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前略、可愛い子犬を飼うはずが黒髪清楚な美少女とひとつ屋根の下、甘い同棲生活が始まりました。  作者: Kazuchi


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31/69

蒼に染まる深い海、君と僕をつなぐ七色の絆。

 はあっ、はあっ、息が苦しい。まるで深い海の中にいるようだ。身体が鉛のように重く感じられる。必死でもがき続ける僕の手足には黒い藻のような物体がまとわりつく。


 がはっ!? げほっげほ!! い、息が出来ない……。ここで僕は溺《おぼ》れて死ぬのか?


 幼い頃に親父と出かけた海釣りで、釣り船から誤って海に落ちた体験が脳裏に蘇ってくる。海面に落ちた瞬間、自分を取り巻く景色が深い蒼に染まる恐怖。同時に勢いよく立ち込める泡の白さが一瞬で視界を遮った。救命胴衣を着けていない子供の身体は瞬時に沈み始め上下の感覚さえも同時に奪い去っていく。


 ……黒い藻がまるで長い髪の毛のように自分の身体にまとわりつく嫌な感触。あの日の海と同じだ。


 おとうさん、たすけて……!!


 助けを求める言葉すら発せられず大量の泡となって唇の端から吐き出されてしまう。同時に藻だと思いこんでいた正体を理解した。不快な手触りは大鎌を振りかざした死に神の黒衣に触れてしまった感触だったのか。


 深い海の蒼色を埋め尽くすように辺りの視界が漆黒に染められていく。一巻の終わりなのか……。


 最後はあっけないものだな。自分の能力《ちから》を乱用するのがいつか命取りになるんじゃないか? そう思い封印していたはずなのに。


 他人の記憶に深入りするといつか取り返しのつかない事態にみまわれる。危険なフリーダイビングの要領で記憶の海に最大深度まで潜ったら、現実世界に置き去りにした肉体に精神が戻れなくなるのは推測していたというのに。


 ちくしょう、推測は図らずもみずからの死をもって証明されてしまうなんて……。


 走馬灯が再生されてもおかしくない状況だ。危機一髪!? いや、逆に不思議な気分だ。写真でしか知らないが死別した母親の胸に抱かれているような穏やかな感覚が胸に去来している。


 ああ、とうとう終わっちまうんだな。僕の隠キャな十六年の短い人生か。思えば何もいいことなんかなかった……。


 変な能力を持ってしまったために他人と関わるのを極端に避け、仲の良い友達すら積極的に作らなかった。ましてや恋人なんて夢のまた夢だ……。自分が悪いのは承知の上だが死ぬ前に彼女のひとりぐらいは欲しかった。いまさら後悔しても仕方がないけど。


 こんなつまらない人生に心残りなんかないよな。このまま消えてしまうのもありかもしれない。


 ・

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 ……本当にそうか!? 心残りはないと自分は心の底から言えるのか!!


 オリザと約束を交わしたばかりじゃないか。君の泣き顔は見たくない、だから笑顔のままの彼女でいてほしいと。


 オリザは最高の笑顔で僕に応えてくれた。


『わかりました、オリザは約束します。ご主人様の前では泣きません。笑顔のままであなたとずっといっしょに暮らしたい』


 それなのに約束を破るのはご主人様として失格だ。僕と二度と会えないと知ったら彼女はきっと悲しみに耐えられない……。


「オリザっ……!! 君を残して僕は死んだりしない!!」


 ……奇跡的に喉から声が出た。


 漆黒に包まれた視界のむこう側にひとすじの光が射し込む。ゆらゆらと揺れる海面が明るく照らし出された。


「あれは何だ!?」


 海の底、その裏側から仰ぎ見た陽光溢れる海面に何かが姿を現した。色とりどりに編み込まれた細い紐のような物体。その先端が僕にむかって一直線に伸びてくる。漆黒の闇を突き破るまばゆい輝きを放ちながら。


 間違いない、あの紐はオリザのリードだ!!


 思わず感極まって海中で目を閉じそうになったが、感傷的になっている場合じゃない。しっかりと目を開けて前だけを見据えるんだ。


 リードの先端を掴み損ねないように真っ直ぐ左手を伸ばした。指先に触れるゴツゴツしたナイロン素材の感触。輪になった持ち手をしっかりと掴む。


「君は僕にまだ生きろって言ってくれているんだな、オリザ。ああ、すぐに戻るからおりこうさんで待っていてくれ!!」


 どうして記憶の海で彼女のリードが突然姿を現れたのかは定かではない。死にゆく己《おのれ》の心象風景が作り出した幻なのかもしれない。だけど幻でも構わない!! 僕は生きる決断をした。人生を続ける決意を彼女から貰ったんだ。


 オリザと僕を繋ぐ細いリード。そのカラフルな紐は彼女の自由を拘束するためだけに存在しているんじゃない。ふたりを繋ぐ絆のような想いが込められている大切なリードなんだ。


 クリスマスイブのお買い物が済んだら、真っ先に君をお散歩に連れて行ってやるから。もう少し車で大人しくしていてくれ……。



 *******



「しっかりしてください、宣人さん。私の声が聞こえますか!!」


 誰かに激しく肩を揺すられている。まるで糸の切れた人形みたいにだらりと垂れ下がっていた腕に力が戻ってくるのが感じられた。ゆっくりと指先を動かしてみる。頭で考えた指示がそのまま肉体に反映する!! これは自分の身体に戻ってこれた証拠だ。あの暗い海の底で身体の自由が奪われてた状態から無事に解放されたんだ。顔を上げて辺りの状況を確認する。


「宣人さん、良かった。意識が戻ったんですね!!」


「……か、香菜ちゃん、僕はどうしていた? どれくらい時間が経ったんだ!!」


 心配そうにこちらをのぞき込む香菜ちゃんが視界に飛び込んでくる。どうやら意識を失ってからあまり時間は経過していないようだ。その後、僕たちはセンターコートの人混みを離れ通路の脇に移動した。


「まだ動かないでください、頭が混乱しているのかもしれませんね。この人混みですから具合が悪くなっても無理ないです」


「ああ、迷惑を掛けてしまったね。昨晩寝不足だったせいもあるかもしれない」


「だめですよ、夜更かしして倒れちゃうなんて。天音ちゃんから怒られても知りませんから」


「ごめん、今日は早く寝るからさ、妹には内緒にしておいてくれよ。お願い香菜ちゃん!!」


「うふふっ心配しないでください。内緒にしますから。それよりクリスマスイブですから早くお家に帰れるようにメモに書いてあるお買い物を済ませちゃいましょうよ。一緒にお手伝いしますから!!」


 とっさに言い訳をしてしまった。んっ、僕の買い物の《《お手伝い》》って彼女は何を言っているんだ? まあいいや、それよりも今は気になることを最優先すべきだな。


 屈託のない笑顔の香菜ちゃんを横目に記憶の風景を思い出していた。


 あの交差点で車にはねられた女の子のその後はどうなったのだろうか? そして香菜ちゃんとの関係性は……。


 ここは遠回りをせず単刀直入に彼女に切り出してみる。


「ねえ香菜ちゃん、君にお姉さんっているの?」



 

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