届いた手紙
噂が気にならないと言ったら嘘になる。
信じようという気持ちと会えないという現実がどうしようもない気持ちとなっていた。新居で使う寝室の寝台のカバーに刺繍をしていた手を止める。
気持ちを少しでも晴れやかにしようと、日差しがたっぷりと入るサロンに刺繍道具を持ち込んだものの、気持ちは少しも落ち着かず沈むばかりだ。
結婚まで2か月を切っているのに、幸せな気持ちよりも不安な気持ちの方がだんだん大きくなっていった。お母さまには強くなりなさいと言われたものの、このような持て余すような気持ちは初めてでどうしていいかわからない。
唯一、不安を取り除けるヒューバートに手紙を送っても返事がない。3通目までは返事がなくとも出していたが、流石に4通目を出すことができずにいた。
返事を書くだけの時間がないのだろうかと思ったり、もしかしたら迷惑だったかもしれないと思ったり。その日、その日の気分で浮き沈みした。
あれほど近かった人がとても遠くに感じてしまう。
今の状態をヒューバートはどう思っているだろうか。
それすらも分からなくて、不安ばかりが募っていく。
「エレオノーラ、今、大丈夫かしら?」
お姉さまがそう言いながらこちらにやってきた。
「もちろんよ」
テーブルの上にある刺繍道具を手早く片付ける。お姉さまはいつも以上ににこにことしてわたしの対座に座った。
「はい、これ」
「手紙?」
お姉さまが差し出したのは一通の手紙だった。特に飾り気のない、仕事に使うような白い封筒を見て首を傾げた。いつも貰う手紙は装飾の付いている手紙が多く、このような手紙を受け取ったことは一度もないのだ。
「ふふふ。これはね、リックがヒューバート様から預かってきたものよ」
「えっ?」
驚きに声を上げれば、お姉さまが優しい眼差しで微笑んだ。お姉さまもわたし達の状態をやきもきしていたようだ。
「今までもヒューバート様は貴女に手紙を送っていたそうよ。だけど、なかなか返事が来ないのでヒューバート様は直接リックに確認したみたい。そこで、お互いの手紙が届いていないことが分かったのよ」
「何故そんなことに……」
今まで届いていた方法で手紙が届かないなんて、考えたことがなかったのだ。
「いくつか理由が考えられるけど、はっきりと聞いていないわ。それから、リックがきちんと本人に届けていなかったことを謝っていたわ」
「お義兄さまは悪くないと思うの」
わたしは直接王宮に出向くような立場にないので、手紙はいつもリックに頼んでいた。そのリックも直接ヒューバートに渡すのではなく、近衛騎士団の事務方へとお願いしていたようだ。近衛騎士団内で手紙が紛失するなど滅多にあることではない。誰かの意思が働いたのだろう。
「リックが言うには、ヒューバート様、とても怒っていたそうよ。本当にバカなことをしたわよね。上手くやっているつもりが裏目に出ているもの」
「やはりあの噂が関係しているの?」
情けないと思いながらも不安になる。
「そうね。他に変な女に執着されているのでなければね。やはり気になる?」
他に、と言われて情けない顔になった。ヒューバートはとても見目がいいから、ナタリーのような女性が他にいないとは限らない。
「もちろん、気になるわ」
「最近の噂は聞いている?」
「いいえ。噂が耳に入らないように気を遣ってもらっているみたいで」
「最近の噂を聞いたら、そんなに不安になることはないと思うわ」
お姉さまはどこか面白そうに笑う。その笑みが嬉しそうというよりも、意地の悪い感じの笑みだ。
「必死に振り向いてもらおうとしているけど、まったく相手にされていない痛い女と噂されているの」
「え、と」
どう反応していいのか、迷ってしまう。思わず視線がうろついた。
ヒューバートの冷たい対応は見ているので、彼がどんな態度でいるのかはすぐにわかる。確かにどんなに親し気に見せようと頑張っていても、あの態度では難しいかもしれない。
取り付く島がないというのか、いない者として扱われているというのか……。わたしがあの対応をされたら、きっと辛くて逃げてしまう。
「これからが見ものよね。王家にも認められた結婚なのよ。しかも、王子殿下が証人となっているにもかかわらず、横やりを入れようとするからどんなことになることやら」
「わたしはこのまま何事もなく終わってほしいです」
「それは無理なんじゃないかしら。しかも他国の人間がやっているのよ。このままでは済まされないわ」
「ねえ、わたし、色々王宮での出来事を仕入れてきたの。知りたい?」
楽し気に笑うお姉さまがどんな話を仕入れてきたのかは気になったが、当事者であるわたしがそのことを笑うのは違うような気がした。聞かなくていいと首を左右に振った。
「何があったかはヒューバート様に確認するわ」
「エレオノーラらしいわね。それでいいと思うわ」
お姉さまが席を外してから手紙は読むつもりだったけど、お姉さまも内容が気になるらしい。仕方がなく、お姉さまのいる前で封を切った。
これほど手紙が嬉しいなんて思ってもみなかった。
婚約する前は毎日のように何かしら届いていたから、もらえるのが当たり前になっていた。当たり前が当たり前じゃなくなって、噂を聞いて、気持ちが揺れて。
「わたし、強くなりたいわ」
でもすぐには強くなれない。
複雑な気持ちがつい零れ落ちる。お姉さまはくすくすと笑った。
「その気持ちがあれば、徐々に強くなれるわよ」
「そうかしら?」
そんな感じがしないのが問題なのだけど。
不安を心の底に沈めて手紙を広げる。
手紙には会いに行けなくなっている現状の謝罪と、手紙が届いていなかったという事実、そして何よりも会いたいと書かれていた。どれほど会えなくて、気持ちが辛いかまで。
次にあったときには、不足した分を補充させてほしいと綴られている。
護衛している王子の婚約者が隣国からやってきたため、半年後に行われる婚儀が終わるまで城に詰めている状態になるだろうとも書かれていた。わたし達の結婚については予定通りに行うので心配はしないでほしいと最後に締めくくられていた。
職務については何も書かれていなかったが、丁寧な字で書かれた内容にほっと息をつく。
ヒューバートの手紙は淡々としているが、ところどころに感情が漏れていて心が温かくなる。単純なことに読んでいるだけで、不安な気持ちが小さくなっていった。
何度か読み返してから畳むと、お姉さまに差し出した。お姉さまが目を丸くする。
「いいの?」
「だって気になるのでしょう?」
自分の口から説明するよりは見てもらった方が早い。内容も秘密にするようなものは何もないので見せることに抵抗はなかった。
躊躇いながらも、目は好奇心に輝いていた。お姉さまは手紙を広げ、さっと読む。
「あらあら、ご馳走様」
「変なこと、書いてあったかしら?」
お姉さまの言い方に首を傾げた。お姉さまは呆れたような顔をする。
「もしかして今までの手紙もこんな感じなの?」
「ええ、そうよ」
大きく息を吐いてお姉さまが脱力する。
「こんなに重い気持ちに溢れた手紙をもらったことはないわね」
「重い? そうなの?」
よくわからないが、そういう事らしい。
重い気持ちと言われれば、単純なわたしは喜んでしまう。それだけ大切に思ってもらえているということだから。




