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この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます
これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます
ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります
「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません
なお、著作権は放棄しておりません
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以上の点をご理解の上、お読みください
葵に留まることを選んだキセトは、連夜にいくつかの質問をした。最初の質問が瞳の色に関することであり、キセト以外からなら連夜も返答を渋っただろう。ただ黒い髪をチラつかせながらこちらを見る空色に、連夜自身も驚くほど素直に返答する気になった記憶がある。簡単に父と母について告げ、「お前は?」という簡単な言葉でキセトも自分の両親について事実を言ってきた。互いに似ている環境に苦笑いしたほどだ。キセトの表情がそこまで素直でなかったことと、連夜がキセトの表情を読み慣れていなかったことが残念なほど、同じ心境であった。
次にキセトは連夜の父親に会いたいと言い出した。話してみたいのだと、それだけしか連夜には告げず、何を話すのかを訪ねてもそれはぼかしてしまう。連夜はキセトから聞き出すのを諦め、何かと忙しい葵覇葉に連夜が取り次ぎ、数日後に時間を作ってもらうことにした。
そして、キセトだけが葵頭領、葵覇葉に向き合う。
今はあくまでキセトの視点でものを見ている。父とキセトが何を話したのか知ることができるはずだ。キセトと連夜の父、葵覇葉が向き合って座る中、連夜は父の後ろに座った。キセトの表情を見たかったからだ。
「初めまして。不知火キセトと申します」
「……明津と、雫の子か」
「はい。父と母の話を聞きたいのです」
キセトが葵式で頭を深々と下げる。いくら個人的な時間であろうと、キセトは黒獅子で連夜の父は葵の統領だ。外交的意味を持つ場であれば、顔を合わせることのない、格が違う相手である。
羅沙や明日羅では同一とされてしまうことが多いが、頭を下げる動作一つにも葵と不知火では作法が違ってくる。
出身国が違う場合、格下が各上に合わせるのが公的な場での暗黙のルールであり、同格同士ならばそれぞれが自分たちの作法で挨拶をすることになっている。ここでわざわざ公的な場のルールを持ち出してくるあたり、キセトは公私の区別が苦手なようだ。
「明津についてはよくは知らない。雫のことなら、葵と不知火の交流もあったからそれなりには知っている」
連夜と違って、連夜の父は無口な男なのだが、この場はやけに饒舌に話した。連夜の想像にすぎないが、キセトが両親と会ったこともないことを知っていたのかもしれない。教えてやろうという親切心が口数を増やしていたのだろうか。
「とは言っても、一年のうち数週間ほどは寝泊りを共にする間柄だったのだから、君よりは知っていると言えるだろう」
「葵と羅沙でですか?」
「今や失われた制度ではあるが、休戦状態であった頃は世界会議島という場所で四か国の長が集まり、その名の通り、会議を行っていた。そこは四か国それぞれの長、そのお付が一人、そして後継者が一人、後継者のお付が一人。最も多くとも十六人しか出入りのない島なのだ。そこで明津と出会った」
「それでは、父さんと母さんもそこで……」
父さんと母さん、と拙くキセトが呼ぶ。呼びなれていないことが明らかで、一貫して完成度の高いキセトがその時だけ小さな子供に見えた。
「そうなるな。それぞれの国を空けて、独立領である楽園の島に向かう。楽園の島に多くの従者たちを置いて世界会議島に向かう。もちろん、その期間は自国は手薄になり、また島で付けられる護衛も一人だから頭領や皇帝たちの警備も手薄になる。互いが互いに信頼関係を築いた上での行為だ。もはや、今では再開される兆しもない」
