34 足りないピース
時は戻ること二日前。
今回の査問委員会には、海斗と茜も証人として召集されていた。
「……つまり、彼は任務中に突然離脱を図ったというわけだな?」
黒で統一された会議室の中、目の前に並ぶ大人達が代わる代わる質問を投げかける。
「そうなります」
――この緊張感は嫌いだ。
茜にとってはもちろん、査問委員会は初めてだった。
これは思っていた以上にキツい。
目の前に並ぶSIGの重役達の鋭い目が、自分の一挙一動に目を光らせていて、発言の息遣いまでにも神経を尖らせているようだ。
茜は正面からの圧から逃げるよう、視線をずらした。
監察官の眉がピクリと動く。
神経に障る。
その先では団長が、悠々とした表情でこの状況を俯瞰していた。団長から質問することはなかった。それは一応直属の上司だからなのか、単に高みの見物をきめていたいからなのか、判断はつけられない。
「彼は最初からそのつもりで……取引金を横奪するつもりで、貿易会社本社へ潜入していたのか?」
相手を圧迫させたいのだろう。中央に座る大学長の目は据わっている。まるでこちらが悪いと言わんばかりに。
んなことあいつに直接聞けっての。
深矢の査問はまだだった。今頃、駆け付けた事故処理班に連れていかれた場所で、大人しくしているだろう。深矢の査問は証人二人の話を聞いてからだ。海斗はすでに終えている。
しかし茜に証人となるほどの情報はないはずだった。海斗からもう十分情報は出てるだろう。
「それはないと思われます」
「どうしてそう思う?」
果たして同じ話を二回も聞いて何が面白いのか――茜は内心うんざりしながら、あの時のことを思い出した。
『メールは囮だった!』
焦ったように飛び込んできた深矢のセリフは、取引は、と続いた直後に切れた。そしてすぐに雑音と化した。インカムが壊れたことは容易に想像できた。
となると誰かに遭遇したのか?
そう考えたのは海斗も同じだったらしい。
『茜、上へ向かえ!』
言われると同時に茜は警備室を飛び出した。
社長室には誰もいなかった。争った形跡もない。ただ、インカムが投げ捨てられたように散乱していた。
どうみても、深矢が勝手に飛び出したようにしか見えなかった。
漁った形跡のあるデスクの上には付箋のメモがあり、それとパソコンに表示されたファイルで分かった。
取引は今日だった。そして深矢は何を思ったのか単独で先に向かったのだ。
「……あの様子からして、計画性は皆無でした。それにあいつは慌てていました。最初から横奪が目的だったのなら、私達に追わせないよう、行き先の情報を消してから向かったと思います」
「……ふむ、それもそうだな。では事件のあった港に着いた時、まず何を思った?」
これもどうせ海斗と同じ質問なのだろう――そう思いながらも仕方なく答える。
港に着いた時、既に取引は終わり荷積みも終えた状況だった。相変わらず深矢の動きも分からない。しかし優先事項は一つだった。
「まず、任務として取引を成立させてはならなかったので、それを阻止する必要があると考えました」
作戦を立てたのはもちろん海斗だ。取引物の火薬で誤爆が『起き』れば、商品が駄目になって取引もなしとなる、という作戦だった。応急処置のような作戦だったが、結局機嫌を損ねた社長が取引中止を申し出たので万事休す、といったところだ。
「あの場をたった二人で鎮めたのは素晴らしい腕前だ。さすがは梟に推薦されるだけのことはある」
「お褒め頂き光栄です」
茜の代わりに突然口を挟んだのは団長だった。他の重役達の顔が渋り、茜も怪訝な顔になる。
「……君のことを褒めたつもりはないのだが」
大学長が咳払いしながら質問を続けた。
「次に、秋本深矢を捕らえた時の状況を聞きたい」
その瞬間、何となく空気が変わったことに気付いた。緊張の糸が張り詰めたようだ。思わず背筋が伸びる。言葉を選ばなくてはならない、そんな直感がした。
「彼を捕らえた時、近くにもう一人いたという報告がある。君はその人物を知っているか?」
取引金を積んだ船の上、海斗は深矢がそこに来るとでもいうように、そこで待ち伏せしていた。いや、きっと読んでいたのだ。即座にあの場の状況を全て捉えて分析して、何が起きるか予測できていたのだ。
そして実際、深矢は来た。しかも後ろにはもう一人、深矢の――というより田嶋陽一の親友、奥本圭もいた。
「名前は知っていました。しかし素性は知りません」
これこそ海斗の担当だ。あたしに聞かれても――と思ったところで、あの晩、本社に潜入する前にその姿を見かけていたことを思い出す。
「そういえば……任務の直前、奥本圭が一人で事件のあった港へ向かうのを見ました」
この情報は初耳らしく、重役達がざわついた。
茜は慎重に言いながら同時に考えた。
ということは、横奪しようとしたのは奥本圭だったのか?
