再構築と若者たち
翌朝。
私は高級宿のふかふかなベッドで浅い睡眠をとったのち、怯える支配人に資材一式と、港から「再雇用」した屈強な男たちを引き連れて、あの全壊した温泉へと凱旋した。
「……マリアさん。本当に、大工も材料も持ってきたのか」
一本残った柱の横で、おじいさんが呆然と立ち尽くしていた。
私は返事の代わりにエクス号を高く掲げ、朝日をその氷の刃に反射させた。
「じいさん、瞬き厳禁よ。そこらの三流魔術師みたいにちまちま積み上げたりしないんだから!」
私はバットを地面に突き立て、蓄積した全魔力を一気に解放した。
その瞬間、瓦礫の山がまるで意志を持った生き物のように震えだした。
地面に巨大な幾何学模様の魔法陣が展開されると、飛び散っていた木材や石材が宙に浮き上がる。
バキバキと空気を震わせる音とともに、新しいヒノキの香りが爆発的に広がり、透き通ったクリスタルのドームが天井を覆っていく。
それは修復なんて生ぬるいものじゃない。
過去のデータを上書きし、より強固に、より美しく最適化された「神殿」が、何もない空間から削り出されていくような光景だった。
「……っ、完璧。これが、私のフルパワー……よ……」
完成した宿は、朝日に照らされて白銀に輝いていた。
けれど、街一つの構造を書き換えるような膨大な魔法は、さすがに私のキャパシティを大幅にオーバーしていたみたいだ。
視界が急激に霧がかかり、世界の音が遠のいていく。
手に持っていたエクス号が、ひどく重く感じられた。
膝の力が抜け、支えにする余裕さえなかった。
「お、おい! マリアさん!?」
おじいさんの驚愕の声が、霧の向こうから聞こえる。
私は完成したばかりの魔力を帯びたヒノキの床に向かって、そのまま前のめりにバタンと倒れ込んだ。
「……定時、上がり……。ふふっ……茶菓子ぃ……食べてぇ……うふふふ」
「おい!どこぞの社畜の寝言みてえじゃねえか」
「……ふかふかのお布団……むふふ……あれ、宿の部屋散らかしたの……だれぇ」
「そんなん、知らねえよ!」
港から連れて来た若造が、ここぞとばかりに突っ込む。
意識が消える直前、鼻をくすぐったのは新しい建材の香りと澄んだ空気だった。
私が完全に意識を手放したその瞬間、温泉の周りを取り囲んでいた港の荒くれ者たちの間で、地鳴りのような咆哮が上がった。
「姐さあああああん!!」
一人の巨漢が、まるで聖遺物を守る騎士のように私の前に膝をつき、天を仰いで号泣し始めた。
その姿はまるで、愛しい姉を愛でるシスコンの眼差しだ。(家族じゃないけど)
「見たか……! 瓦礫が踊り、柱が天まで伸びていくあの光景を! 姐さんは、姐さんはマジもんの神様……いや、建築の女神様だったんだ!」
「おい、何をぼさっとしてやがる! 姐さんの尊いお体に、この床の熱が障ったらどうする! 誰か、一番柔らかい高級宿の羽毛布団を持ってこい!」
「馬鹿野郎! 姐さんが倒れたのは、俺たちが不甲斐ないせいだ! この温泉は、姐さんの命を削った結晶なんだぞ!」
彼らは、さっきまで私のバットに怯えていたはずなのに、今や完全に「マリア教」の敬虔な信者と化していた。
泣きながら瓦礫の欠片(もはや聖遺物扱い)を拾い集める者。
完成したクリスタル・ドームの美しさに平伏する者。
あまりの素晴らしさに、ゲロを吐くものまで現れた。
「姐さん……あんたが救ったのは港だけじゃねえ。俺たちの、この街の未来だ……!」
港の男たちが、泥と涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、倒れた私を御輿のように慎重に、かつ盛大に担ぎ上げる。
おじいさんはその光景を呆然と眺めていたけれど、やがて優しく微笑んで、彼らの背中を押した。
「……やれやれ。この嬢ちゃんは、変な人徳があるみたいだねえ」
* * *
目を覚ますと、そこにはピシッと清潔な作務衣を着こなした港の男たちが、軍隊のような完璧な整列で私を待っていた。
「姐さん! お目覚めですかッ!」
地鳴りのような咆哮。
「あれ……私どのぐらい寝てた……温泉は!まだ、最終仕上げが残ってるのに!」
「え……ストップウォッチによると四時間二十八分です!!」
あろうことか彼らの前には、各地から無理やりかき集めてきたであろう「特注品」が、まるでお供え物のように並べられている。
まず目に飛び込んできたのは、部屋中に濃厚な醤油と生姜の香りを漂わせている、鳥の肝臓の時雨煮がたっぷり盛られた大皿。
Aさん「姐さんは血を吐く思いで魔法を使ったに違いない、ならば鉄分だ!」
その隣には、最高級メロンとミカンの盛り合わせが鎮座していた。
おそらく高級宿の冷蔵庫から「緊急徴用」してきたのであろうその果実は、夕日に照らされてる。
けれど、一番理解に苦しんだのは、それらの豪華な食事の隅にポツンと添えられた「下剤」の小瓶だ。
「……ねえ、これ何? 嫌がらせのつもり?」
私が冷ややかな声で問い詰めると、作務衣を着た若造が直立不動のまま、声を震わせて答えた。
「い、いえ! 悪いものを全部出し切って、システムをクリーンにするのが姐さん流だと思いまして」
……とにかく、私が寝ている間に一体何があったのよ。
昨日までは「ドチビ」だの「得体の知れない女」だの言いたい放題だったくせに、今や揃いも揃って忠実なデバッグ・アシスタントみたいな顔をしちゃって。
私は溜息をつきながら、ベッドから起き上がった。
まだ少し体が重いけれど、この光景を見せられては寝てばかりもいられない。
「いい? 確かに建物は直したけれど、魔法で形を作っただけじゃ『完成』とは言えないわ。これはまだ、箱を用意しただけに過ぎないの。これから、この宿に相応しい最高の湯を循環させ、一点の曇りもない最高の整備を整えるわよ!」
私がそう宣言した瞬間、若造たちが「ハッ!」と一斉に気合の入った返事をした。
「よし!この国で一番……いえ、世界で一番の温泉システムを構築するんだから」
私はバットを軽く肩に担ぎ、まだ新品の木の香りが立ち込める廊下へと一歩踏み出した。




