模造品とカトレア
「……あったわ。彼女の出身地、北西部の魔力鉱山地帯ね。この土地の収益報告と、学園への寄付金の額が、統計的に見て1.2%ほど乖離してる。魔法を使わずとも、この不合理は隠しきれないわよ」
私が指差したのは、カビ臭い羊皮紙に書かれた退屈な数字の羅列だ。
アヴィラージュが「魔法は使うな」なんて制限をつけるから、一晩中パジャマ姿で目を血走らせて書類の山を掘り返した成果がこれよ。
「いい? アヴィラージュ。魔力鉱山から得られる収益は、抽出された魔石の量と、その精錬コストで厳密に決まるわ。その土地を領有する公爵家が学園に寄付している額……一見すると寛大に見えるけれど、精錬過程で発生するはずの『魔力残滓の廃棄コスト』がまるごと計算から抜け落ちている。その浮いた1.2%……銀貨換算で数万枚分が、報告書のどこにも記載されていないの」
私は不敵に口角を上げた。
「これこそが、ソフィアが犯人だという決定的な根拠よ。彼女は学園で、誰もが羨む豪華なサロンを経営し、最高級の茶葉と魔導具を湯水のように使っている。その莫大な維持費はどこから出ていると思う? 実家の鉱山から『廃棄物』として処理されたはずの金が、形を変えて彼女の手元に流れている……そう考えるのが、一番『効率的』な推論だわ」
そう。
私の目には、彼女の贅沢三昧な生活は、帝国の会計システムに空いた「1.2%の穴」を埋めるためのパズルにしか見えなかった。
* * *
そして現在。
学園の中庭、ひっくり返った円卓の前で、私はソフィアをバットで指し示した。
「とぼけちゃって。あんたが実家の鉱山収益をチョロまかして、このおままごとみたいなサロンの運営費に充ててるのは分かってるのよ。この『1.2%の乖離』、どう説明するつもり?」
「……1.2パーセント? 何のことですの、さっぱり分かりませんわ!」
ソフィアは顔を真っ赤にして叫ぶけれど、その瞳には嘘をついている時の後ろめたさではなく、本当に「数字の概念そのものが理解できていない」という純粋な困惑が浮かんでいた。
背後でその様子を観察していたリリアナが、スッと一歩前に出る。
「マリア様、少々お待ちを。……不合理ですわ」
「何がよ、リリアナ。この数字の不一致は決定的な証拠でしょ?」
「数字は嘘をつきませんが、この令嬢様の言動と持ち物が一致しません。……ソフィア様、その胸元のブローチ。それは今期、王都で最も話題になっているブランド『エトワール』の新作ですね?」
「え、ええ、そうよ。それが何か?」
「おかしいですね。そのブランドの新作は、原材料の供給不足により市場価格が通常の三倍に跳ね上がっています。マリア様、先ほどの計算を思い出して。彼女が横領しているとされる『1.2%』の額は、このブローチ一点を正規の価格で買うには、あまりに少なすぎます」
私は眉をひそめた。
確かに。
横領してまで手に入れたいなら、もっとドカンと抜くはず。
この中途半端な額は効率が悪すぎる。
「さらに言えば」と、リリアナの声音が冷徹な「監査官」のそれに切り替わる。
「そのブローチ、よく見れば新作の石を、型落ちの安価な台座に無理やり嵌め込んだ『ニコイチ』の模造品ですわ。……公爵令嬢ともあろう方が、横領した金でそんな『安物』を掴まされるはずがありません。そんなの、美学に反する上に、横領の証拠を身につけるリスクに見合わない――つまり、極めて『非効率』です」
「安物!? 私のこれが!? ……そんな、だってカトレア様が、『お友達の印に特別に安く譲ってあげる』って……」
「カトレア?」
私の頭の中で、学園の紳士録にあった一つの名前が火を噴いた。
常にソフィアの背後に控え、目立たないように、けれど確実に実務を回していた女。
「……なるほどね。あんた、犯人どころか、ただの『カモ』だったわけ?」
私は呆れてバットを下ろした。
ソフィアを派手な看板にして目を逸らし、その裏でカトレアという女が、ソフィアすら騙して金を吸い上げていた。
その吸い上げられた金は、ソフィアが身に付けている「安物のアクセサリー」数千個分にも及ぶはずだ。
「リリアナ、最高よ。あんたのブランド物への知識、効率を越えて審美眼の域だわ!」
「ええ、北の領地では、偽物を掴まされないことも『生存』のための必須業務でしたから」
リリアナがニコリと微笑む。その笑顔の背後に、過去の膨大な検品作業の残像が見えた気がした。
「……決まりね。ソフィア、あんたのその無知さは万死に値するけど、今はその裏で笑ってる『真のバグ』を叩き潰すのが先よ。案内しなさい、そのカトレアって女のところへ!」




