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第10話:焼き払われた村


旅路は思いのほか長引いた。

四つ足の痩せた獣は、細い体を震わせながら主を広大な草原へと運び続ける。

それは召喚された馬とは思えぬほど弱々しく、足取りも鈍重だった。

だが、最後の瞬間までひたむきに走り抜いた。

少なくとも…自らの役目は果たしたのだ。


ついに目的地へと辿り着いたとき、その身体は地面に崩れ落ちた。

微かな吐息が漏れると、次の瞬間には白い光の粒となって空へと舞い上がる。

ネロは無言のまま、その光景を見つめていた。

やがて膝をつき、最後にそっとその頭を撫でる。

まるで「よくやった」と伝えるかのように。


「心配するな、友よ。また召喚するときは、もっと堂々たる姿にしてやるさ」


少年はそう呟くと、ゆっくりと顔を上げた。

消えゆく光を見届けるネロとは対照的に、エミレストは辺りを警戒しながら目を走らせていた。


「ネロ様は…思ったよりも優しいのですね」


ふと、彼女はそう呟いた。

あの馬はネロの魔力から生み出された召喚獣にすぎない。

命も、魂も、何も持たぬ存在。

だからこそ、情をかける理由などないはずなのに——彼は、それを敬意を持って見送った。


「俺はそんな殊勝な人間じゃない。忘れるな、俺は魔族だ」


ネロは淡々と答える。


「俺にとって役に立つ者には、それに見合った報酬を与える。それが魔王としての矜持きょうじだ」


「でも、確か…かつて誰かに裏切られたと言っていましたよね?」


エミレストは疑問を投げかけた。


「簡単に人を信じると、また同じように裏切られるかもしれませんよ?」


ネロはしばらく沈黙した。

深紅の瞳が、わずかに揺らぐ。


「…確かに、俺は裏切られた。

この世界でも、前の世界でも。

その度に、痛いほど思い知らされたよ…」


「……?」


「…まあ、どうでもいいことだ」


少年はそれ以上の言葉を紡がず、立ち上がった。


「行くぞ」


そう言って、ネロは再び歩き出す。

振り返ることなく進む彼の背中を、エミレストはじっと見つめ、しかし何も言わずについていった。



地図を覗き込んでいたネロの横で、エミレストはじっと前方を見据えていた。

その黄金の瞳が、遠くに漂う違和感を捉える。


「ネロ様。前方に煙が立ち込めています。もしや…私たちの目的地だった村では?」


ネロは顔を上げた。

遥か彼方に揺らめく黒煙を見つめると、口元に冷ややかな笑みを浮かべる。


「誰かが俺たちより先に動いたようだな」


地図を畳み、異空間の袋へと仕舞い込むと、彼は迷うことなく足を踏み出した。


「行くぞ」



炎に包まれた村


燃え盛る村の中、金属音が激しく響き渡る。

兵士の剣が、農民の手にしたくわや鎌と交錯する。

まともな武器を持たぬ者たちが、必死に抵抗していた。


だが——


戦場を知る兵士に、武器すら満足に扱えぬ農民が勝てるはずがない。


戦況は明白だった。

次々と反抗者が倒れていく。

剣を振るう間もなく屠られた者。

首を刎ね飛ばされた者。

膝を折り、ただ祈ることしかできなくなった者——


女性たちは次々と捕えられ、一か所に集められていく。

夫を失ったばかりの者、震えながら幼子を抱く者——

もはや老若男女を問わず、容赦などなかった。


「燃やし尽くせ!」


不快な笑い声が、燃え盛る炎の中に響いた。

その中心に立つのは、屈強な男——セルドム。


彼の左腕には、一人の少女が抱えられていた。


彼女の名は マリ。


少女は呆然としたまま、瞳を揺らしながら燃え落ちる故郷を見つめていた。

目を閉じようとしても、耳を塞ごうとしても、助けを求める人々の悲鳴は止むことはない。


——すべてが終わったのだ。


「どうか、マリを… 私の娘を放してください!」


背後から母の叫び声が響いた。マリは反射的に振り向く。

そこには、兵士二人に地面へ押さえつけられ、必死にもがく母の姿があった。


「お母さん!!」


マリは渾身の力を込め、サードムの腕の中から逃れようとする。だが、彼女が抵抗すればするほど、その逞しい腕はさらに力を込め、締め付けてきた。


「無駄なあがきだ」


屈強な男が鼻で笑い、さらに力を込める。マリは苦痛の声を上げた。


「お前に逃げ場なんて、どこにもないんだよ! ハハハハハッ!」


彼の高笑いが辺りに響き渡ると、周囲の兵士たちも面白そうに笑い出した。

これは完全なる勝利——すべてが計画通りに進んでいる。


「ハハハハハハハハハハハッ!!」


その笑い声が、マリの頭の中でこだまする。

 まるで終わりのない悪夢のように——


だが、そんな中——


「クククク…」


まったく異なる声が混じった。

兵士たちの笑いとは違う、どこか冷え冷えとした声。


異質なその音が響くと、周囲の兵士たちはピタリと静まり返り、一斉に声の主を探した。

サードムも眉をひそめ、声のした方へと顔を向ける。


——そこには。


一軒の家の屋根の上、優雅に足を組んで座る少年がいた。


漆黒の髪。

紅玉のような瞳が冷ややかにこちらを見下ろしている。


「相変わらず、人間ってのはこういう真似が好きだなぁ…」


少年はゆっくりと手を叩いた。その声音には皮肉がたっぷりと込められていた。


「いやぁ、実に感心するよ、お前たちには」


「なんだテメェはァ!?」


サードムが苛立ちをあらわにして怒鳴る。


——しかし、その一言は致命的な「地雷」だった。


少年の目がピクリと動く。


「ほう… 俺のことを知らないのはまだいい」


彼は小さく嗤った。


「だが… ‘チビ’ 呼ばわりとはな? なかなか舐めた真似をするじゃないか、この愚か者が」


その声音には、明確な嘲りと侮蔑が込められていた。


サードムの表情が険しくなる。彼は奥歯をギリリと噛みしめると、背中のクロスボウを掴み、すぐさま少年に向けた。


「イキがりやがって… ならば死ねぇッ!」


怒声とともに、弦が弾けた。

放たれた矢は一直線に飛び、少年の額を正確に捉える——はずだった。


だが次の瞬間。


少年はゆっくりと片手を伸ばし、その矢を 素手で掴み取った のだ。


まるで おもちゃを受け取るかのように 。


「えええええええええええええええええええええっっっ!!!!」


驚愕の叫びが、兵士たちの間に広がる。


だが、少年は冷たく微笑んだまま、無造作に矢を握りしめる。


「お前ら、本気で思っていたのか?」


彼は皮肉たっぷりに言い放つ。


「こんな ‘ちゃちな武器’ で、この俺を殺せると?」


「愚か者どもめ」


そう言いながら、少年は拳を握り込む。次の瞬間、握られていた矢は 木っ端微塵 に砕け散った。


残ったのは、粉々になった木片が、乾いた音を立てながら地面へと落ちる光景だけだった——


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