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スナイプ・ハント  作者: 柚希 ハル
決別編
33/74

33 考えの浅い愚か者Ⅴ

 

 車が離れるのを見送ってから、海斗は数歩その背中に近付いた。

 深矢は我慢しているようだった。ライターを握り締める左手がそれを物語っている。

 海斗の制止に苛立っているのかもしれないが、悪いことをしたとは思っていない。


「ライターの爆破は簡単だし、突発的な爆発だから事故として見なされやすい。けど、ムカついた衝動で殺るなんて、お前らしくもない」


 声を掛けるも深矢は振り向かず、ジッと松永の車が走り去った方向を見据えていた。


 その姿からするに、我慢すると同時に考えているようだった。

 何か、なんてものは聞かずとも分かる。

 ただただ恐るべき処理速度を持ったその頭で、深矢は一つのことを考えていた。


「……止めてくれて助かったよ」


 やや間が空いて答えたその声は、先ほどの激情とは裏腹に、ひどく落ち着いていた。

 むしろ温度を感じない、平淡で冷酷さすら感じさせる声だった。

 その声に、海斗は内心ほくそ笑む。


「お陰で頭が冴えた」


 そう小さく呟いた深矢が半身で振り返る。深矢の眼は氷柱のように鋭く澄み切っていた。

 それで確信を得る。海斗を射抜くその眼はここ数週間の深矢とは別人のようだった。


「それで?お前はまた俺のストーカーか?」


 海斗は安堵混じりに笑いを溢した。

「いや……その必要はないって言いにきたんだ」


 それはよかった、と答える深矢が呆れたように鼻で笑う。それは懐かしさのある仕草だった。


「やっと分かったんだ……俺がここ数週間、お前を観察し続けた答えが」


 別人のようで、どこか懐かしい。そんな深矢を注意深く観察しながら海斗は言う。


「俺は今まで、お前がこの三年間でどう変わったのか、今のお前の姿を追い続けてた。不思議だったんだ。お前があまりにも、青嶋にいた頃と変わっていたから」


 三年ぶりに会った元・優秀な同期は、以前のような影はなく、穏やかさが混ざって腑抜けて見えた。

 思わず目を疑った。聞けば、ずっと一般人として大人しく普通の高校生活を送っていたそうじゃないか。


 そんなことあるわけがない。

 青嶋での深矢を知っている海斗には信じられなかった。


 なぜって、スパイ学校である青嶋でトップの成績を張るような奇才が、家族全員一般人でない家系の奴が、普通の一般人に成り下がれるわけがないからだ。

 たった三年間で、人はこうも丸くなるのだろうか。

 目の前の腑抜けた男が秋本深矢だと、自分は認めたくなかった。


「けど俺が追いかけていたのは、秋本深矢じゃなかった……田嶋陽一だったんだ」

 なるほどね、と深矢が声に出さず呟いた。

「だから俺はこんなにも圭が死んだことに参ってるのか」

 そして被虐的に、しかし不敵に嗤う。


 その様子はまるで、三年前の深矢がそのまま目の前にいるかのような、そんな様子だった。

 これだ。これがお前だ。


「深矢、お前は何も変わっちゃいなかった。今までの中途半端で腑抜けた奴は田嶋陽一で、お前自身がそのことに気付いてなかっただけだ」


 今までの、スパイでありながらどこか人間味のある微温湯に浸かったような人格は、犯罪に手を染めながら親友を大事に想う田嶋陽一のものだったのだ。


「……激励をどうも。けどどうして俺が変わってないなんて言える?」


 海斗は査問委員会に召集された時のことを思い出した。海斗や茜も、関係者として事情聴取を受けていたのだ。


「査問会でお偉いさん方が話してる端々で読み取れたんだ。深矢お前、普通の高校生活の傍らで泥棒業してたらしいな……何が普通の男子高生、だよ」


 嫌味混じりに言うと、深矢は軽く笑い飛ばしいたずらっぽい笑みを浮かべた。


「”俺的普通の男子高生”っつったろ?」

 海斗は思わずため息を吐いて、頭を垂れた。

「……そうなんだよく考えれはその通りなんだ。工作員の父親と元女泥棒の母親を持つお前が、生まれつきの犯罪者みたいな遺伝子のお前が、普通に一般人の味気ない生活なんて送れるわけがなかったんだ、俺の考えも浅かったよ……!」