でもあれに泥棒紛いの素質があるとは思えない――
能天気そうでヒョロリとした長身を思い浮かべる。
「事故処理班からの報告で、奥本圭がこう自白した。彼は田嶋陽一なる人物と普段から盗みを働いていたそうだ」
大学長の目付きが一層懐疑的になった。
その変化で一つ気が付いた。
重役達は、あたしが深矢を庇ってるかどうか疑ってるのか。
三年前の話とはいえ、深矢の同級生で今は同僚でもある。少しでも不利にならないように証言しているのではと疑うのも分かる。
「加えて、その田嶋陽一には裏社会に協力者がいたそうだ……君はこのことを知っていたかね?」
だが茜にしてみれば盗みも協力者も初耳だった。
まぁ、何となくそんな気はしてたけど。
「いえ、知りませんでした」
茜はきっぱりと断言した。あやふやな答えをすれば必ず突かれる。
むしろ、大学長からの情報で、茜の中で深矢の周辺の相関図が出来つつあった。
奥本圭が横奪の計画を立てたのではなく、その協力者が奥本圭に指示していたと考えれば納得できる。それも深矢に秘密で。それが脅しとなれば、あの晩公園で見た奥本圭の表情の訳も、深矢が任務を投げ出すまでして駆け付けた理由も頷ける。
――待てよ。
この仮説が正しければ――今回深矢は何も悪いことはしてないじゃないか。
深矢も奥本圭も、その協力者の悪意に振り回されただけ。
あいつはまた、被らなくていい罪を被ってるってのか。
茜は思わず内心苦笑した。
ほんと、巻き込まれるの好きだよな……
だが今回ばかりは奥本圭の安否が掛かっているため、楽観的に笑い飛ばすわけにもいかない。むしろ奥本圭が今もこの先も無事でいられるとは考えられない。
茜の推理など露知らず、大学長達は相変わらず疑い深く、真実は見えていないようだった。
「以前とはいえ、親しかった君達にさえ、窃盗や協力者の件を隠していたということは、秋本深矢には協力者と組んで何かを企んでいた、とは考えられないか」
ちょっと待て。
大真面目に言う目の前の重役の表情達に不穏な雲行きをふと感じ取る。
「彼には前大学長暗殺の容疑も、青嶋学園を脱走し約三年間身を隠していたこともあります。SIGに対して何かしら反感を抱いている可能性も……」
――馬鹿なのか?
驚きと呆れが同時に茜を襲った。
どこまであいつを貶めたいんだ。
そこにはあたかも、深矢を完全なる悪者に仕立て上げようとする流れがあった。
この流れには乗ってはいけない。
そう思ったら、自然と口が動いていた。
「もしもあいつが反逆者の端くれだったとしたら、もっと慎重に、巧妙に行動すると思います」
気付いたらそう口走っていた。
しまった、と思ったが遅い。
重役達の目が光る。まるで罠に獲物が引っかかったとでもいうように。
「その根拠はなんだね?」
……あぁ、面倒くさい。
ボスの問いに、茜は仕方なしに腹を括った。もうどうなっても知るか。
「あいつは工作員として優秀な奴です。三年間のスパンがあるとはいえ……」
「優秀な奴が工作員の禁忌を犯すか?」
「今回のことはどう見たって協力者とかいう奴が、」
「それこそ、たかだか裏社会の端くれに嵌められるのが優秀な工作員の待つ末だったとでも?」
スイッチを切り替えたように、大学長が次々と問い詰める。
答える隙くらい与えろっての……!
茜はその紳士面を殴り飛ばしたい衝動に駆られた。こういう進み方は性に合わない。
「今回の事件で、秋本深矢が空白の三年間の間に工作員としての素質をなくし、その上粗悪な反逆者に成り下がったと、私なら考えるのだが……いかがなものだ?」
「……あんたらこそ、」
茜は半分やけくそのように大学長を睨みつけた。
「あいつが反逆者っつう確固たる確証持って言ってんのかよ」
目の前に並ぶ馬鹿が一斉に面食らったのが分かった。その中で端にいた団長だけが楽しそうに口を歪めた。
「……口を慎みなさい」
監察官の制止に、渋々といった風に失礼しました、と応える。
そして啖呵を切った頭の隅で、茜はこんなことを考えていた。
港で見た深矢の表情は、普通の心理状態とは到底言えなかった。奥本圭とはとても仲が良かったと聞く。だとしたらあれはきっと、相当参っている。
あいつ、大丈夫なのか――?




