夜会にて
王太子夫妻が主催する夜会はとても人が多かった。ヒューバートと出会った伯爵家で行われた夜会とは異なり、次代の二人が出席するため夫婦での参加が多い。
わたしも今回はヒューバートの妻としての立場で招待されている。すぐに会場に入るのかと思えば、別室に案内された。事前にヒューバートは知っていたのか、特に問うことなく使用人の後をついていく。
「こちらです」
使用人に促されて部屋に入ると、嬉しそうに笑顔を浮かべているシェリーがいた。
「まあ、やっぱりとても似合うわ」
薄い青色と濃紺のドレスを着たわたしを全身確認し始めた。左側のドレープを整え、髪に挿した飾りの位置もだ。その仕草が、お姉さまにとても似ていて、思わず笑みが浮かんだ。
「返事をしにくいことを言われても、そうやって笑って流しなさいね」
「はい」
「ヒューバート様が離れた時に女たちは狙うと思うの。一人でどうにかしようとしないで、護衛を頼りなさい。暴漢から守るのだけが仕事ではないんだから、しつこい人間を上手に躱すのも仕事よ」
忙しく色々と仕上がりを確認しつつも、そんな風に注意される。
「シェリー様はお姉さまみたい」
「あら、嬉しいことを言ってくれるのね」
本当に嬉しいのか、仄かに頬に色がつく。いつも余裕のある態度でいるので、その恥ずかし気な反応に驚いてしまった。
「おや、私のシェリーが乙女のように見える」
くくく、と声を殺した笑いが聞こえた。シェリーは唇を少しだけ尖らせる。わたしは割り込んできた声の主の方へと視線を向けた。
「わたくしだって、嬉しい時は素直に表情に出すのよ」
「ではもっと甘やかして嬉しさを引き出そうか」
聞いている方が恥ずかしくなる会話に、徐々に頬が熱くなった。
「ヒューバートの奥方は初々しいね」
「殿下、お願いですから揶揄うのはやめてください」
聞き慣れているヒューバートは簡単に流しているようだが、艶やかな言葉に慣れていなわたしは恥ずかしくて、居た堪れない。
「過保護だね」
マシュー殿下が肩をすくめるとわたしに視線を合わせた。
「わざわざこちらに寄ってもらったのは、護衛騎士を紹介しておこうと思ってね」
護衛騎士と聞いて驚いてしまう。目を丸くすれば、くすくすと笑う声がした。
「ああ、すまない。あまりに反応が可愛らしくて」
マシュー殿下の後ろから出てきたのは、近衛騎士の制服を着た女性だった。女性と言えども、わたしよりも頭一つ分ほど高そうだ。中性的な顔立ちのため、やや性別の判断に困る。
わたしは挨拶もせずにぽかんとして見つめた。彼女が面白そうに目を細めたのを見て、慌てて膝を折った。
「も、申し訳ありません。ヒューバートの妻、エレオノーラでございます」
「ローサだ。ずっと一緒にいるわけにはいかないが、会場にいるのでもし何かあれば声をかけてほしい」
「お心遣いありがとうございます」
何もないと思うのだが、沢山の人たちが気を遣ってくれるのをありがたく思った。ヒューバートも心配そうだし、よほど面倒くさい相手のようだ。挨拶が終わると、ローサは仕事がありますので、と言って部屋を去っていった。
「では、先に会場に入っている。後で一緒にお祝いをしよう」
「また後でね」
二人は連れ立って部屋を後にした。
「では、俺たちも行こうか。兄夫婦も、エレオノーラの姉夫婦も来ているのだからそう緊張しなくても大丈夫だ」
「王族の方に挨拶するのはどうしても緊張するわ」
わたしはデビューの時に国王陛下からお言葉を頂いたが、それ以降は特に王族と話す機会はない。孤児院でオーランド王子と会っているが、非公式の場だったので緊張したと言っても今ほどではなかった。
「大丈夫、俺が側にいる」
「わかっているわ」
頷いて見せれば、ヒューバートが手を取った。
******
「まあ、可愛らしい方ね」
ころころと楽しげに笑うのは王太子妃だ。ヒューバートとわたしがそろって挨拶に向かえば、待っていたかのように王太子妃に歓迎された。淡い金髪に空色の瞳をした、とても美しい方だ。伯爵家の出身で一つ一つの仕草がとても美しい。シェリーとはまた違った美しさだ。
「二人ともおめでとう。お披露目はいつだったかな?」
「今月末です」
王太子は気安い感じでヒューバートにお祝いを述べ、お披露目について言及する。ヒューバートはよどみなく答えた。
「その日が待ち遠しいでしょう?」
「はい」
王太子妃に悪戯っぽく微笑まれて思わず頬を染めた。なんだか待ち遠しいの意味が違って聞こえた。
「弟に休暇をきちんと取らせるように言っておく」
最後におめでとうと祝福され、挨拶が終わった。短い間だったがとても緊張して、王太子夫妻が次の客と会話をし始めて力が抜けた。
「これから知り合いに紹介するから、もう少し頑張ってほしい」
「ええ」
ヒューバートが顔見知りの貴族たちにわたしを紹介して回る。王太子夫妻にも祝福されていたことを見ているので、大いに祝福をされた。こそばゆい感じだ。
初めて顔を合わせる人たちも多くいたが、どの人も好意的でほっとした。最後の人と挨拶をした後、ゆったりとした足取りでヒューバートはバルコニーへと移動する。そこにはオーランド王子がいた。