 海斗のため息に、深矢は堪えかねたように吹き出した。


「生まれつき犯罪者の遺伝子、ね。褒め言葉かな」


 この男の言う”普通”を真正直に疑った自分がバカバカしく思えてくる。深矢こそ、普通ができない奴だった。

 そんなこと、青嶋にいた頃の深矢を知っていれば火を見るより明らかだったのに。


「しかも泥棒業に加えて、例の事件を調べてたらしいな。大学内で財布スったっていうあの老教授も、こないだの暗殺されたエージェントも、例の事件繋がりなんだろ」


 そして青嶋で優秀な成績を修めていた深矢が、工作員として文句のない素質を持った深矢が、三年前の事件に関して黙って濡れ衣を被ったままでいるはずがなかった。


 深矢は肩をすくめて微笑を溢した。

「全く、査問会に呼び出されるだけでバレちゃ隠した甲斐もないよ」


「まぁ、これに関しちゃ最初から可能性はあったんだ。深矢の家とあのカレー屋の位置から考えてもな。両方とも志岐大学の近くだし、あのお友達が通ってたのも志岐大学だ。青嶋学園が志岐大学の付属って知ってて近くに居座るんだ、SIGを調べる気満々なのは猿でも分かる。それが単に三年前の事件の真犯人を探すためなのか、それがきっかけでSIGに恨みを持って、SIGを貶めようとしてんのかは判断付かなかったけどな」


 しかし単純に考えれば事件を追っていると判断できるはずなのに、ましてSIGを憎んで復讐を企てているなど無駄に捻った考えをしていた自分は馬鹿だ。

 本当に、何も分かっていない馬鹿だったのだ。


 海斗はもう一度深くため息を吐いた。そんな海斗を見て、深矢もまた笑う。

「お互い、考えの浅い愚か者だったわけだ」

「本当だな」


 海斗はそう答えてから、切り替えるように深矢の背中を軽く叩いた。


「あのヤクザのことは任せとけ。深矢がやりたいようにさせてやる」


 頼んだ、と短い返事で二人の間を何かが通う。

 もう疑う必要も、詮索する必要もなかった。


「でもその前に、俺達は工作員(スパイ)だ。一番に優先されるべきは任務、だろ」


 すっかり査問委員会で時間を取られてしまったが、最初団長から言われた期限は二週間だ。

 つまり、あと一週間足らず。


「……残りは一週間。俺には監察課の監視がついてるから戦力外だ。二人だけでいけるのか?」


 歯切れの悪い深矢の言葉を、海斗は鼻で笑い飛ばした。


「深矢、お前が戦力外だって?青嶋の脱走者がよく言うよ」

 刑務所並みのセキュリティの青嶋を抜け出した奴にとって、たかだか数人の監視なんて何でもないだろう。

 その意味は、言わずとも伝わったらしい。深矢が肩をすくめる。


 しかもあの時、深矢の脱走を手引きしたのは――これは大人達にはバレていないが――海斗と茜、そして由奈だったのだ。

 この四人が揃えば死角などない。そう、揃ったのなら。


「一週間なんていらねえよ。三日で片付ける。そうしたら深矢の時間だ」


 深矢の顔の前で三本の指を振りながら、その背中を通り越していく。

 三日後、深矢はきっと度肝を抜かすだろう。

 海斗の頭には、そこまでの予測が既にできていた。

 それまでの、任務をどう遂行するか、TCCの武器取引をどうやめさせるか、そして深矢をどう連れ出すかも。

 予測に必要な情報は全て揃っている。あと一つ、読めないことがあるとするなら――


「海斗」

 その時、深矢に呼び止められた。

「一つ、調べてもらいたいことがある」

 そう前置きされて出た言葉は、唯一読めない未来への手掛かりだった。



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