キセトの両親が国を超えて出会った島。キセトはそこに行きたいと思ったのだろうか、ほんの少しの間だけ視線が覇葉から逸れていた。
そして、おそらくだが連夜の両親が出会った島だ。連夜はそこに一度行ってみたいと思った。
「どうして多くの人が住む楽園の島で会議を行ったり、やそれぞれの国で順番に主催したりなど、しなかったのでしょうか?」
「知らないのか? 世界会議島には『結晶』がある。……賢者の物語というおとぎ話を知っているだろう。あのおとぎ話に出てくる神が居た森。それが今や島として独立し、あの世界会議島になったと言われている。あそこには神と呼ばれていた何かと、それに使えていた『結晶』がある場所なのだ。四か国の長が集まって世界のことを決めるのはあそこなのだと、古から決まっている」
「……今もそこに、行けるのでしょうか?」
初めて目に不安そうな色を宿して、キセトが恐る恐る尋ねる。やはり行きたいと考えていたらしい。
「行けないこともないだろう。十六人といった人数も人が定めただけにすぎない。十七人目が上陸した瞬間に島が沈む訳もなかろう。しかし、それを守るからこそ互いに最低限の信頼が保たれている。十七年前に停戦条約を無視して北の森全土が両帝国軍に襲撃されたが、それでも今は復興しつつあった」
「――本家・皇族といったものたちの祖先は、兄弟という絆で結ばれていて、それは今も残っているのだ」
「――我々が壊すなど、許されない」
連夜は二年前の戦争を振り返る。準備していた不知火が圧勝を収めた戦いだったが、どこか予定調和だったように思えてならない戦争。圧勝していた不知火の要求はほんの少しの領地と焔火キセトという一般人だけ。それも調停が終わってしまえば何事もなかったように平穏になった二年間。
その絆とやらの力だというのなら、そもそも最初から仲良くしておけばいいのではないのだろうか。自分以外の考えなど無視する連夜がそう考えるのと同じ頃、キセトは違う答えを出したようで、覇葉の言葉に頷いている。
「本家・皇族という制限がつくのですね。その絆は目に見えませんから、絆を体感している賢者の一族以外、いうなれば国民たちは違った、と」
「そうなのだろうな。国民たちにすれば結びつきなどない、排除すべき存在なのだろう。あくまで本家・皇族……そう、君がいうところの賢者の一族だけの絆に過ぎない」
国民たち。キセトがそう表した者たちは、連夜が弱者だと切り捨てている者たちだ。連夜が理解できない、理解しようとも思わない弱者たち。連夜がこの答えにたどり着けるはずがない。
「話を戻そう。世界会議島で明津と初めて出会ったのは我々が十歳の時だ。雫とはそれまでにも何度か会ったことはあったが、両帝国の後継者たちとはその時に初めて出会った。その頃には、明津はもう明津だったよ。国内でもすでに明津様信教とやらは生まれていて、十歳の時から明津は王に向けられる期待を背負っていた。我々が、当時島に居た者たちからすれば将敬様も大変優れた方に見えたが、羅沙の民は何が不満だったのだろうな」
羅沙将敬の名前を出して、覇葉が意図的に間を置く。連夜が銀狼になった年に羅沙将敬は亡くなったはずだ。なら、覇葉とキセトが話しているこの時は、一国の皇帝が崩御してまだ二年しか経っていないことになる。覇葉からすれば、有能な人間が誤解されたまま死んだのだ。意図的に置かれた間はその悲しみを示していた。
キセトがその間を崩すことはなかった。たっぷりと時間を置いて、自然と視線が合うのを待ってから、再び話し出す。
「母とは、いつ出会ったのでしょうか?」
「雫か? いつ、と言えるのだろうな。生まれてすぐの時点で互いに挨拶を済ませていたはずだ。もちろん記憶にはないが……。なにせ陸続きの国同士だ、会うのはそう難しくはなかった。それに、互いに似た立場に居ることで自然と話が合った」
「そうですか……」
