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 この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます

 これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます


 ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります

 「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません


 なお、著作権は放棄しておりません

 無断転載・無断引用等はやめてください


 以上の点をご理解の上、お読みください

 野営基地で水浴びをしていると部下も上司もなく出くわすものだ。

 戦場から帰ったきり自分のテントに引き篭もっていたキセトを連れ出して、東が水浴びをしたところに部下数人と鈴一(れいいち)がやってきた。銀狼相手に敗北し、部下を連れて憂さ晴らしをした帰りなのだろう。


 「いやー、向こうの銀狼も中々」


 「久しぶりに土の味噛みしめることになったんで、酒で口直ししてたんですよ」


 東も鈴一も笑い合うが、鈴一の連れである部下たちとキセトは気まずい空気に放置されて気が気ではない。

 キセトからすれば、情報としてでしか知らない部下たち。部下たちからすれば齢十八にして不知火の頂点に立った最強の黒獅子だ。しかも水浴び用に整えられた場所だというのにコートの一枚も脱いでいない。

 連夜も似たようなことを起こしたものだと、思い返す。当時は連夜に気遣いの「き」もなかったのでその場に居た全員をたたき出して水浴びしていた。戦場でも贅沢に湯を使い、お坊ちゃまらしく我儘に貸し切りしかしなかった。


 (今思えば嫌われて当然か、オレ……)


 連夜としては髪を染め直すのは水浴びの時と決めていたので、夕日色の髪を誰にも見られたくなかったというのもある。ただでさえ避けられているのにこれ以上避けられたくないと、心のどこかでは思っていたのかもしれない。

 そんな不器用だった連夜と違って、東は上に立つ人間として周りに気を遣えるよい上司だったらしい。鈴一の後ろで脱衣を戸惑う部下たちに目敏く気づいた。


 「お前ら、どうした?」


 「い、いえ……。黒獅子よりお先に済ませてもよろしいのでしょうか?」


 「キセトはおれが無理やり連れてきただけだから気にするな」


 そう笑うだけならよかったのだが、東はそれと同時にキセトの頭の上から水を浴びさせた。水浴び用に沸かされていない冷水を、コートを着たままのキセトに。


 「こうでもしないとこいつ、自分から水浴びとかしそうになかったからな」


 短髪のため起き上がるようにして少し上を向いていたキセトの髪が、水の重みで揃って下を向く。コートまで水浸しになっている。極寒の土地でこのままというのは辛い。


 「てかこんなに人が居るなら湯を張りましょーよ、東さん」


 「いいねー。野営の風呂は黒獅子が決めるもんだが……」


 キセトを無視して鈴一と東が再び話し出す。しかし、キセトに向けられていた気遣いなど、今度は一切ない。全員の視線がびしょ濡れのキセトに向けられる。思わず連夜も周りと同じようにキセトを見る。無言のままコートのボタンを外している。すべて外し終わると、コートを東に叩きつけた。


 「すぐに湯を」


 短く命令されて部下たちがキセトに桶でお湯を差し出す。表情にも声にも表情がないので、怒っているのかいないのかも分からないままだ。桶を受け取ったキセトは無言でお湯を浴槽に突っ込み、言葉の続きを全員に告げた。


 「湯を張れ」


 こうなると統制などとれたものではない。風呂好きの不知火人として、野営先で風呂に入れるとなれば小さな祭りも同然だ。部下の内の数人は野営中に風呂が張られることを知らせに走り出している。

 半分ほどしか溜まっていないがキセトは先に湯船に浸かることにしたらしい。衣類はすべて東に叩きつけて自分はさっさと湯船に入ってしまった。鈴一が続き、キセトの服を片付けた東が続く。こういう場で複数人で風呂に入ると、決まってされるのが肉体チェックである。鍛え上げた筋肉自慢が起こるものなのだが、


 「キセちゃん見てると不思議だわ~。こんな体のどこにあんな馬鹿力があるんだってーの」


 この場で最も強いはずのキセトが一番細い。筋肉以前の問題で骨と皮と言われてもおかしくない。

 もちろんキセトや連夜が異常なのだ。遠い先祖に人外を持つ賢者の一族は、身体と身体能力が一致していない。連夜はキセトほどではないが、戦闘種にしては細い。それでもキセトも連夜も斬撃だけで地面を抉ったり、ほんの少し物に触れただけで壊してしまったりするのだ。

