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ごくごく普通の恋をしています  作者: あさづき ゆう
番外編

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君の手を離さない2 -オーランド-


 久しぶりの王都にセリーヌはほっとしたため息を吐いた。ずっと馬車に乗りっぱなしだったので、気晴らしに王都で下ろしてもらった。元々お忍びのような形で迎えに行ったから、着ているものもそれなりのものだ。馬車から降りるセリーヌに手を貸した。セリーヌは私の手を取りながら、きょろきょろと街を見ている。


「もっと変わっていると思ったけど」


 その呟きを拾って、笑った。


「ここはそれほど早く変わらないよ」

「そうかしら。でも、ほら見て。最後にここに来た時には、あのようなドレスは流行っていなかったわ」


 視線を向ければ、透ける布を重ねて作ったドレスを着た女性たちがいた。エレオノーラが王太子夫妻に挨拶した夜会で着ていたドレスだ。まだあれから3か月しかたっていないのに、もう出回っている。流行は本当に早いものだ。


「ああ。あのドレスは最近売り出されたんだよ。一枚、作ろうか?」

「ええ? いいわよ。どうせ研究所に戻れば着ることはないから」


 いらないという割には、じっと見つめているので後で用意しようと心に決める。サイズは侍女に聞き出せばいいと色々と手配を考えた。


「近くにお勧めの店があるんだ。寄っていかないか?」

「お勧め、ってオーランド様は来たことがあるの?」


 驚きの顔を私の方へと向けてくる。


「お忍びでね。たまには息抜きも必要だろう?」

「そう、ね」


 セリーヌは首をかしげて変な反応をする。その反応が気になった。


「何か引っかかる?」

「いえ。オーランド様っていつもうちに来ていたから、お忍びで街に降りるなんて不思議で」

「ああ、そういうことか」


 理由がわかって小さく笑った。


「セリーヌの家に行かなくなったから、暇になったんだ。それで街を出歩くようになった」

「……そんなにうちに来ていたかしら?」

「少なくとも3日に1度は」


 セリーヌが沈黙した。うつむいてしまっているが、耳まで赤くなっている。あの頃は暇を見ては、彼女の所へ通っていた。頻繁に訪れていたことに気がついて、恥ずかしくなったのだろう。今更なのに。


 その反応が面白くて、手を伸ばした。するっと優しく触れるかどうかの柔らかさで、彼女の耳を(くすぐ)る。


「……もう帰る」

「では今度、遊びに行こう」


 いちいち反応する彼女が可愛い。

 もう一度結婚を承諾してもらうために、セリーヌとの距離を縮めるつもりだった。

 慣れ親しんだ王都に連れてきたのも、一緒に過ごした時間を思い出してほしいからだ。


 それなのに。

 翌日、セリーヌは王宮に断りを入れにやってきた。何故かローサがセリーヌをエスコートしている。いつもと違い、ローサは近衛騎士の制服ではなかった。ドレスでも着ればまだかわいげがあるものを、貴族令息が着るようなジュストコールだ。似合っているのがまた癪に障る。


「ごめんなさい。今日はローサ姉さまと約束してしまって」

「ローサ」


 唸るように呟けば、揶揄う気満々のローサが彼女の手を取った。騎士のように気取った仕草が癇に障る。いや、彼女は騎士だからいいのだが、そうじゃなくて、何となくいけ好かない。ローサは女性だとわかっているのに、服装と仕草で男っぽく見える。


「本日は休暇ですので。可愛い従妹を遊びに連れていこうかと」

「そうだった。君たちは従姉妹同士だったね」


 ぼそりと呟く。間違いなく、ローサの母はセリーヌの父の姉だ。


「久しぶりに王都に来たのですから、色々と見せてやりたいところがあります」

「……それは私が連れていく予定だ」

「おや、殿下の仕事はまだ終わっていないと思っていましたが」


 ヒヤリとした視線を向けられた。どこか責めるような色に逸らしたくなるが、ぐっと気持ちをこらえて強く見返した。


「お前、怒っていたのか」

「まあ、あの状況では仕方がないとは思っていますよ。ただ、もうちょっと根性を見せてもらいたいとは思いました」


 ですから、今回は根性を見せてください。


 そう囁いて、ローサはセリーヌを連れ出してしまった。残された私は茫然と立っていた。


「殿下、そろそろ行きましょう」


 見かねたヒューバートが声をかけてくる。


「なあ、ローサに勝つために何かないか?」

「ローサ殿に勝つつもりでいるのがすごいと思います」

「……移動する時間も取られているし、仕事もある。1カ月なんてあっという間なのに」


 1カ月の猶予といいつつも、実際にセリーヌと過ごせる時間などあまりとれないのが現実だ。仕事を放りだすわけにもいかないし、セリーヌも久しぶりに王都に戻ってきたのだから貴族の跡取りとしての付き合いというものもある。


