麗華妃の差し金
「……胡椒と山椒だけなわけがないわ」
セラフィマは、逃げようとする侍女の視線を逃さず、さらに一歩距離を詰めた。
「その袖に隠しているもの、出しなさい。……それとも、今すぐこの場で衛兵を呼んで、全身を改めさせましょうか?」
観念した侍女が震える手で差し出したのは、紙に包まれたどす黒い塊だった。
それは、特定の調理法――つまり、今回のように強い酸や熱を加えることで成分が変質し、神経を麻痺させる毒へと変わりうる「ある種の海藻」を細かく刻み、そこに強烈な芳香を持つ「ナツメグ」を大量に混ぜ合わせたものだった。
「これね……。ナツメグの強い香りで、海藻の磯臭さと、変質した毒の苦味を完全に隠したんだわ」
セラフィマは確信した。
ナツメグは適量なら薬膳になるけれど、この分量、そしてこの海藻との組み合わせは、もはや「味付け」の域を超えている。
意識を混濁させ、心身をマヒさせるための、周到に計算された調合だ。
すると、青ざめた顔の中級妃が、その黒い塊を指差して力なく呟いた。
「ナツメグ……? 聞いたこともないわ。説明してちょうだい」
セラフィマは咄嗟に表情を和らげ、安心させるように静かに首を振った。
「いいえ、妃様。これは西部の方では古くから伝わる、伝統的な香辛料の一つです。本来は、お料理の風味を格段に引き立て、お体を芯から温める大変貴重なもの。あちらの貴族たちの間では、高貴な香りの象徴として珍重されているのです」
セラフィマの淀みのない説明に、中級妃は少しだけ安堵したように息を漏らした。
けれど、セラフィマの心臓は激しく警鐘を鳴らし続けている。
(適量ならね……)
そして、再度、侍女の方を向いた。
「これを、麗華様の差し金で混ぜたのね?」
「……っ、私は、ただ……! 麗華様の女官の方に、『妃様の美しさを保つための秘伝のスパイスだ』と渡されて……。これを料理に混ぜれば、妃様はより一層輝かれるのだと……」
侍女は床に崩れ落ち、泣きながら白状した。
麗華は直接手を下さず、何も知らない末端の侍女を「善意」という名の嘘で操り、中級妃を「事故」に見せかけて排除しようとしたのだ。
お姉様も、きっと同じだ。
毎日、このナツメグの香りに隠された毒を食事に混ぜられ、正気を奪われ、逆らう気力さえ削ぎ落とされてきたに違いない。
「……マリアの言った通りだ。この後宮は、綺麗な皮を被った毒の吹き溜まりなんだ……」
セラフィマは、証拠となるその「茶色の木の実」を布で包み、しっかりと薬箱に収めた。
「妃様。この侍女の身柄は、私が預かります。……これ以上、麗華様に証拠を隠滅させるわけにはいきませんから」
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