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スナイプ・ハント  作者: 柚希 ハル
真像編
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5 年に一度の宴Ⅱ

 

「でもどうして、茜なんだ?」


 海斗がまず気になったのはそこらしい。

 会場までの道のりを歩きながら、二人は他愛もない話をするように話し合う。もちろん、誰もスーツ姿の青年の話に耳を傾けない。時々すれ違う女性の視線が深矢を掠めるくらいだ。


「おかしいだろ。茜は組織に入って日も浅い。正体がバレるような任務だってしていない」

「さぁな。任務以外で何かあったとは考えられないのか?」

「例えば?」

「大学の知り合いとか」


 茜も海斗同様、普段は志岐大学の学生として振る舞っている。最低限授業にも出席しているはずだ。

 しかし海斗は首を横に振った。

「茜が低脳な大学生と親しくできるとは思えない」


 それはお前の方じゃないのか――というツッコミは一先ず堪える。


「他に考えられるとしたら?」

 海斗は考えるように顎に手を当てた。


 茜のことは海斗に聞けば大体分かる。茜にそう言ったら気持ち悪いと殴り飛ばされそうだが、実際、海斗の意識は長いこと茜に向けられてきたのだから仕方ない。

 そんな海斗でも心当たりは思い当たらないようだった。


「直接聞いてみるしかないな」

 しばらくしてから海斗が呟いた。分からないことに納得いかないようだ。



 パーティの会場は、とあるホテルのホールを貸し切って行われる。そのホテルも、超一流という言葉が似合うような高級で伝統のあるホテルだ。

 そのエントランスに入りながら、深矢はその豪華絢爛さにため息をこぼした。


「大学の学長ってこんな豪華なところでパーティーするものか?」


 天井から吊るされた大きなシャンデリアに、ふかふかの絨毯。そしていたるところに飾られた絵画。どれをとっても一流と呼ぶに相応しいことは明白だ。

 それだけではない。ホテル入り口には警備員が常駐しているようだし、入って五歩進むだけで監視カメラを十個は見つけた。つまり警備も超一流、というわけだ。


「……なるほど」

 深矢は十一個目の監視カメラを見つけてから納得した。

「団長が上に報告して、警備を手厚くしたってわけだ。部外者が入り込まないように」

 すると、隣で平然とする海斗が呟いた。


「そうでもないぞ。会場は毎年ここって決まってる」


 どういうことだ?


 海斗の口調はまるでここに来たのは初めてではないようなものだ。海斗の様子も、特に興奮した様子はない。


「来たことあるのか?」

「まあな」


 海斗の素っ気ない様子が気になりながら、深矢は受付に二人分の招待状を見せる。

 名簿に適当な名前を書いてから、扉に案内される。これといった警備体制は引かれていない。

 これでは普通のパーティーと何ら変わりはない。招待状さえ手に入れば、誰でも中に入れてしまう――

 しかし、深矢の疑問は扉を開いた瞬間に消え去った。


「……なるほど、これは部外者は入れない」


 一見すれば、ただの和気藹々としたパーティー会場だ。綺麗に着飾った人達が、料理やドリンクを片手に優雅に談笑している。


 違うのは、そこにいるのが漏れなく全員スパイ組織の構成員だということ。部外者かどうか、まるでお互いがお互いを見定めるような視線が行き交っていた。

 この状態ではどれほどベテランの捜査員でも潜り込めはしないだろう。ここはどこの警備体制よりも厳重だ。


「己の身は己で守れってことだな」


 つまり、会場内のスタッフも含めて構成員なのだろうか。そう思って会場を見渡すが、料理を運んだりドリンクを差し出しているスタッフは構成員というには若かった。


「海斗、ここのスタッフも組織の関係者なのか?」

「関係者といえばそうだけど、構成員と言われるとそうじゃない」

 わざとらしく、回りくどい言い方だ。


 深矢が眉をひそめたのを見て、海斗は肩をすくめた。

「高校生だよ。青嶋学園のな」


 なるほど、と深矢は相槌を打ちながらもう一度会場を見た。会場内にいるスタッフは十一人。どの子も確かに高校生に近い若さで、それでいてどこか大人びた、可愛げのない鋭さを持っている。


 青嶋学園は組織直属の工作員(スパイ)養成学校だ。海斗や茜の母校でもある。深矢は訳あって高等部を中退しているが。


「へぇ、フィールドワークで大学長(ボス)の誕生パーティーのアルバイトってわけか」

「そんなところだ」

「ということは、お前もここには来たことあるんだな」

「さっきそう言ったろ」


 海斗の様子は相変わらず素っ気ない。まるで何か思い出したくないことでもあるかのようだ。となると茜関係か……?