「雫のことなら不知火で聞くのが最も早かっただろうに。なぜわざわざ葵で尋ねるのだ? 葵だから羅沙より不知火のほうが話しやすいだろうという気遣いでもないだろうに……。不知火で聞けなかったのなら雫のことについての詳細は諦めたほうがいい。明津のことが知りたいのであれば、羅沙の帝都であるラガジに行ってみるといい。これを持っていきなさい」
その場にあった紙に覇葉が何かを書く。連夜の目の前で書かれているが、キセトが意図的に見ないようにしたようで何が書かれているかはわからなかった。
「君なら城にも忍び込めるだろう。現在皇帝陛下は明津の弟の羅沙鐫様だ。彼に直接これを渡しなさい」
いわゆる紹介状というやつなのだろう。しかし、葵の頭領の紹介状を持つ黒獅子が羅沙皇帝に会いに行くなど、世間的に知られればどうなることか。周囲を気にするキセトなら断るはずだが、驚くことにキセトは紹介状を受け取った。
また葵式で頭を下げて立ち上がる。キセトはどうしても両親を知りたかった。この紹介状が、連夜とキセトを四年も(連夜に至っては現在もだが)羅沙に留めさせることになるとは、覇葉も考えてもいなかったはずだ。
キセトが廊下に出たことを確認して、連夜もその後を追いかける。一度案内されただけで連夜の私室の場所を覚えていたらしく、迷うことなく連夜の私室にたどり着いた。一言断ってから返事を待つことなく中へと入る。キセトをよく知ってから見れば、羅沙に行けるということは相当喜ばしいことらしく、連夜にすぐにでも知らせたかったのだろう。
「連夜、俺は羅沙へ行く」
「らすな、ってどこ?」
余談でしかないが、当時、連夜は羅沙がどこにあるかも知らなかった。
「南だ。北の森の南に位置する国。皇帝陛下に会いに行く」
北の森に住む者たちにとって聞き慣れない「皇帝陛下」という言葉に、連夜もそれが外国であることを理解したらしい。そして聞き慣れないその単語が示す地位については、奇跡的に元から知っていたようだ。
「会いに行くって、会いに行って会えるもんなのかよ」
「紹介状を書いていただいたんだ、お前の父君に」
「はぁ?」
当時の連夜に対する禁句は、「父」であることを、もちろんキセトは知らずに言った。連夜の頭の中では葵と父が同等で結ばれており、葵という檻の中で生きている自分に嫌気がさしている頃に、コレ。連夜のことは国外に一歩も出さない(戦場に出ることすら渋った)くせに、他国の軍人に紹介状を書いてやる? ふざけてるのか? それが当時の連夜が怒りで染まった脳内で考えた中で言語化できたことだ。
だからこそ、その紹介状を何としてでも連夜も欲しかった。
「その紹介状ってさ、人数制限ある?」
「紹介状というのは基本的に『紹介』するものだから指定はあるぞ……」
キセトの憐れみの視線が連夜に送られる。お前馬鹿なんだな、と目が語っていた。
「オレもらすな行きたーい」
そんな視線にも気づかず、連夜ははしゃいでいた。時間が経ってから自分で見ると恥ずかしいぐらいに。
連夜は覇葉によって葵の中で箱入り息子として育てられていたため、外国の話を聞いたことすらなかった。実をいうと、この時点で松本瑠莉花――羅沙出身――とは出会っていたのだが、彼女も自分の故郷の話をしたがらなかったのだ。
雪に覆われていない大地を見たことのないお子様は、汗をかくぐらい熱い時もあるという、未経験の世界に意識を飛ばす。
「俺は不知火から命を狙われる覚悟で行く。羅沙に留まるかどうかはわからないが、不知火には戻らないぞ? お前も葵に帰れるとは限らないのだぞ?」
「葵は飽き飽きしてたんだよなー。らすなっていいところだといいなー」
海水浴してみたいんだよ、と小さい頃からの夢を、聞かれてもいないのに答える連夜と、キセトの会話はかみ合わない。
「行く気か!? お前は銀狼だろ!」
「そういうキセトも黒獅子じゃん。行くぜ、行こう。楽しみだ」
連夜がキセトの手を掴み立ち上がる。キセトから見ても、連夜がその目には都合のいいことしか映してこなかったお坊ちゃまだと分かった。そして、おそらくこの時から、キセトは連夜に「普通」を当て嵌めることをやめたのだろう。ナイトギルド本部でよく見られた、連夜の我儘に諦めと呆れの溜息をつくキセトの姿が、初めてここで誕生したのであった。