 部下たちも湯船目当てに入ってきて、キセトの体を見て顔を引きつらせてから入浴する。鈴一も東も触れていないキセトのことを質問するほど親しくはないのだ。あえてその話題は口にしない。


 「そういえば黒じ……東様の首に傷ありますよね?」


 部下がキセトから視線を逸らした先に居た東に尋ねた。先代の黒獅子である東には、キセトに対するような壁はないらしい。同じ黒獅子でもこれほどまでに違うのなら、人徳の差と認めざるを得ないだろう。

 指摘された首を東は何気なく手で隠した。防寒具を着用していると、普段は首も隠れてしまっていて見えない。こうやって水浴びで鉢合わせでもしないと、顔以外の傷は仲間内でも知らないものだ。

 連夜はキセトの右腕――毒病の発病元――を確認しようとしたが、こちらも何気なく隠されていた。縮こまっているふりをして、左手で右腕の二の腕あたりを抑えている。おそらく、その辺りは変色なり見て分かる症状があるのだろう。


 「若い頃にな。今じゃあんま言われないけど、昔は双子ってのは不吉な事ってされてたんだよ。一介の軍人だったおれが、ある家から逃げ出した双子を引き取ると言ったら周りにずいぶん反対されてなぁー」


 「それ鈴一さんが子供の頃の話ですよね?」


 「ぼく初めて聞きます」


 わらわらと部下たちが東の近くに寄る。鈴一は早々と逃げ出し、入れ替わりに入ってきた弦石が生贄にされていた。


 「一介の軍人って、当時の黒獅子直々に勧誘されて入隊試験免除だった人が何を言っているんですか」


 なぜ双子の兄が折角の湯船から逃げ出したのかすぐに理解した弦石は、東の隣に陣取った。そして「不知火東」が当時から注目されていた人物であると部下の前で早々にばらしてしまう。


 「その当時の黒獅子と喧嘩になったんだよな、双子受け入れの件で。おれは首やられて向こうは得物弾かれただけ。一応その時の勝利条件は満たしてたから認めてもらえたんだけどな。それから鈴一と弦石を引き取れたってわけ。そこからはおれが二人を養ったわけだ」


 「一定の年齢になったら軍人にさせて、成果を出さないと国外追放の条件付きですけどね」


 弦石は嫌気がさすとばかりに天井を仰いで話を区切った。双子は軍人になり、兄はナンバー2こと戦闘特化部隊の部隊長、弟はナンバー3こと後衛特化部隊の部隊長になっている。不吉どころか、不知火軍に欠かせない要となったのだ。


 「もう引退した、昔のおれの上司とかには褒められるぜ。『東は自分だけじゃなくて跡継ぎまで発掘したようなもんだよな』とか」


 まぁ、今までよく生き残ったよ、と東が自分の首を撫でた。

 そこで突然視界がぼやけた。湯気のせいかと思った連夜だが、原因はキセトらしい。連夜はキセトが陣取っていた浴槽のすぐ隣で座ってやり取りを見ていたのだが、キセトがのぼせていた。浴槽に首ごともたれかかっている。遠くで弦石が話しける声がしたが、首を起こすだけで返事はしていない。

 他の部下たちはまだ東の話に食いついて気づいていないらしい。ぼんやりとだがキセトもまだ意識があるらしく、弦石に連れられて水浴び場を出た。


 「おーい、体冷えないうちにテント帰れよ?」


 「……はい」


 「大丈夫かお前」


 着てきたコートが濡れているのに気づいて、弦石がちょっと待ってろ、と自分だけ先に着替えて脱衣所となった玄関部分からを出ていく。奥に配置された浴槽を使うと、普段はない脱衣所スペースが自然にできるのだ。普段ならここで水浴びをしているので寒くないようには工夫されていて、待つのもそう苦ではないようである。のぼせた頭が覚めて、キセトは快適そうに待っていた。