 しかしそんな気がかりは、会場に足を踏み入れた瞬間掻き消された。

 全身の肌中に、ピリピリと嫌な刺激を感じたのだ。

 周囲の注意を引き付けている。そんな感覚だ。

 会場に集められた構成員達が、それぞれ深矢に視線を送っているのだ。まるで噂話をするように。

 原因はすぐに思い当たった。


「深矢お前、思った以上に有名人なんだな」


 周囲の様子に海斗も気付いたようだった。


「胸を張れる有名人ならよかったのにって心底思う」

 ため息混じりに返すと、海斗も苦笑した。


 深矢が有名な理由。それは主に二つある。

 一つはつい最近、組織の五代幹部――大学長(ボス)に始まり組織の中で最も偉い五つの役職――を集めさせるほどの重大な査問委員会を開かせたことだった。それも、立て続けに二件。

 片方の件では組織の情報を外部に漏らしかけたし、もう片方では構成員が何者かによって暗殺されている。

 五代幹部を集めた査問委員会を立て続けに開かせたのは深矢が歴代初のようで(全く名誉な事ではない)、極秘事項と雖もスパイ組織の中では秘密が共有されているようだった。


 そしてもう一つの理由は、深矢の過去にある。


 それは三年前に起きた、組織内の重大な事件――大学長(ボス)の暗殺だった。

 深矢はその事件で犯人に仕立て上げられ、今もその濡れ衣は晴れていない。

 先代の暗殺は世間的には『自殺』となっているため警察の介入などあるはずもなく、新しい大学長(ボス)が就任した今、三年前の容疑は有耶無耶にされたまま深矢は組織に入ることになった。


 この結果がこれだ――深矢は四方八方から向けられる、好奇の視線に苛立ちを覚えた。

 海斗はそんな深矢の心中を推し量ったらしい。軽く深矢の肩を叩いた。


「人の噂も七十五日って言うだろ、じきにみんな忘れる」

「今日は組織に入って何日目だ?」

「……五十二日目、だな」

「忘れてくれるといいな」


 この先ずっと、濡れ衣が晴れない限り、深矢にはこの鬱陶しい足枷がまとわりつくのだろう。あぁ嫌だ。


「『大人しくしてりゃ』、誰も気に留めなくなるだろ」


 海斗は意味有りげに、ニヤリと笑った。

 悪戯を仕組む小学生のような仕草だ。だが海斗の意図することは深矢が発端である。

 ボーイから差し出されたウエルカムドリンクを口に含みながら、深矢もニヤリと笑って返す。


 勝手に罪を被せられて、大人しくできるわけがない――だから深矢は自ら濡れ衣を晴らそうと、密かに動いているのだった。唯一無実を知っている海斗と茜、そして由奈と協力して。


「なぁ海斗。大学長(ボス)の誕生パーティーってことは、偉い方々も出席してるはずだよな」


 三年前の事件について分かっていることは二つ――『組織の権力者』が関わっている、というのはその一つだ。

 組織の重役の顔は既に把握している。ならばこの会場から見つけ出すのはいとも簡単なことだ。

 スッと目を細めると、隣の海斗に肘で小突かれた。


「そんな目付きするなよ、喧嘩売ってるみたいで余計に注目されるだろ」


「全く、その通りだね」


 唐突に背後から声がして、深矢と海斗は顔をしかめた。


「やあ!迷子にならなかったかな?」


 振り向かずとも正体は分かる。その盗み聞きに気付かなかったことに内心舌打ちをしながら、精一杯の無表情を取り繕って振り向いた。


「問題はありませんよ。茜からはまだ連絡はないですが」


 団長は真っ白なスーツを身に纏っていた。ジャケットの下からは黒のネクタイと真っ赤なシャツが覗いていて、感情の読めない笑顔と合わさってまるでピエロのようだ。一際目立っていることは言うまでもない。


「そうかい。時間はかかりそうかな?」

「いや、もうすぐ連絡が来ると思います」


 腕時計を見た海斗が時間を計っていたかのように答える。

 すると団長はお面のようなニッコリとした笑顔から、一層口角を引き上げてみせた。


「それはよかった。今日はどうしても君たち三人には揃って貰わなければならなかったからね」

「というと、何か用事があるんですね?」


 大学長(ボス)の誕生パーティーに、タダで呼ばれるわけがないと思っていたのだ。


「大した思惑はないよ。招待は大学長(ボス)のご厚意さ。用事があるのは工作本部長だね」

「工作本部長が……?」


 工作本部長はその名の通り、梟の所属する工作本部を束ねる者だ。だが五代幹部でもあるお方が一体……

 深矢が思い付いたのと同時に、隣で海斗が口を開いた。


「工作本部長直々の任務依頼ですか」


 その通り、と言わんばかりに団長は大きく頷いた。


「ふふっ、どんな大きな任務が待っているんだろうねぇ……彼は喧騒が嫌いだからね、ずっと控え室に篭っているよ。三人が揃ったら向かうといい」


 それから深矢と海斗の肩にそれぞれ手を置き、顔を近づけて声を潜めた。


「それまではどうだろう、後輩の面倒でも見てあげたらどうだい?」


 どういう事だ?


 深矢が眉をひそめたのと同時に、海斗も隣で嫌そうな顔をする。

 さぁてと、と団長は浮き足立った様子で振り返った。


「それでは、年に一度の宴を楽しむとしようじゃあないか!」


 腕を広げてみせるその姿はさながら舞台役者のようだった。


「……自分が主役みたいなはしゃぎ方だな」

「あれが上司って言われると恥ずかしい」


 浮かれてスキップでもしそうな団長の後ろ姿を見ながら、深矢はため息をこぼし、海斗は頭を抱えたのだった。




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