複雑な思いを抱きながら、ため息を吐いた。もう考えるのはやめよう、気にするのはやめようと思うのだが、気がつけば彼のことを考えてため息を零す。


 もう考えないと意識しているにもかかわらず、彼のことを思い返すのだからどうしようもない。

 先月の夜会ではまだ知っていることが少なかった。一人では切り抜けられなかった事態を助けてもらって、月明かりに照らされた彼を思い出し、うっとりとするだけで済んでいた。


 名前を知りたいとか、もう一度会ってお礼が言いたいとか色々な思いもあったけど、具体的に何かをする伝手はなくて、すべてが想像どまりだ。それでもあれこれ思い描くのは楽しくて、ふわふわした居心地の良い時間を過ごしていた。


 ところが意図せぬところで彼の身分がわかってしまった。オーランド王子の気やすい態度からとても親しい仲なのだろうと察することができた。もう一度会いたいと密かに思っていた彼がとても手の届かない人だとわかって心が苦しかった。現実に気がついてしまえば、楽しい気持ちなど持てるはずもない。


 オーランド王子の護衛騎士であるのだ、わたしなんかよりもはるかに身分が高く美しい令嬢を沢山知っているだろう。顔も知らない美しい令嬢と彼が二人で立っているところを想像して、憂鬱になる。特別美しいわけでも、才能があるわけでもないわたしが彼の隣に立てるはずがない。


 夜会で助けてくれた時に、顔を上げてきちんと目を合わせて名乗っていたら何かが変わっただろうか。

 こんな中途半端な気持ちを持たずに、すぐに釣り合いが取れないことに気がついて簡単に諦められただろうか。

 今更過去など変えられないのだけど、いつまでもぐずぐずと思い悩んでいた。


 気晴らしにと刺繍を始めたものの、ほとんど針を刺す手は止まっている。


「エレオノーラ、ちょっといいかしら?」


 軽いノックの音がして、お姉さまが入ってきた。なんだかとても嬉しそうというのか、楽しそうな顔だ。今はあまりお姉さまと話したくないのだが、こうして自室にまで足を運んだということは何か用事があるのだろう。

 できるならさっさと用事を済ませてほしいと思いながらも、ついお姉さまに聞いてしまう。


「何かいいことでもあったの?」


 それぐらい浮かれている感じだ。お姉さまは部屋の隅に控えている侍女にお茶を用意するように指示してからわたしの対座に座る。わたしは手にしていた刺繍道具を片付けて、テーブルの隅に置いた。


「貴女のいい人が誰だか分かったわ」


 お姉さまは得意気な様子で教えてくれた。わたしは驚きに息を飲んだ。


「どうやって?」

「もちろん、リックに頼んだのよ。あの夜会で騎士服で参加した人を伯爵さまに問い合わせたの」


 案外あっさりと分かってしまったようだ。わたしは脱力して長椅子の背に体を預ける。


「リックお義兄さまに無理をお願いしたのね」


 ぽつりと呟けば、お姉さまはくすくすと笑う。


「リックだって可愛い義妹の結婚相手になるかもしれない人ですもの。すぐに伯爵さまに問い合わせてくださったわ」

「それでも」


 知ったところで手の届かない人じゃない。


 何とか言葉を飲み込んだ。特に秀でたところのないわたしでは不相応だ。


「エレオノーラを助けた方はね、第二王子の筆頭近衛騎士ですって。とても優秀らしいの」


 知っている。この間その彼にエスコートされてオーランド王子と顔を合わせた。近衛騎士の黒い制服がとてもよく似合っていた。


「お名前はヒューバート・エイル様。伯爵家の次男だそうよ」


 エイル伯爵家の次男。ああやっぱり王子の筆頭騎士になるのだから身分も高い。伯爵家と言えどもエイル伯爵家は侯爵家に近い位置にいる上位貴族なのだ。

 わたしの沈む心に気がつかないのか、お姉さまがお茶を一口飲んでからさらに続けた。


「面白いことに、リックの従弟だそうよ。人の繋がりって狭いわね」

「従弟?」


 思わぬ情報に固まった。リックとヒューバートでは血の繋がりを感じない。


「そうなの。リックも驚いていたわ。彼は独身で恋人も婚約者もいないそうよ」

「でも、エスコートしている人がいたわけでしょう? それが恋人でないとはどうして言えるの?」


 リックも知らない恋人や恋人未満の人がいても不思議はないくらい素敵な人だ。そんな相手を隠しているだけかもしれない。


「うふふ。ちゃんと確認しているわよ。先日の夜会は嫁いだ彼の妹を都合が悪くて参加できなかった夫に代わってエスコートしたのだそうよ。だからね、心配はいらないわ。今度、リックに紹介してもらいましょう? 一度会って話すだけでもいいでしょう?」

「お姉さま」


 お姉さまが心配していろいろしてくれるのはわかる。でも、もういいのだ。


「お姉さま、ごめんなさい。これ以上は本当にいいの」

「エレオノーラ?」


 お姉さまが笑顔を消して、(いぶか)し気に眉を寄せた。じっとわたしの心を読むように見つめられる。居心地が悪くて目を自分の膝に置いた手に伏せた。思わずぎゅっと手を握りしめてしまう。何かいい言い訳がないかと必死に頭を働かせた。


「どうしたの? どうして急にそんな風に思ったの?」

「よく考えたら、わたし、普段ない出来事に浮かれているだけで、名前も知らないあの方を思い出して喜んでいただけなの。これはきっと好きとかじゃなくて、状況にうっとりしていたところがあったというのか、彼自身を見ていたわけではないというのか」


 うまく説明できなくてだんだん声が小さくなってしまう。そっと目を上げれば、お姉さまは不思議そうに頬に手を当てていた。よく理解できないといった表情だ。


「でも、思い悩むぐらいもう一度会いたいと思ったのでしょう?」

「そうね。この間まではそう思っていたわ。近衛騎士ならば沢山綺麗な令嬢に見慣れていていると思うの。会いたいなんて言ったらきっと嫌な顔をするわ」


 説明にならない説明を言いながら、とにかく勝手に場を設けないようにとの思いで必死に気持ちを伝えた。お姉さまはある程度わたしの言いたいことがわかったのか、徐々に表情が険しくなっていく。


「こういうのはね、当たって砕けろの気持ちでいくべきなのよ」

「え……」


 まさかそんな風に言われるとは思わなくて、言葉が途切れる。


「相手がどう思うかなんてわからないじゃない。聞いたわけではないのでしょう? 実際に顔を合わせて言葉を交わしてみれば、会う前は何とも思っていなくても別の感情が生まれるかもしれないじゃない」

「それはそうかもしれないけど」


 彼と会っても、わたしにとっていい結果が出るはずがない。顔を見て断られる勇気がないから、会いたくないと思ってしまう。

 お姉さまにどういえばわたしの気持ちが伝わるのか、必死に考えた。


「とにかく、ドレスを新調します。一度でいいからきちんと彼と会って、あの夜のことをお礼を言いなさい。そこからどうなるかは、その時に任せればいいわ」

「……お礼は言いたいわ」


 やや厳しい表情をしていたお姉さまはわたしの返事を前向きに捉えたのか、少しだけ表情を和らげると立ち上がった。


「では早速ドレスを数枚、作りましょう」


 お姉さまは仕立て屋に明日の予約を入れておくからと一言残して部屋を後にした。

 残されたわたしはため息を吐いた。



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