第六王子
「略奪品の一部どころか、この帝都にあるものなら、望むもの全てを差し上げよう!」
駆けつけた城代が、なりふり構わず私を囲い込もうとまくしたてている。
当然よね、暗黒竜をリヤカー一台で殲滅するような「規格外」を野放しにするなんて、国家的な損失だもの。
しかし、その熱烈なスカウトを遮るように、一人の青年が軽やかな足取りで近づいてきた。
「素晴らしい技術だ! 古代魔法を演算機なしで、しかもあんな『動く家』のような代物で制御するなんて。この人材を生かさない理由がないよ」
きらびやかな装束を纏ったその青年
——帝国の第六王子は、目を輝かせながら「エクス号」のヒノキの質感をまじまじと見つめている。
けれど、次の瞬間、彼はいたずらっぽく口角を上げた。
「……しかし、だ。困ったね。あの暗黒竜は、実は帝国が保護を指定している『絶滅危惧魔種』だったんだよ。市民の安全を鑑みてくれたのは非常に嬉しいが、生態系を乱した罪は重い。そこで……」
「えっ、罰? 冗談でしょう、あんな害獣を倒してあげたのに!」
私が抗議しようとすると、王子は楽しげに私の顔を覗き込んだ。
「そう、罰だ。君を牢屋に入れる……なんて野蛮なことはしないよ。代わりに、我が国の『貴族魔法学園』に特別招待しようと思うんだ。そこで未来の魔導師たちにその『効率』を叩き込んでやってほしい。拒否権はないよ、なにせ『罪人』の招待なんだからね」
「な……! 私に、また学園生活を送れって言うの!?」
ようやく手に入れた自由。
おじいさんと作った最高のリヤカーで気ままに旅をするはずが、まさかの「強制入学」という展開。
「ああ、安心して。君のリヤカー、エクス号だったかな? それの専用ガレージも、学園で一番日当たりの良い場所に用意させよう。どうだい、悪くない話だろう?」
王子の瞳には、純粋な好奇心と、計算高い政治家の色が混ざり合っていた。
* * *
「学園への招待」という名目の強制連行かと思いきや、連れてこられたのは学園の豪華な門ではなく、厳重な警備に守られた第六王子の執務室だった。
室内には山積みの書類と、複雑に絡み合った魔法計算の羊皮紙が散乱している。
王子は椅子に深く腰掛け、少しだけ疲れたような、けれど期待に満ちた目で私を見つめた。
「さて、単刀直入に言おう。君にはこれから、俺の下で働いてもらう」
「……はあ? 学園への招待っていう話は?」
「あれは建前だ。君ほどの演算能力を、学生の遊びに付き合わせるほど俺は暇じゃないんだよ。君に任せたいのはこれだ」
王子は机の上に、厚い束の書類を次々と並べた。
「とある公爵令嬢の定期報告の精査、たまに発生する膨大な書類仕事。それから、軍の予算調節に兵糧の支援金確認……極めつけは今期の事業計画の再構築だ。どうだい? この帝国において、第六王子という立ち位置がいかに『実務の泥沼』か、理解できただろう?」
私は呆然と書類の束を見つめた。
そこに記された数字や魔法術式は、どれもこれも非効率の極み。
計算ミスや無駄な支出が、古代魔法の使い手である私の目には「ノイズ」のように飛び込んでくる。
「ぜひ、力を貸してほしい。君のあの『リヤカーを改造した時のような合理性』があれば、この停滞した執務を半分以下の時間で終わらせられるはずだ。これは命令ではない……帝国の未来のための、切実な依頼だよ」
王子はそう言って、少しだけ茶目っ気のある笑みを浮かべた。
「報酬は望み通りにしよう。リヤカーのメンテナンス費用はもちろん、最高級の雑穀を各地から取り寄せてもいい。どうかな、マリア。王国の王子に尽くすより、俺と一緒にこの国を『最適化』してみないか?」
「……いいわ。その挑戦、受けて立つわ。ただし、私のやり方に口出しはさせないわよ。一週間で、その山積みの書類を更地にしてあげるから!」
威勢よく啖呵を切ったものの、内心では
「……いや、正直なところ、今は仕事より帰ってふかふかのお布団で泥のように眠りたい……」
という思いが、頭の隅でぐるぐると渦巻いていた。
なにせ、昨夜は徹夜でリヤカーを改造し、明け方には結界を修復して暗黒竜の巣まで叩き潰してきたのだ。
賢者といえど、乙女の体力には限界がある。
私の微かなため息を察したのか、第六王子はいたずらっぽく笑いながら、追い打ちをかけるように甘い言葉を並べた。
「ああ、もちろん労働環境については最高のものを用意しよう。君を冷たい離宮に軟禁するなんて野蛮な真似はしないよ。城の最上階に、雲の上に浮いているような寝心地の最高級ベッドを備えたスイートルームを準備させた。仕事が終われば、そこで誰にも邪魔されず、好きなだけ眠るといい」
最高級の寝床。
その響きに、私の決意(と睡魔)がグラリと揺れる。
「……離宮に閉じ込めないっていうのは、本当ね?」
「約束しよう。君の自由は保証する。仕事さえ終われば、リヤカーで街へ繰り出そうが、一日中パジャマで雑穀粥を啜っていようが構わない」
王子の言葉を聞き、私は観念した。
目の前の「非効率なデータの山」を片付けるのは、正直言って古代魔法で竜を倒すより簡単だ。
これを爆速で終わらせれば、待っているのはバラ色のグータラ生活。
「……わかったわ。その条件、乗ったわ。一週間と言わず、三日で更地にしてあげる。だからその代わり、世界一ふかふかの枕を用意しておいてちょうだい!」
こうして、空飛ぶリヤカー賢者マリアの、帝国を揺るがす「(安眠を勝ち取るための)内政無双」が幕を開けた。