 再び現れた弦石は着替えを持っていた。わざわざ黒獅子のテントまで取りに行ってくれたらしい。


 「すいません」


 「いや、あの銀狼はおれたちでは止められないからな。お前に体調を崩されると困る」


 「あの銀狼について何か知っているんですか?」


 「いや……、向こうも世代交代したみたいだな。前まではやる気のない感じの、滅多に戦わない女の銀狼だったはずだ。戦場で見かけても指示を出すだけで……、そういえば戦っている姿を見たことがないな」


 「そうですか……」


 戦場で通じ合うものは感じたものの、当時のキセトは連夜のことを何も知らない。名前は名乗ったものの、互いに他国では無名であったため、正体を知るということに役立たない。瞳の色も冷静になれば魔法で変えられるだろうと思う。魔法が使えないとしてもコンタクトという選択肢もある。

 だが、銀や白を国の色として扱う葵で、わざわざ敵対する明日羅の夕日色を選ぶだろうか。地位のある銀狼が、わざわざ問題になるようなことをするだろうか。

 連夜の性格を知った後なら「するかもしれない」とキセトでも言っただろうが、このときは知らないため、常識的にしないだろう、と結論付けた。


 「銀狼の瞳が夕日色でした」


 「おれにはそこまで見えなかったが、もしかしてお前と同じか?」


 弦石は黒獅子になる前はキセトの直々の上司だった男だ。キセトの両親のことも知っている。キセトが不知火と羅沙の混血であることも含めて、「同じか」と尋ねたのだ。あの銀狼も混血なのか? と。


 「分かりません……が、只者ではないでしょう。俺の攻撃を受け止めて平然としていました。今回は俺もそうですが、互いに無傷でおしまいになりましたからね」


 「短時間とはいえ戦ったから分かる。東さんみたいな種類の強さじゃなくて、キセトみたいな種類の強さだ、アレは。目指すべきではない強さ」


 キセトが不知火と羅沙の混血であるよに、あの銀狼が葵と明日羅の混血であるとししたら。

 それはキセトにとっては同類を見つけた喜びになるのかもしれないが、弦石などからすれば脅威が増すばかりだ。賢者の一族が桁違いなのも、その混血が恐ろしいのも、弦石も鈴一も東も、キセトでよく知っている。


 「お前は覚えてないっていうけど、お前が暴れたとき、おれは殺されたと思ったからな。今日のあの銀狼にはそう思わなかったが、手を抜かれてるのはわかった。なかなか屈辱的なことされたもんだ」


 「………」


 「そんな顔するな」


 キセトの顔に珍しく感情が現れたのか、と連夜が覗き込んだが、変化は見られない。それでも弦石は上司の顔になってキセトの頭を力強く撫でる。


 「死ななかったことを素直に喜んでるよ、今は。あの時のことも、今日の戦場のことも」


 あの時と示された時間についてキセトは記憶していないらしく、連夜にはいつもの無表情に拍車をかけて表情が読み取れない。亜里沙の件の時のことなのでキセトも気軽に許すとは口にできずに無言で時間が過ぎるのを待った。

 キセトがコートを手に立ち上がった。過去のことは最も責めるべき相手に提案された解決策に乗っかった時点でキセトには誰も責めることはできなくなっている。そしてこの日の、戦場のことについては、責めるべきものは弦石ではない。ましてや敵でもない。強いものに弱いものが敗れるのは仕方がないことなのだ。


 「それでは、おやすみなさい」


 黒獅子として、不知火軍人の頂点としては丁重すぎる挨拶を残してその場から去る。少しだけ歩いてすぐにテントに滑り込んだ。

 キセトだってわかっている。東が黒獅子を退いてもなお、不知火側シャドウ隊の隊長として軍に残ってくれたから成り立っているのだ。本来なら黒獅子が兼任すべき役割である。キセトの強さは誰もが認めていても、キセト本人のことなど誰も認めてはいない。


 「だから、なのか……」


 だから、キセトをまっすぐ見つめるあの夕日が忘れられないのか。

 辺りは真っ暗だ。それでも確かに、キセトの目には夕日が映っていた。

 連夜も、当時のことを思い出す。あの日の夜、連夜もこうしていた。夕日色の瞳に、キセトの空色を見ていた、と。


 

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