「何故セリーヌ嬢は婚約をしたくないのですか?」

「聞いていない」

「まずはそこからではないですか?」


 痛いところを突かれた。ヒューバートをまじまじと見た。

 あの無関心な氷の騎士がまともなことを言っている。

 ヒューバートは私の思ったことが分かったのだろう。とても嫌そうな顔をした。


「お前からそんな助言が聞けるとは」

「エレオノーラと何度もすれ違いになりそうでしたから。きちんとお互いに会話することが重要です」


 実感のこもった言葉に笑ってしまった。


「そうだな、今度、聞いてみよう」


 気持ちを切り替えると、仕事をするために執務室へと向かった。


******


 書類を一定の速さでめくりながら、内容を確認する。イライラしている気持ちも、こうして仕事に集中してしまえば忘れられた。セリーヌと一緒に王都に入ってから、実に10日が経っていた。


「弟の恋が前途多難と聞いてきてみたのだが、本当だったか」


 執務室まで押しかけてきた兄上がおかしそうに笑う。使用人に淹れてもらったお茶を楽しんでいるところを見ると、簡単には帰ってくれないようだ。


「兄上。前途多難は事実ですが、放っておいてください」

「いやいや。年長者の言葉は聞いた方がいいぞ」

「……仕事、もっと頑張ってやってください」

「これ以上やったら、禿になるからやらない」


 どうしても弟の恋愛状況を知りたいようだ。眉根を寄せて、書類を指でとんとんと叩く。


「そうイライラするな。ちゃんとセリーヌ嬢とは会話しているのか」

「まだです」

「移動中に話さなかったのか?」


 不思議そうに聞かれた。


「ええ。王都できちんと説明しようと思って」

「ははあ。なるほど。お前それはまずかったな」


 それはわかっている。

 わかっているから、ちゃんと会って話がしたいのだ。


「ここは兄として手を貸してやろう」

「不要です」

「そういうな。お前がローサを出し抜けるとは思えん」


 ローサは自分を盲目的に慕っている貴族令嬢や使用人まで使って、妨害していた。早い話、セリーヌは跡取りとしての付き合いだけでなく、色々なところで声をかけられ、買い物や茶会に引っ張り出されているのだ。


 もちろんまったく姿を見ないわけではない。

 時折、王宮で顔を合わせるのだが誰かが必ず側にいて、連れ出すことができないのだ。セリーヌも話したそうな顔をするのだが、友人たちを振り切るほどではないらしい。


 彼女の態度がまた心をかき乱した。

 実は好きな気持ちを持っているのは自分だけで、セリーヌにとってはもう過去の話になっているのではないかという恐れ。

 迎えに行った時には、そんな恐れなど全く持っていなかったのに、言葉にできないもどかしい今の状態が不安を抱かせた。


「今夜、グルスト侯爵家を訪問しろ。話は通してある」


 兄上がにやりと笑った。


「振られたら、慰めてやる」

「いえ、振られるつもりはありません」


 そっけなく答えれば、兄上は満足そうに頷いた。

 夜が待ち遠しかった。


 仕事が終わり、簡単に夕食を取った後、馬に乗りグルスト侯爵家に向かう。護衛が何人かついているが、気にせず飛ばした。

 グルスト侯爵家につけば、すんなりと中に通された。セリーヌの父であるグルスト侯爵は困ったような顔で出迎えてくれる。


「ローサには邪魔はしないように言っておいたのですが」

「いや、私が不甲斐ないだけだ」


 情けないが事実なのでそう応じた。グルスト侯爵はため息を吐いた。


「セリーヌは応接室にいますので、きちんと話し合ってください」

「ありがとう」


 謝ることができないので礼を言えば、侯爵は笑って送り出してくれた。応接室に入れば、セリーヌが一人長椅子に座っている。


「セリーヌ」

「え? どうして……」


 どうやら侯爵は娘に何も伝えていなかったようだ。狼狽えるセリーヌを見つめ、逃げ出さないように注意しながら近づいた。


「少し話し合おうと思って」

「……そうね」


 動揺していたセリーヌも肩から力を抜いた。座るように勧められ、対座に腰を下ろした。本当は隣の席がよかったが、隣に座ってまともに話し合いができるとは思えないので仕方がない。きっと強く抱きしめて、本能のままに振舞いそうだ。


「セリーヌが私と結婚したくない理由を聞きたい」

「それは」


 言いにくそうに俯く。目が合わないことで、不安がこみあげてきた。それでもはっきりしなくてはいけないのだと、自分自身を鼓舞する。


「もう一度婚約すると言う約束を破って別の女性と婚約したのは事実だ。それで私を嫌いになっても仕方がない」

「違うの! 嫌いになってなんか」


 強く否定されて、心がようやく落ち着いてくる。セリーヌは肩を落としてまた俯いた。


「では、どうして? 研究所に残りたいから?」

「研究所は……本当はどちらでもいいの。残りたいと言ったのはただの意地よ」


 研究が楽しくて、と言われなくてほっとする。でもそうなると、結婚したくない理由がますますわからない。


「セリーヌ、本当の気持ちを教えて?」

「……オーランド様の隣には、もっと王族としての力を持たせてくれる女性がいいのではないかと」


 ぼそぼそと聞こえないほどの小さい声だが話し始めた。彼女が考えていたことがようやくわかってきて、焦った気持ちが徐々になくなってくる。


 セリーヌは自分の後に婚約した相手が王女だと知って、もしかしたら王族の中で後押しができる女性を望んでいたのではないかと考えたようだ。


 元々、継承権争いにならないようにと選ばれたセリーヌ。


 対極にいる女性が来たことで、王位継承権を放棄したくないのではないかと思い至った。セリーヌと結婚することで王族から外れ、王位継承権を放棄することが気がかりになってしまった。


