23 隠すべき事、憑りつく噂Ⅲ
「間一髪のところだったねぇ、深矢くん」
ぬっと背後に団長が現れ、力の抜けていた深矢は驚いた。
会議室を出て廊下の突き当たりにあったエレベーターの前。
見張りに挟まれる形で深矢はエレベーターの到着を待っていた。
「ずいぶんと早いですね」
長机に座っていた八人は残って話し合いをしているものだと思っていた。
「会議後の話し合いと言ってもねぇ……」
上の階表示が点滅し、扉が開く。
「まさかこんな早くに不問になるとは誰も思っていなかったからね、何も話すことはなかったよ」
エレベーターに乗り込みながら、団長はやれやれと大袈裟に肩を竦めた。
「しかもナイスタイミング。まるで誰かが狙っていたかのようだよ」
「無関係なんだから早く終わって当然です」
狭い箱の中、団長には全てを見透かされているような気がして、震えそうな声を気付かれないように抑えた。
そうかい、と団長はつまらなさそうな反応をした。
エレベーターは音もなく地上へ向かい、沈黙が箱の中に漂う。
「……このエレベーター、どこに続いているんですか」
目の前の扉に反射した団長の姿をチラリと見て聞いてみる。
団長は表情を変えず、口角だけを上げた。
「着いてみれば分かるよ」
団長が何を考えているかが全く読めない。
深矢のことを危険視しているのか、問題児として見ているのかさえも。
団長が深矢の心を読んだように、隣の深矢に顔を向けニッコリと笑顔を浮かべる。
「構成員が君をどんな目で見るのか、とっても楽しみだなぁと思ってね」
「どういう意味ですか」
んー?と勿体振る団長を軽く睨むと、団長は眉尻を下げて苦笑した。
「今朝の事件は構成員の殆どに知れ渡っているよ、君が近くにいた事もね。だから君を白い眼で見る者は多いんじゃないかなぁ、ってことさ。加えて君は唯一の青嶋脱走者だし……色々な『噂』に取り憑かれた人物でもあるしね」
噂の内訳は聞かなくても分かる。
SIGが有耶無耶にした事件とはいえ、深矢が三年前の事件に関わりがあることくらい簡単に出回る情報だろう。何せSIGの構成員の大半は工作員だ。
「……団長は、俺の味方ですか。それとも敵ですか」
「それは難しい質問だ。君の立場によって答えが変わるからね」
そう答えた団長の声色は打って変わって神妙なものだった。
深矢の立場というのは、SIGの敵か味方かということだろうか。
それとも、SIGにとって危険な存在かどうかということか――前者ならば味方だが、後者の場合は何とも言えない。判断するのはSIG側だからだ。
不意にエレベーターが止まり扉が開く。そこはもう既に見慣れた景色――梟の事務室がある、SIG本部の地下施設だった。
事件現場から連れてこられたのはSIG所有の他の施設でも何でもない、本部のより地下深くだったらしい。
「本部への行き方は何通りもあってね。けど地下会議室に行くにはこの専用エレベーターを使うしかないのだよ」
そう説明した団長は降りないようだった。
深矢はへぇ、と相槌を打ってフロアに出る。
その瞬間、辺りにいた構成員全員の意識が深矢に向いたのを感じた。
これが団長の言っていたことか――深矢は無数の好奇の視線を身体中に感じながら精一杯平常を取り繕う。
エレベーターを振り返ると、閉まりかけの扉の向こうで団長が何か思いついたように手を叩いた。
「そうそう、これから出張なんだった。悪いんだけれど店は数日間休業させてもらうよ」
「そんな突然……?!」
聞き返すより早く、よろしく頼むよーと呑気な姿はドアに遮られてしまった。
扉が閉まると、一層周囲からの視線が痛くなった。
こそこそした話し声は、自分と関係なくても耳に障る。
これは下手に動けないなと気を引き締めた。
今この状況で田嶋陽一と松永組の繋がりが露見したらSIG全体を敵に回すことになるのは明らかだった。