「エレオノーラ嬢、おめでとう」
にこにこと微笑まれて、わたしは膝を折り腰を落とした。挨拶を沢山したので疲れていたが、わたしをヒューバートの妻として認めてくれたオーランド王子には最上位の敬意を示したかった。
「ありがとうございます」
「うん、よかった。これ以上ヒューバートが不機嫌になると、仕事がやりにくいからね」
本気だか冗談だかわからないことを言って、オーランド王子は声を立てて笑う。ヒューバートが面白くなさそうな顔をした。それに気がついたオーランド王子はにやにや笑う。
「面白いね。氷の騎士だとか言われていたのに、これほど崩れるとは」
「殿下」
「ははは、ごめん。揶揄うのはここまでにするよ。さて、エレオノーラ夫人、少しだけご主人を借りてもいいかな?」
申し訳なさそうに切り出したオーランド王子に頷いて見せる。
「はい、大丈夫です」
ヒューバートは浮かない顔をしたまま、わたしの手を握りしめた。
「ここには少し離れたところに護衛がいるから安全だ。何かあったら声を上げれば、彼らがすぐに駆け付ける」
そう言いつつ、護衛の立つ位置に視線を向けて教えてくれる。わたしもそちらを見れば、近衛騎士の制服を着た護衛達が見えた。遠くにはローサもいる。何も起こりようがないほどの警戒態勢だった。
「ええ、わかったわ」
「すぐに戻るから。ここで待っていてほしい」
ヒューバートはわたしを一人にすることに気が進まないようで、なかなか動こうとしない。わたしの手をぎゅっと握ってしまっている。
「大丈夫だから。早めに戻ってきてね」
「ああ」
心配そうなヒューバートに微笑んで、ちょっとだけ背伸びをして彼の頬にキスを贈った。わたしからキスしたことに驚いたのか、ヒューバートが固まる。
「明日、休み貰ってくる」
「休み?」
「用事を済ませて、早く帰ろう」
どうやらいけない火をつけてしまったらしい。ヒューバートは振り切るようにして苦笑しているオーランド王子と共に移動した。
******
「あなたがヒューバートの婚約者ね」
ぼんやりと外を眺めてれば、唐突に声をかけられた。驚いて声のする方を向けば、先ほど挨拶した方たちにはいない女性が立っている。女性と言ってもわたしと同じぐらいの年齢だ。そしてこの国では見慣れないドレスを身に纏っていた。初めて見る意匠であったが、小柄な彼女にはよく似合っている。ただこの国の女性には似合わない意匠だ。
ゆったりとした仕草を心がけ、簡略的ではあるが王族に対する礼をする。間違っていなければ、彼女はオーランド王子の婚約者であるコンスタンス王女だ。彼女も自分のことがわかっていることを前提に、名乗る気はないらしい。
その価値がないと思われているのか、使用人だと思われているのか。
どう思われているのかによって、振る舞いが変わってくる。内心困ったと思いつつ、彼女の言葉を待った。
「あなた、ヒューバートとの婚約を破棄して頂戴」
驚きに下げていた頭をぱっと上げた。あまりにも直接的に言われて衝撃を受けたのだ。冗談だろうかと不敬にもまじまじと顔を見てしまった。その表情があまりに真面目なので、どうやら本気で言っていることだけがわかる。緊張に喉が渇いたが、混乱する気持ちをぐっと押さえつける。
笑っていなさい。
夜会が始まる前のシェリーの言葉が頭をよぎった。
きっとこうなることを見越していたのだろう。気持ちを整えて、気がつかれないように息を吸う。
「発言をお許しください」
「何かしら?」
「先ほど王太子殿下より祝福を頂いておりますので、婚約破棄はできません」
笑っていろと言われたけれど、笑って流すことはできない。ここで笑ってごまかすのも手だと思うのだが、はっきりと意志を表示したいと思ったのだ。
一番楽に発言を取り消してもらえそうな理由を口にした。
コンスタンス王女はわたしが承諾しなかったことが不愉快だったのか、きゅっと眉を寄せた。
「王太子の祝福なんて関係ないでしょう。たかが平民の婚約じゃない。愛されていないお前が気の毒だから助言をしてあげたのに」
「愛されていない、ですか?」
よくわからずに、首をかしげるとコンスタンス王女は馬鹿にしたようにくすくすと笑う。
「お前は王城での二人の様子を知らないから気の毒だわ。ヒューバートとバイオレットは愛し合っているのよ。バイオレットと出会う前にお前と婚約してしまったから、二人は結婚できないのだわ」
驚きに目を見開いた。
バイオレットというのが今までの情報からすると、ヒューバートに纏わりついているコンスタンス王女の侍女だろう。その侍女とヒューバートがどのように噂されているのか、知らないのだろうか。
わたしの驚きを別の意味に捕らえたのか、コンスタンス王女は私の反応に満足そうに笑う。
「ほら、あちらをごらんなさい」
そう言って示されるまま庭の方を見れば―――。
ヒューバートと女性が抱き合っていた。薄暗い庭であっても、所々に明かりはともされており、会場から洩れる光も二人を判別させるには十分だった。
「え?」
思わず零れた言葉に、コンスタンス王女が耳障りな声で笑った。