「私はずっとセリーヌしか結婚相手としては考えてこなかったよ」

「でも」

「王女とのことはすまなかったと思っている。完全にこちらの落ち度だ」


 あの縁談を調えた元侯爵に怒りが湧く。隙を見せたのも悪かったと思うが、誰もが下手な相手と結婚させるぐらいなら独身でいて欲しいと望まれていた自分に王女を結婚相手としてあてがうなんて思ってもいなかったのだ。

 すでに爵位を息子に譲り、田舎で蟄居しているとはいえ腹立たしい。

 今の状態で言葉を尽くしてセリーヌがいいのだと訴えても信じきれないだろうから、セリーヌのために用意した場所へと連れていくことにした。


「ちょっと出かけようか」


 立ち上がると、セリーヌを促した。セリーヌは困った顔をした。


「大丈夫。セリーヌの父上には許可をもらっているよ」

「わかったわ」


 セリーヌに外套を着せると、馬に二人で乗る。駆けていった先は王都から少し離れた場所にある屋敷だ。侯爵家ともさほど離れていない。


 門扉の鍵を開け、彼女に入るように促す。


「ここは?」

「あとで教える」


 彼女の手を取って、どんどんと奥に進む。屋敷の裏に回り、庭に入る。月明かりの中、ぼんやりと建物が見えてきた。それを見て、セリーヌが足を止めた。私も足を止め振り返る。


「温室?」

「そう。結婚したら二人で暮らそうと思って、婚約を解消した後に用意した。二人で薬でも作りながら暮らして、そのうち子供が産まれて」


 セリーヌと婚約解消した後、この屋敷を見つけた。建物は痛んでいなかったが、庭は荒れ放題だった。ここを買い取り、薬師になった彼女が必要だと思う温室を建てた。作業する場所も作ってある。もちろん、庭師も雇い今は手入れされていた。いつでも住めるように準備は整っている。

 コンスタンス王女との婚約がなければ、今頃は結婚してセリーヌとここで暮らしていただろう。


「ずるいわ」


 セリーヌは崩れるようにその場にしゃがみこんだ。声が震えている。彼女の目には涙がないけど、今にも泣きだしそうだ。


「ずるいのは今更だ」

「オーランド様はどうしてそんなに優しいの」


 ずずっと鼻をすする音がする。


 もう少しだ。彼女の心がこちらに向かっている。

 いつも以上に優しさを心がけて、彼女の前に膝をついた。視線を合わせれば、セリーヌも潤んだ瞳で見返してくる。弱い月明かりでも彼女の表情ははっきりと見えた。


「私はセリーヌが好きなんだ。君がきらきら輝いているのを見ているのも好きだ。側にいてもらおうと考えたら、セリーヌが幸せに思える環境にするのが一番だろう?」

「バカじゃないの。温室を建てるのにどれだけお金がかかると思っているの。維持するのだって大変なのよ」


 どうやらお金のことを気にしているようだ。温室はガラス張りだし、温度を一定に調節する道具も導入している。研究所よりも小さいが、劣らない温室を作ったつもりだ。

 彼女の言い分に肩をすくめた。


「これでも私は第二王子なんだけど」

「王族なんて国民の税金で暮らしているだけじゃない」

「それなりに仕事したよ」

「……知っているわ」


 小さな呟きだったが、とうとう彼女は黙り込んだ。


「他に言いたいことは?」

「……思いつかない」

「じゃあ、結婚してくれる?」


 にこりと笑えば、セリーヌは私を見つめたまま涙を落とした。新緑のような緑の瞳からぽたぽたと次から次へと頬へ転がり落ちていく。その涙がとても綺麗で見入ってしまった。


「喜んで」


 セリーヌが両手を伸ばして、首に抱き着いてきた。その柔らかな体を強く抱きしめた。

 ようやく手に入った、最愛。


 喜びに、胸がジンとなる。迂闊にも、涙が零れそうだ。


「オーランド様、泣いているの?」

「泣いていないよ」


 掠れた声で聞かれたくないことを聞いてくる。私は意識して平坦な声で答えた。セリーヌが私の顔を見ようとするから、さらに強く抱きしめる。


「やっぱり泣いているんでしょう?」

「泣いているのはセリーヌだよ」


 意識を逸らそうとしたのが分かったのか、セリーヌが黙った。


 しばらく沈黙した後。


「オーランド様、大好きよ」


 不意打ちを食らった。涙は引っ込んだが、不覚にも顔が熱くなる。

 顔を見られないように、ぎゅっと強く抱きしめて彼女の耳元で愛を囁いた。



Fin.



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